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12月

10-②

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「お待たせ致しました、時間になりましたのでクリスマスパーティを開催します!」

 19時ちょうどに、若い男子社員が宣言した。缶ビールやペットボトルの緑茶が回ってきて、その場に集まった各自で、好きな飲み物を紙コップの中に満たす。
 乾杯の音頭は主催者の桂山が取った。仕事納めまであと少しなので頑張りましょうと彼が言うと、皆がマスクを外して、音も無くコップを当て合った。晃嗣が広い部屋を見渡したところ、出席者は30人ほどである。
 晃嗣は他の課の者の顔はよくわからないが、名前は知っている。営業課もその他の課の人間も、名前を訊いて顔と擦り合わせていった。こんな場所に顔を出すくらいだから、皆気さくで明るい。

「食べ物も取ってくださいよー、早い者勝ちです!」

 呼びかけられて、晃嗣もサンドウィッチやローストビーフのサラダなどが並ぶテーブルに向かう。皆何となく無言で料理に手を伸ばすのは、感染症対策が身に染みついた結果のようだった。

「ビュッフェ形式でやるのは賛否両論あったんですけどね」

 営業課長補の花谷はなたにが、パスタを箸でつまみながら言った。確か彼は、妻を扶養に入れる手続きをして1年半くらいだが、こんなところで飲んでいていいのだろうかと晃嗣は思った。

「私もこういうのは本当に久しぶりです」
「去年めちゃくちゃ盛り上がったから課長が気を良くしちゃって」
「桂山課長は部下思いですよ、会社でやれば皆で飲みたい人は堂々と楽しめるし、あまり参加したくない人は感染症を理由にできます」

 晃嗣の言葉に、花谷は笑った。

「柴田さんは結構シビアにものを見るんですね、物腰も柔らかいし営業向いてますよ」

 一応元営業だがな。晃嗣は苦笑した。花谷はああ、と思い出したように言う。

「柴田さん、さっくんと同期入社なんですって?」

 いきなり朔の名を出されて、晃嗣はどきりとした。それを花谷に悟られないよう、ビールをゆっくりと口にする。

「……はい、同じ日に入社したってだけですけど」
「いやいや、立派に同期です……お互い入社して5年も経ってから気づいたって、何だか面白いなと思って」

 少なくとも晃嗣は、入社当初から朔の存在を気にしていたのだが。それを正直に話す訳にもいかず、そうですかね、と笑いを作る。
 特に誰かがスピーチをしたり、隠し芸を披露したりする訳でもなく、パーティは穏やかな懇親会となっていた。しかし営業課の独身社員は酒飲みが多いらしく、ビールが減ってくると、赤ワインのボトルと日本酒の一升瓶が歓声の中登場した。女子社員たちが缶チューハイを選んでいたので、晃嗣もそこに混じり、グレープフルーツのチューハイを取る。

「あ、柴田さんはお酒はあまり強くないんですか?」

 彼女の名を竹内たけうちと晃嗣は記憶していた。営業課の女子のホープである。

「弱くなりました、家ではほとんど飲まないし、ここ3年ほど飲む機会が減ったでしょう?」

 晃嗣の返事に、竹内はそうですねぇ、と眉の裾を下げる。
 その時換気タイムがやって来て、部屋の窓が一斉に開けられた。一気に入って来た冷たい空気に、ほろ酔いの人々が口々に不満を訴えた。

「さっぶ! やばい!」

 自分の肩を抱いた男子社員に、はい我慢、と桂山が言った。

「これで風邪ひいたら世話ないよねー」
「柴田さん、その場合労災効くの?」
「……難しいとは思いますが、駄目元で申告なさるのは自由かと」

 笑いが部屋の中に広がる辺り、皆酔って良い気分になっているようである。
 思ったより随分美味しい料理や、バラエティに富んだドリンクに、晃嗣も満足していた。周りは皆楽しげで、良い職場だと思う。

「それにしても高畑くん遅いね」

 誰かが言った。パーティが始まってから、数人の社員が遅れて会場に入って来ていたが、その中に朔の姿は無かった。

「謝りに行って絞られてるのかな」
「あそこの社長さん、そんな感じではないぞ……別に怒ってなかったんだろ?」

 噂話を聞きながら、晃嗣はこの間の朔からのLINEを思い出した。今日お詫びに行ったのか。桂山のほうをちらっと見たが、晃嗣が彼に確かめるのも好ましくなかった。
 晃嗣が訊こうか迷っているのを察したかのように、花谷が教えてくれた。

「中途採用の社員さんのために、デスクを2組年明けに用意出来るかってある会社から訊かれてたんですよ……さっくん珍しく忘れてて、社長から直電があったんです」
「……そうだったんですか」

 晃嗣は壁にかかる時計を見た。パーティは8時半にプレゼント交換をして、片づけを始めるとアナウンスがあった。もうそれまでに40分も無く、料理も残り少ない。
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