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12月

2-③

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 晃嗣は朔にくすくす笑われながら、腕を引かれて浴室から出た。そして小さな子どものように、大きなバスタオルに包まれて、丁寧に水滴を拭いてもらう。向かい合う朔の、素っ裸の腰回りに視線が勝手に行こうとするので、晃嗣は無理矢理首を右にねじる。
 朔は晃嗣の肩にふわりとバスローブを掛け、手早く自分も身体を拭く。少しのぼせた晃嗣は、彼の腕の筋肉がしなやかに動くのを、見るともなしに視界に入れていた。

「はい、お待たせしました」

 朔は自分もバスローブを羽織り、晃嗣の手を取った。そして手を繋いだまま、ばかでかいベッドに直行する。晃嗣は言われるがまま、ベッドに座った。股間の収まりがはなはだよろしくなかったが、それを朔に悟られたくなかった。
 朔は小さな冷蔵庫に向かい、扉を開く。

「喉渇きましたよね」
「あ、ありがとう」

 朔はキャップを開けて、冷たいペットボトルを手渡してくれた。ふた口冷えた水を食道に通すと、自然と長い吐息が出た。朔も喉が渇いているだろうと思った晃嗣は、ペットボトルを彼に手渡し、左に座った彼が水を飲むのを眺める。

「美味しい、柴田さんもういいの?」

 朔に言われて、じゃあもうちょっと、と晃嗣は答えた。しかし彼は自分が水を口にした。もしかすると彼のほうこそ、さっきのキスで興奮したのではないかと思い、晃嗣は胸をきゅっとさせた。
 気を散らしていた晃嗣は、いきなり肩を掴まれ、そのまま柔らかい枕の上に押し倒されて、何が起きたのか咄嗟とっさに理解できなかった。

「えっ、う……っ!」

 朔は唇をぎゅっと晃嗣の唇に押しつけてきた。強い力でこじ開けられたかと思うと、冷たい液体が口の中に流れ込んでくる。晃嗣は本能的な危機感のようなものから、喉を鳴らして水を飲み込んだ。わずかにこぼれた水が、熱い頬の表面をついと撫でた。
 そっと唇を離し、目を細めた朔は、晃嗣の頬を指先で拭いながら満足気に言った。

「美味しいですか? じゃあもうひと口」

 再び水を口に含んだ朔は、今度はゆっくり唇を重ねてきた。彼の動きに合わせて口を開くと、さっきよりも沢山の水が口内に入ってくる。晃嗣はそれを零してしまわないように、ゆっくりと飲み下す。冷たくて美味しいと思う余裕があった。名残惜しげに唇が離れたと感じたのは、晃嗣自身がそう思っていたからかもしれなかった。

「……上手に飲めましたね、ご褒美に柴田さんのして欲しいことをこれからしますよ」

 まろい声で優しく囁かれ、晃嗣の胸のどきどきがまた大きくなる。柔らかくて冷たい唇が左の耳たぶをそっと挟み、首に伝い降りる。背筋がぞくぞくして、それだけで声が出そうだった。
 晃嗣が求めた訳でもないのに、朔はまた口づけしてきた。自分の唇を味わうように少しずつ唇をつけ直してくるのが気持ち良くて、晃嗣は積極的に彼に応じる。どちらからともなく口を開き、そのまま舌を絡め合った。
 こんなにキスに夢中になったのは、たぶん初めてだった。湿った音を聴きながら、晃嗣は朔の頬を両手で包む。愛おしい、もっと欲しい。唇が離れると、あっ、とつい不満気なな声が出てしまう。

「駄目ですよ、キスだけで時間いっぱいになっちゃう……」

 朔は何げに晃嗣の脚に自分の脚を絡めて来ながら言う。晃嗣は彼の頬を手で挟んだまま、彼の声を聞く。

「ちんちんときんたま、さっきめっちゃきれいにしてましたよね? 口でしてほしいからですか?」
「えっ! あっ、それは……」

 見ていたのか! ぱっと手を離して焦る晃嗣を見つめながら、朔は唇に笑いを浮かべた。

「ご希望を聞かせてください」
「ああ、その、えっと、お任せします」
「駄目です、教えてくれないとしません」

 晃嗣はこれまで出会ったネコの男性たちに、フェラチオをしてくれと頼んだことはない。自発的にしてくれると嬉しかったが、しなくても別に不満は無かった。
 確かに朔には口でしてほしいとずっと考えていたし、それを想像しながら手淫もしていた。しかし実際彼に自分から頼むなんて、羞恥のあまりうつむくしかない。

「どうしたんですか、柴田さんはお客様ですから、遠慮なく僕に命じてくだされば」
「めっ命じるだなんて、俺はきみを従えたい訳じゃなく」

 晃嗣が必死で繰り出した言葉に、ぷっと朔は吹き出した。

「これは僕の言い方が悪かったですね、では教えてください」

 むしろ朔が晃嗣に答えることを強いていた。どちらの立場が上なのか、さっぱりわからない。朔はにやにやしながら早く、と晃嗣を急かした。晃嗣は諦めて、彼から顔を背けつつ言った。

「口でしてほしいです……」
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