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11月

3-③

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 トマトで煮込んだ鶏肉と、ミニトマトの赤やモッツァレラの白が映えるグリーンサラダが運ばれて来た。トマトとにんにくの香りが食欲をそそる。さくはおいしそ、と言いながら手を合わせた。

「無理に今聞き出しません、だってその気になれば柴田さんとは昼間に会えますから」

 晃嗣はさくの言葉に困惑を覚えた。客とスタッフだから、こうして会っているのではないのか。

「さくさん、きみはどういう立場で俺に接してるんだ? 昼間は他人なんだろう?」

 晃嗣はナイフとフォークを手にして、言った。さくはそうですねぇ、と首を傾ける。

「ま、けじめのない行動は避けたいです」
「互いのために当然だ」
「綾乃さんに叱られますしね……でも何というか、昼休みにたまに一緒にランチとかはアリじゃないですか? 僕が外にいる時は無理ですけど」

 普段晃嗣が食堂で独りでいることが多いと、知っているような口ぶりである。彼は鶏肉を口に入れ飲み下してから、ああ、と何か閃いたような声を出した。

「今僕は確かに、ディレット・マルティールのさくとして柴田さんに接してますけど、基本的に……昼間の自分と夜の自分をそんなに切り替えてないんです」

 それがさくの仕事に対する姿勢であるならば、否定する気は晃嗣には無かった。取引先で商品を売り込むのも、ホテルでピロートークをするのも、彼にとってさしたる違いはないということなのだろう。
 ただ晃嗣がそれをすんなり受け入れられるかと言えば、そうではない。

「会社できみと俺が急に親しくしていたら不自然だろう? 俺は誰からも気にされてないけどきみは違う、女子社員がざわめく」
「え、そんなの放っとけばいいじゃないですか? 僕は女子と喋ったり遊びに行ったりするのは好きですけど、寝ませんよ」
「そういう意味でなく……」

 晃嗣はひとつ息をつき、トマトの酸味と鶏肉のやわらかさを味わう。さくは言葉を切ってしまった客を急かすこともせず、サラダにフォークを入れている。
 彼はきっと器用なのだろうと思う。自分の副業がきっかけで、晃嗣と自分が恋人ごっこをする契約(そんな言葉がこの関係には相応ふさわしかった)を結んだ。この事実を、他人の目から隠しおおせる自信があるのだ。

「ちょっと噂になるのも面白くないですか? 歳の離れた2人が、部署も違うのにどこで接点ができたのか、最近よく一緒にいる……」

 さくの他人事のような言い方に、晃嗣は小さく溜め息をついた。

「この会社は副業を禁止していないから、そこがバレてもきみがクビになることはないね……困るのはゲイバレすることだけか」
「どうしてバレると決めつけるんですか」
「目敏い人は多いよ」

 さくは顔から笑みを絶やさない。全く、何を考えているのだか……晃嗣のときめき混じりの戸惑いと困惑は、深まるばかりである。
 2人してメインをきれいに平らげると、店員が飲み物のオーダーを取りに来た。さくがコーヒーを頼むので、晃嗣は同じものを、と告げた。

「ああお腹いっぱいです、幸せ」

 ほんのりと頬を染めたさくが本当に幸せそうなので、晃嗣は自分を捕らえていた困惑を忘れてしまいそうになる。
 すぐに小さなチョコレートのケーキとコーヒーが来て、さくは自分は割と甘いものが好きで、営業先でお菓子を出されると嬉しいと笑顔で話した。こんな顔で喜びを示されたら、取引先の担当者も嬉しくなることだろうと思う。

「さくさんは人が好きなんだね」

 晃嗣の言葉に、さくはそうなのかもしれないです、と他人事のように応じた。

「でもそれは……」

 彼が言いかけて言葉を切ったので、晃嗣は続きを待ったが、彼は黙ってコーヒーに口をつけただけだった。
 デザートも全て胃袋に収めると、ちょうど腹ごなしに散歩に行きたくなる気分になった。晃嗣はさくがトイレに立った間に、カードで食事代を支払った。こちらが払うとお互い認識している場合でも、相手に気を遣わせないタイミングで速やかに会計を済ませる。晃嗣が前職で教えてもらったことのひとつである。
 さくは店を出ると、晃嗣に頭を下げた。

「ごちそうさまでした」
「いえ、どういたしまして」

 このショッピングビルは変わった建ち方をしていて、最上階に行くと上野公園に出ることができる。晃嗣はここを使うのが初めてだったので、外に出て広がった景色に、思わずおっ、と言った。空気はだいぶ冷えていて、ワインの余韻が醒めそうだった。

「寒くない?」

 晃嗣は自分よりも薄手のコートを着ているさくに訊いた。大丈夫ですよ、という言葉とともに、さくの形の良い目が笑う。
 ああ、楽しい。晃嗣はさくと並んで歩き始めた。特に目的も無く、ライトアップされた建物を流し見しながら、ゆっくりと一緒に歩く。それだけなのに、こんなに楽しいのは何故だろう。晃嗣は自分が理想とする時間の過ごし方をすることができて、幸せとしか表現しようのない感情に、頭の中をふわふわさせていた。
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