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11月

5-①

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 晃嗣が自宅まで見舞いに行った翌日、朔が朝一番に出勤して、その日の午後の大切な会議にもきちんと出席したという話を、桂山営業課長がメールで教えてくれた。
 桂山はコンプライアンス違反のそしりを受けるリスクを冒して、晃嗣が部下の自宅の住所を教えたことに、感謝の気持ちを述べてきた。桂山の部下への愛に便乗して朔のマンションに押しかけた晃嗣としては、むしろこちらが感謝を伝えたいくらいである。朔も資料を受け取れて助かったと言っていたので、全方位めでたしと思うことにする。
 そうこうするうちに、晃嗣の朔に対する気持ちは、濃い色を帯びて膨らみ熱を持ち始めていた。数年前に実家の母が、乳房のエコー検査で複数の嚢胞のうほうを指摘されたと話したことを思い出す。嚢胞が大きくなったり、熱を持ったりするといった変化は危険な場合があるとかで、それ以来母は年に一度検査を受けているようだ。……俺の朔さんへの気持ちは、もう癌になりつつあるということかもしれない。晃嗣はそんなことを考える自分に、自嘲を禁じ得なかった。
 残念ながら、あれ以降会社の食堂で、昼休みに彼と遭遇したことはない。確かにたまにはランチを一緒に摂りたいところだが、原則定時に昼休憩をとる人事課の者が、営業の社員とそれを叶えるのは難しかった。
 ディレット・マルティールでさくを指名すれば、確実に1時間は彼と2人きりになれる。しかし給料日までは、余裕があまり無い。……大体あいつ、あんな思わせぶりな態度を取るなら、自分から少しくらいアクションしてくれてもいいんじゃないのか。それが恋人ごっこの線引きということか? 晃嗣は勝手に軽くイライラする。右手の中のシャープペンシルの芯が、音も無く折れた。



 株式会社エリカワの健康診断は3日間、午前中におこなわれ、人事課では自分の都合の良い日時に、業務に支障が出ないように行けと指示が出ていた。
 例年のことではあるが、採血や胃のレントゲン検査に合わせて、朝食抜きで出勤することが辛い。早く済ませて何か口に入れたいので、その日晃嗣は朝礼が終わるとすぐ、問診票を持ち会議室に向かった。幾つかの会議室が健診の会場として使われていた。
 最終日だからか、受診している社員は少なく、検尿から始まった基礎検診はどんどん進む。心電図と内科の問診の部屋に移動すると、一人一人にかかる時間がやや長いので、採血後の止血バンドを腕に巻いた数人の男女が、椅子に座り待機していた。
 あっ。晃嗣は待機の最後尾に座る男性の姿を見て、会いたくて仕方がなかった人物だと瞬時に悟る。ひとりでに顔が熱くなった。どうしよう、誰も来ないから、彼の次に並ばなくてはいけない。晃嗣は嬉しさと困惑に同時に襲われた。部屋から出て来た看護師に、うわの空で問診票を渡す。

「あ、柴田さん、おはようございます」

 朔は横にそっと座った晃嗣ににこやかに言ってきた。晃嗣もやや緊張しながら返す。

「おはようございます、体調も戻ったみたいで何よりです」
「はい、その節はお気遣いありがとうございました」

 朔はマスクをしていてもそうとわかる爽やかな笑顔を絶やさない。彼の向こうに座る広報課の女子社員が、誰だったかなという表情で、晃嗣の顔を確認していた。
 朔の前に待機していた3人が一度に部屋の中に消えて、その場には彼と晃嗣だけが残された。はい息を吸って、とか、ブラジャーは上げるだけでいいですよぉ、とかいう医師や看護師の声が筒抜けである。

「柴田さん胃のレントゲン受ける?」

 朔は口調をラフなものに切り替えた。晃嗣はやはり面食らったが、話が出来るのが純粋に嬉しくなってきたので、躊躇が霧散した。

「受けるよ、どうして?」

 朔はマスクの上の目を笑いの形にする。

「あっ良かった、一緒に行こうよ」
「まあこの流れだと、たぶん最後まで一緒に行くことになると思うけど?」
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