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11月

6-②

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 人事課の柴田晃嗣は、存在感を消してひっそりと働いていた。独身で真面目な人だということくらいしか、伝わってこない。感染症が蔓延するまでは開催されていた、会社全体の忘年会や日帰りバス旅行のような場でも見かけなかったので、柴田がそういうイベントを避けている可能性が高かった。
 朔はひとつ、大きなあくびをした。布団を肩にかけ直して、抱いた枕に顔を埋める。もう柴田のことは、自分の中でひと区切りつけたつもりだった。目の前で転んだおばあさんを、自分より先に助けに走った凛々しい後ろ姿は、もうどこにも無い。人事課の柴田はあのしばたさんとは別人で、そもそも同性愛者である朔の手が届く相手でもないだろうから、追う理由も無い。
 それが先月、状況が急転した。彼はゲイで、朔を好みのタイプだと言って金を出してまで会おうとしてくれた。学生時代から憧れ続けたしばたさんじゃないと思っていたのに、あの時のイメージのままに、自己管理が不十分な自分に優しく真摯に接してくれた。
 年上らしい抱擁力を見せるかと思えば、抱きしめたりキスしたりすると、普段の姿から想像もつかない顔を見せてくれるので、ギャップ萌えすること甚だしい。2回いかせてやった夜の彼の姿は、文句なしに朔のベスト・オブ・おかずである。あれはたぶんリニューアルしばたさんなのだと、朔は思うようにしている。
 実のところ、夢を見ているようで、朔は柴田の前でどう振る舞えばいいのか、よくわからない。ディレット・マルティールのさくと営業課の高畑朔が同一人物であることを、はなから隠す気は無かった。赤の他人のふりをしたのも深い意味は無く、柴田をからかいその反応を見たかっただけである。彼は明らかに戸惑っていたが、朔に事情があると考えたのか、詮索してこなかった。……そういう人なのだ。

「柴田さん……」

 朔は枕を抱く力を強めて、呟いてみる。

「晃嗣さん……」

 これも悪くない。朔は1人で笑う。

「……こうちゃん……」

 意外としっくりきた。渋谷のホテルで昇り詰めた後に眠ってしまった彼は、こうちゃんという感じだった。
 いつか柴田に自分をさっくんと呼ばせよう。朔は母と妹から今もそう呼ばれているので、先輩社員やパートさんが親しみを込めて、自分にさっくんと呼びかけてくるのが好きだ。

「ああ、こうちゃんとしてみたい……」

 柴田を抱いてやるのだ。きっとネコの素質があると朔は思っている。柴田は男らしい首や肩に似合わず、腰がやや細くて尻の形が良いのがセクシーだ。是非後ろかられてみたい。彼があの少し癖のある黒い髪を汗で濡れた額に貼りつけ、自ら腰を揺らしながら、さっくん、もっと、などと口を半開きにして喘ぐのを想像すると、身体の奥が熱くなってくる。
 しかし朔はあまり自慰をする気にはなれなかった。とにかく眠い。昨日は午後から、連続で5人もの指名をこなした。1日3人以上の客に接するのは久しぶりで、流石に疲れてしまった。
 柴田さん、3回目の指名してくれないかな。本音を言うと、もう金を貰わなくてもいいので、いくらでも柴田をいかせてやりたい……挿入もアリで。でも彼にそう伝えるには躊躇ためらいがあった。金が介在した契約であるからこそ、遠慮なく性的な触れ合いに没頭できる部分があるからだ。
 朔はディレット・マルティールのスタッフである時と、普段の自分とを分けてはいないが、柴田には何となく、高級デリヘルの売れっ子である面を見せておきたい。そのほうが、彼もきっと楽しいと思うからだ。営業マンの自分は、かつて同じ仕事をしていた柴田にとって、何の期待感もときめきももたらすことができないだろうから。
 枕元のスマートフォンがくぐもった音を立てて震えた。あまり楽しい連絡ではないと直感したので、確認を先延ばしにして、朔はそのまま睡魔の誘惑に身を委ねる。今度柴田を腕に取り込んだ時は、彼に身を硬くせず柔らかく脱力してもらいたい。触れると何だか嬉しそうなのに、どうしてあんなかたくなな空気を醸し出してくるのだろう? 
 今度はちゃんと長いキスもしてやるぞ。枕を抱きしめながら、朔は幸福感を全身に巡らせるように、大きく深呼吸した。
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