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11月
4-②
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高畑朔に異変が起きている。その事実は、晃嗣に軽いパニックをもたらした。まさか、昨夜のイタリアンのせいか? しかし生ものは野菜のサラダしか出ていなかったし、自分は何ともない。
昨夜は結構寒かった。朔は大丈夫だと言ったが、冷たい手をしていた。忙しく疲れている時に身体を冷やせば、胃腸にくることもあるかもしれない。無理をさせたとは思いたくなかったが、何にせよ晃嗣は、一人で浮かれていた責任を感じる。
コロッケ定食をさっさと平らげて、人事部のフロアに戻った晃嗣は、自動販売機でカップのホットコーヒーを買いながら、朔に連絡を取ろうかどうか迷う。ディレット・マルティールの個人アドレスは、原則としてスタッフから客への送信専用だ。神崎はそう説明したし、昨夜朔も同じことを言った。……そう言えば、まだ彼からアフターのメールが来ていないではないか。メールを送れないくらい身体が辛いのだろうか。
「柴田さんどうしたんですか? コーヒー出てますよ」
晃嗣は声をかけられ、我に返る。怪訝な顔をした後輩が、コーヒーを買う順番を待っていた。
「ごめん」
「いえ、こんなとこで考えごとなんて、らしくないですね」
心配されていることが伝わってきて、申し訳なくなった。自分の調子が悪い訳ではないことをアピールしておく。
「知人が体調を崩したみたいで……連絡も無いし、独りだからちょっと心配で」
「そうなんだ……休んでらっしゃるんじゃないですか? しばらくしてからもう一度連絡してあげたらどうですか?」
もっともである。晃嗣は彼に礼を言い、コーヒー片手に自分のデスクに戻った。
晃嗣はふと思いついた。ディレット・マルティールのアドレスが駄目なら、会社のアドレスはどうだろうか。営業担当は、会社からスマートフォンを1台持たされていて、休みの日でも持ち歩いていることが多い。そのスマホから、仕事のメールの送受信をすることも許されている。朔の会社のアドレスに、自分も会社のアドレスでメールを送れば、余程のことでなければ気づいてくれる筈だ。
晃嗣はキーボードを叩き、人事部の共用フォルダにアクセスする。そして全社員の社用アドレスが掲載されているデータを開いた。営業部営業課の高畑朔を探し、彼のアドレスをクリックする。
この会社では、社内から送信されるメールを、たまに総務課がチェックしている。私用メールかどうか、ぱっと見では判断できない文面で手短に書いた。
「体調を崩して休んでいると聞きました。大事ないでしょうか。取り急ぎ。」
自分のフルネームを書いて、送信した。これだけのことなのに、やけに緊張した。こんなメールを、総務課から突っ込まれることもないだろうに……。
晃嗣の胸のうちに、私用メールをしたことへの罪悪感は、一切無かった。これをきっかけに、朔との関係を周囲に知られたらどうしようという恐怖感は少しある。しかしそこに、微かなときめきのようなものが混じっていた。……面白くないですか? 耳に心地良い朔の声が脳内に小さく響く。人事の柴田と営業の高畑って接触無さそうなのに、このメール何? 総務課の誰かがそんな風に言ったら、確かに少し面白いかもしれない。
パソコンの画面に新着メールが来た数字が表示された。高畑朔の名前に、晃嗣は椅子の上で飛び上がりそうになった。
「ご心配いただき恐縮です。だいぶ楽になりました。明日は出勤できると思うのですが。」
出勤できますと断言していないのが、昼間のやや人を食った態度の朔には似合わない気がした。歯切れが悪い辺り、本当はかなり辛いのでは? しつこくメールのやりとりをすると、本当に総務に目をつけられそうなのと、朔の負担になりそうなので、それ以上返信はしなかった。
昨夜は結構寒かった。朔は大丈夫だと言ったが、冷たい手をしていた。忙しく疲れている時に身体を冷やせば、胃腸にくることもあるかもしれない。無理をさせたとは思いたくなかったが、何にせよ晃嗣は、一人で浮かれていた責任を感じる。
コロッケ定食をさっさと平らげて、人事部のフロアに戻った晃嗣は、自動販売機でカップのホットコーヒーを買いながら、朔に連絡を取ろうかどうか迷う。ディレット・マルティールの個人アドレスは、原則としてスタッフから客への送信専用だ。神崎はそう説明したし、昨夜朔も同じことを言った。……そう言えば、まだ彼からアフターのメールが来ていないではないか。メールを送れないくらい身体が辛いのだろうか。
「柴田さんどうしたんですか? コーヒー出てますよ」
晃嗣は声をかけられ、我に返る。怪訝な顔をした後輩が、コーヒーを買う順番を待っていた。
「ごめん」
「いえ、こんなとこで考えごとなんて、らしくないですね」
心配されていることが伝わってきて、申し訳なくなった。自分の調子が悪い訳ではないことをアピールしておく。
「知人が体調を崩したみたいで……連絡も無いし、独りだからちょっと心配で」
「そうなんだ……休んでらっしゃるんじゃないですか? しばらくしてからもう一度連絡してあげたらどうですか?」
もっともである。晃嗣は彼に礼を言い、コーヒー片手に自分のデスクに戻った。
晃嗣はふと思いついた。ディレット・マルティールのアドレスが駄目なら、会社のアドレスはどうだろうか。営業担当は、会社からスマートフォンを1台持たされていて、休みの日でも持ち歩いていることが多い。そのスマホから、仕事のメールの送受信をすることも許されている。朔の会社のアドレスに、自分も会社のアドレスでメールを送れば、余程のことでなければ気づいてくれる筈だ。
晃嗣はキーボードを叩き、人事部の共用フォルダにアクセスする。そして全社員の社用アドレスが掲載されているデータを開いた。営業部営業課の高畑朔を探し、彼のアドレスをクリックする。
この会社では、社内から送信されるメールを、たまに総務課がチェックしている。私用メールかどうか、ぱっと見では判断できない文面で手短に書いた。
「体調を崩して休んでいると聞きました。大事ないでしょうか。取り急ぎ。」
自分のフルネームを書いて、送信した。これだけのことなのに、やけに緊張した。こんなメールを、総務課から突っ込まれることもないだろうに……。
晃嗣の胸のうちに、私用メールをしたことへの罪悪感は、一切無かった。これをきっかけに、朔との関係を周囲に知られたらどうしようという恐怖感は少しある。しかしそこに、微かなときめきのようなものが混じっていた。……面白くないですか? 耳に心地良い朔の声が脳内に小さく響く。人事の柴田と営業の高畑って接触無さそうなのに、このメール何? 総務課の誰かがそんな風に言ったら、確かに少し面白いかもしれない。
パソコンの画面に新着メールが来た数字が表示された。高畑朔の名前に、晃嗣は椅子の上で飛び上がりそうになった。
「ご心配いただき恐縮です。だいぶ楽になりました。明日は出勤できると思うのですが。」
出勤できますと断言していないのが、昼間のやや人を食った態度の朔には似合わない気がした。歯切れが悪い辺り、本当はかなり辛いのでは? しつこくメールのやりとりをすると、本当に総務に目をつけられそうなのと、朔の負担になりそうなので、それ以上返信はしなかった。
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