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Extra Track
4 晃嗣、チョコレートを用意する
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◇2月10日◇
株式会社エリカワは、バレンタインデーやホワイトデーに、社員がプレゼントをやり取りすることに関して寛大である。一時会社によっては、そういったことを禁止する風潮があったが、晃嗣は禁止するのがいいのか悪いのかよくわからない。確かに非モテ男子には辛く悲しい一日となるかもしれないが、会社が禁止してしまうのは野暮ではないかと思う。
とにかく2月14日は、部署の女子社員たちがチョコレートを持って来てくれる日であることは認識している。チョコレートは嫌いではないので、晃嗣は素直に喜んで受け取っていた。ところが直前に、晃嗣の心の平和を乱す出来事が起きた。
「柴田さんはチョコレートはあげるほう? 受け取るほう? 男同士ってどうなの?」
課長の瀬古が、昼休みに入った途端、いきなり尋ねてきた。は? と晃嗣は思わず返す。
「いや、ちょっと気になっただけ……」
周りのデスクの者たちが、瀬古の声を聞きながら、そこはかとなくマスクの下でにやにやしているような気がする。
社内でいくつか公認されている同性カップルの中に、晃嗣とそのパートナー、営業課の高畑朔は位置づけられていた。昨年末、酔った勢いで朔が晃嗣への思いをぶち上げてしまって以来、どうしてあの2人が……という疑問を抱かれつつも、2人の交際は、周囲から比較的温かく受け入れられている。
しかし晃嗣に言わせると、周りが思うほどには、自分たちの関係は変化していない。その割に、周囲の認知ばかりが進んでいる感じだ。
互いの家族に、男同士交際しているという報告は済んでいる。年末、晃嗣は朔の実家に半ば強引に連れて行かれた。朔の父親を見送るという事態に遭遇したが、あちらの家族は終始好意的だった。年明け、晃嗣の両親は息子のカミングアウトに仰天した。恋人だと紹介され、にこにこして感じの良さを全開にしていた朔を、好青年だと評してくれているのはまあ良し、である。
だが実情は、2人とも仕事が忙しく、こまめにデートをする訳でも、互いの家を行き来する訳でもなかった。仕事始め以降、朔と一緒に夕飯を食べたのはたったの4回だ。そのうち1回は、食事の後で朔の家に泊めてもらったが、2人でベッドに入るなり、朔が爆睡してしまった。そんな訳で、恋人らしく過ごしているとは言いにくかった。
当然、朔がもくろむ晃嗣のネコ化も、全く進行していない。晃嗣は自分がネコになることを希望していないが、朔の腕に抱かれるのは素直に好きなので、そんな自分にちょっと困っている。朔の愛撫を受けるのは気持ちいい。キスされるのも好きで、何なら一晩中口づけを交わしているだけでもいいかもしれない。でも、彼のものを後ろの穴で受け入れるのは抵抗がある。かと言って、自分が朔に挿れたいのかと問われたら、違う、ときっと答えてしまう。
「……チョコレートは考えてもみませんでしたけど、選んだことないので楽しそうですね」
晃嗣が雑念を振り払って瀬古に言うと、周囲がほおぉ、と感心したような声を上げる。女子社員たちが口々に、どこそこデパートは海外のチョコが充実している、試食できる銘柄が多いなどと、情報を提供してくれた。
「高畑さんは社内でも外でも沢山チョコレート貰いそうだから、個性的なものでアピールしないといけないですね」
相良の言葉に、晃嗣はもう一度、は? と言った。彼女は自分のことのように、うきうきと話す。
「今年はフェアトレードのチョコが注目されてるんだそうですよ、何かそれ自体柴田さんっぽいし、高畑さんの心に刺さりそうな気がします」
「……何を根拠にそんなこと……」
晃嗣はやや呆れつつ言ったが、女性の情報分析能力を甘く見てはいけないと常日頃から思っているので、フェアトレードという言葉を、脳の片隅にこっそり刻んでおいた。
株式会社エリカワは、バレンタインデーやホワイトデーに、社員がプレゼントをやり取りすることに関して寛大である。一時会社によっては、そういったことを禁止する風潮があったが、晃嗣は禁止するのがいいのか悪いのかよくわからない。確かに非モテ男子には辛く悲しい一日となるかもしれないが、会社が禁止してしまうのは野暮ではないかと思う。
とにかく2月14日は、部署の女子社員たちがチョコレートを持って来てくれる日であることは認識している。チョコレートは嫌いではないので、晃嗣は素直に喜んで受け取っていた。ところが直前に、晃嗣の心の平和を乱す出来事が起きた。
「柴田さんはチョコレートはあげるほう? 受け取るほう? 男同士ってどうなの?」
課長の瀬古が、昼休みに入った途端、いきなり尋ねてきた。は? と晃嗣は思わず返す。
「いや、ちょっと気になっただけ……」
周りのデスクの者たちが、瀬古の声を聞きながら、そこはかとなくマスクの下でにやにやしているような気がする。
社内でいくつか公認されている同性カップルの中に、晃嗣とそのパートナー、営業課の高畑朔は位置づけられていた。昨年末、酔った勢いで朔が晃嗣への思いをぶち上げてしまって以来、どうしてあの2人が……という疑問を抱かれつつも、2人の交際は、周囲から比較的温かく受け入れられている。
しかし晃嗣に言わせると、周りが思うほどには、自分たちの関係は変化していない。その割に、周囲の認知ばかりが進んでいる感じだ。
互いの家族に、男同士交際しているという報告は済んでいる。年末、晃嗣は朔の実家に半ば強引に連れて行かれた。朔の父親を見送るという事態に遭遇したが、あちらの家族は終始好意的だった。年明け、晃嗣の両親は息子のカミングアウトに仰天した。恋人だと紹介され、にこにこして感じの良さを全開にしていた朔を、好青年だと評してくれているのはまあ良し、である。
だが実情は、2人とも仕事が忙しく、こまめにデートをする訳でも、互いの家を行き来する訳でもなかった。仕事始め以降、朔と一緒に夕飯を食べたのはたったの4回だ。そのうち1回は、食事の後で朔の家に泊めてもらったが、2人でベッドに入るなり、朔が爆睡してしまった。そんな訳で、恋人らしく過ごしているとは言いにくかった。
当然、朔がもくろむ晃嗣のネコ化も、全く進行していない。晃嗣は自分がネコになることを希望していないが、朔の腕に抱かれるのは素直に好きなので、そんな自分にちょっと困っている。朔の愛撫を受けるのは気持ちいい。キスされるのも好きで、何なら一晩中口づけを交わしているだけでもいいかもしれない。でも、彼のものを後ろの穴で受け入れるのは抵抗がある。かと言って、自分が朔に挿れたいのかと問われたら、違う、ときっと答えてしまう。
「……チョコレートは考えてもみませんでしたけど、選んだことないので楽しそうですね」
晃嗣が雑念を振り払って瀬古に言うと、周囲がほおぉ、と感心したような声を上げる。女子社員たちが口々に、どこそこデパートは海外のチョコが充実している、試食できる銘柄が多いなどと、情報を提供してくれた。
「高畑さんは社内でも外でも沢山チョコレート貰いそうだから、個性的なものでアピールしないといけないですね」
相良の言葉に、晃嗣はもう一度、は? と言った。彼女は自分のことのように、うきうきと話す。
「今年はフェアトレードのチョコが注目されてるんだそうですよ、何かそれ自体柴田さんっぽいし、高畑さんの心に刺さりそうな気がします」
「……何を根拠にそんなこと……」
晃嗣はやや呆れつつ言ったが、女性の情報分析能力を甘く見てはいけないと常日頃から思っているので、フェアトレードという言葉を、脳の片隅にこっそり刻んでおいた。
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