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11月
5-④
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「感じやすいんだなぁ」
朔の笑い混じりの小声に、晃嗣は赤面してしまう。慌ててスラックスを腰まで上げた。
「こんなところでやめろ! 何考えてるんだっ」
晃嗣は壁ぎりぎりまで下がって朔と距離を取ろうとしたが、いかんせんこのスペースは狭かった。晃嗣がベルトを直していると、朔が立ち上がり覆いかぶさろうとしてきた。
「……っ! やめろ馬鹿! 何をっ」
晃嗣は声を必死で絞る。朔は晃嗣の左の耳に唇を近づけて、低く言った。
「ぎゅっとさせて」
「はぁっ⁉︎ えっ……」
晃嗣はシャツ姿のまま朔の腕に包まれてしまう。
「……こないだと今日のお礼」
柔らかい声で囁かれて、晃嗣は抵抗できなくなった。朔の身体は温かくて、筋肉質なのに柔らかい。それに何となくいい匂いまでして、晃嗣の頭の中にふわりと薄靄が広がった。……気持ちいい。
「高畑さん、柴田さん、お帰りの時に下剤渡しますねー」
看護師の声に我に返った晃嗣は、朔の身体をぐいっと腕で押した。
「はいっ、すみません、もう出ますっ」
晃嗣はワイシャツを取り上げ、慌てて袖に腕を通す。朔は笑いを堪えながら、晃嗣の着替えを見つめていた。
まったくこいつは! 晃嗣は軽く朔を睨みつけた。それさえ可笑しいらしく、朔は黙って肩を揺する。晃嗣はネクタイを掴んで、カーテンを開けた。看護師がにこやかに、お疲れさまでしたと言って、2人に下剤を2錠ずつ手渡した。
「お水は最低200ccは飲んでくださいね、下剤は量を調整してください……問診票はここで回収します」
混乱して言葉がすぐに出ない晃嗣に代わって、朔がにこやかに応じた。
「お世話かけました、どうもありがとうございました」
「いえいえ、高畑さんはお昼までに少し何か口に入れたほうがいいかもしれませんね」
低血糖を疑われているのか。晃嗣は頭の中をわちゃくちゃさせながらも、看護師の言葉を分析していた。この間の海老アレルギーといい、朔には心配な要素が多い。
マスクをつけて検診車から出ると、女性たちが待っていた。だから自分たちが着替えている時に誰も入ってこなかったのだと晃嗣は理解し、戯れていて素早く着替えなかったことを申し訳なく思った。
外は良い天気である。あまり寒くもなく、気持ち良かった。朔はビルに戻る道すがら話しかけてくる。
「柴田さん、俺のことなら心配しなくていいよ……俺子どもの頃から病院そのものにいい印象が無くて、それっぽい空間に行くのも検査されるのも嫌いなだけだから」
晃嗣は足を止めて、朔の顔を見つめる。もう顔色は戻っていた。
「極度の貧血や低血糖じゃないんだな?」
「うん、少なくとも去年まではそんなことは言われてない」
そうか、と晃嗣は呟いた。ビルの裏の出入り口に辿り着き、自動ドアが開く。
「悪戯したから怒ってるの?」
朔は晃嗣の横に並び、覗き込むようにしながら訊いてきた。怒っている訳でもなかったが、すぐに調子に乗るのでお灸を据えておこうと思い、ちょっと、と晃嗣は小さく答えた。朔はそっか、とぽつりとこぼす。
「柴田さんは真面目だからこういうのは駄目か……」
「節度を持った恋人プレイを希望します」
自分で言って、何となく胸の深いところにつっかえるものがあった。最後の3口くらいが喉になかなか通らない、バリウムのように。
エレベーターがやって来た。朝の挨拶をしながら、これからレントゲンを受ける社員数名が降りていく。晃嗣は朔と一緒に、空になった箱に乗り込んだ。
3階に着くと、朔はまたね、と軽く言って降りた。エレベーターホールに誰もいなかったので、晃嗣は顔の横で小さく手を振り、彼を見送る。扉が閉まってから、お昼をどこで食べるつもりなのか尋ねなかったことを、悔やんだ。
5階でエレベーターを降りた晃嗣は、自動販売機で水を買って、その場で下剤を飲んだ。……ほんとに恋人ごっこでいいのか。ネクタイをワイシャツの襟の下に通しながら自分に問うてみたが、答えはすぐ出て来そうになかった。
朔の笑い混じりの小声に、晃嗣は赤面してしまう。慌ててスラックスを腰まで上げた。
「こんなところでやめろ! 何考えてるんだっ」
晃嗣は壁ぎりぎりまで下がって朔と距離を取ろうとしたが、いかんせんこのスペースは狭かった。晃嗣がベルトを直していると、朔が立ち上がり覆いかぶさろうとしてきた。
「……っ! やめろ馬鹿! 何をっ」
晃嗣は声を必死で絞る。朔は晃嗣の左の耳に唇を近づけて、低く言った。
「ぎゅっとさせて」
「はぁっ⁉︎ えっ……」
晃嗣はシャツ姿のまま朔の腕に包まれてしまう。
「……こないだと今日のお礼」
柔らかい声で囁かれて、晃嗣は抵抗できなくなった。朔の身体は温かくて、筋肉質なのに柔らかい。それに何となくいい匂いまでして、晃嗣の頭の中にふわりと薄靄が広がった。……気持ちいい。
「高畑さん、柴田さん、お帰りの時に下剤渡しますねー」
看護師の声に我に返った晃嗣は、朔の身体をぐいっと腕で押した。
「はいっ、すみません、もう出ますっ」
晃嗣はワイシャツを取り上げ、慌てて袖に腕を通す。朔は笑いを堪えながら、晃嗣の着替えを見つめていた。
まったくこいつは! 晃嗣は軽く朔を睨みつけた。それさえ可笑しいらしく、朔は黙って肩を揺する。晃嗣はネクタイを掴んで、カーテンを開けた。看護師がにこやかに、お疲れさまでしたと言って、2人に下剤を2錠ずつ手渡した。
「お水は最低200ccは飲んでくださいね、下剤は量を調整してください……問診票はここで回収します」
混乱して言葉がすぐに出ない晃嗣に代わって、朔がにこやかに応じた。
「お世話かけました、どうもありがとうございました」
「いえいえ、高畑さんはお昼までに少し何か口に入れたほうがいいかもしれませんね」
低血糖を疑われているのか。晃嗣は頭の中をわちゃくちゃさせながらも、看護師の言葉を分析していた。この間の海老アレルギーといい、朔には心配な要素が多い。
マスクをつけて検診車から出ると、女性たちが待っていた。だから自分たちが着替えている時に誰も入ってこなかったのだと晃嗣は理解し、戯れていて素早く着替えなかったことを申し訳なく思った。
外は良い天気である。あまり寒くもなく、気持ち良かった。朔はビルに戻る道すがら話しかけてくる。
「柴田さん、俺のことなら心配しなくていいよ……俺子どもの頃から病院そのものにいい印象が無くて、それっぽい空間に行くのも検査されるのも嫌いなだけだから」
晃嗣は足を止めて、朔の顔を見つめる。もう顔色は戻っていた。
「極度の貧血や低血糖じゃないんだな?」
「うん、少なくとも去年まではそんなことは言われてない」
そうか、と晃嗣は呟いた。ビルの裏の出入り口に辿り着き、自動ドアが開く。
「悪戯したから怒ってるの?」
朔は晃嗣の横に並び、覗き込むようにしながら訊いてきた。怒っている訳でもなかったが、すぐに調子に乗るのでお灸を据えておこうと思い、ちょっと、と晃嗣は小さく答えた。朔はそっか、とぽつりとこぼす。
「柴田さんは真面目だからこういうのは駄目か……」
「節度を持った恋人プレイを希望します」
自分で言って、何となく胸の深いところにつっかえるものがあった。最後の3口くらいが喉になかなか通らない、バリウムのように。
エレベーターがやって来た。朝の挨拶をしながら、これからレントゲンを受ける社員数名が降りていく。晃嗣は朔と一緒に、空になった箱に乗り込んだ。
3階に着くと、朔はまたね、と軽く言って降りた。エレベーターホールに誰もいなかったので、晃嗣は顔の横で小さく手を振り、彼を見送る。扉が閉まってから、お昼をどこで食べるつもりなのか尋ねなかったことを、悔やんだ。
5階でエレベーターを降りた晃嗣は、自動販売機で水を買って、その場で下剤を飲んだ。……ほんとに恋人ごっこでいいのか。ネクタイをワイシャツの襟の下に通しながら自分に問うてみたが、答えはすぐ出て来そうになかった。
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