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11月
2-②
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「えっと、ガチ恋になるかどうかわかりませんけど、とても可愛い子が来まして、声も良いのでいい感じで」
晃嗣の返事に、桂山はそうですか、と自分のことのように楽しげに言った。
一応勤務中なので、晃嗣はその場を辞した。営業課の、誰もいなくても何故か明るい雰囲気が懐かしかった。人と接するのが好きな者が楽しく働く場所は、自然と空気が明るくなるのだ。
晃嗣がエレベーターホールに出ると、ちょうど下からエレベーターがやって来た。上に向かうボタンを押して待っていると、開いたドアの中に1人男性が立っていた。
「あっ」
思わず声が出た。ジャケットを左腕に掛けた高畑朔は、マスクの上の目を丸くしながらエレベーターから降りてくる。外回りから帰って来たのだろう。
「こんにちは柴田さん、俺に会いに来てくれたの?」
周りに誰もいないのをいいことに、高畑はボリュームも落とさずさらりと訊いてきた。はあっ? と晃嗣は声を裏返す。
「い、いえっ、桂山課長に年調の書類を配布するようお願いしに来ただけです、高畑さんも早目の提出をお願いします」
「ねんちょう? あ、年末調整ね、もうそんな時期なの?」
あたふた敬語で話す晃嗣に対して、高畑はやけに鷹揚に話した。これではどちらが年上なのかわからない。
「柴田さん、また後でメール送るけど、来週の水曜日の指名ありがとうございます」
「あっ、その話は」
晃嗣はどきっとして、思わず周りに目を配った。エレベーターホールでの会話は、意外と近くの部屋に聞こえるのだ。高畑はきれいな形の目に笑いを浮かべる。
「こないだから思ってるんだけど、柴田さんって可愛くね? そのキャラ前面に出したほうが良くない?」
「は? いいんだよ、俺は二度と接客も営業もしないんだから」
やや混乱した晃嗣は、訊かれてもいないことを口にしてしまう。思わず俯くと、くすくす笑う声が降ってきた。
「営業してたんだ、もったいないなぁ……まあ俺だけ知ってるってことでもいいけど」
「……別に隠してるつもりはない」
晃嗣が顔を上げると、高畑は少し首を傾げた。
「そんな顔しないでよ、綾乃さんに柴田さんを困らせるなって言われてるんだから」
どうしようもない。会社でこの男に遭遇すれば、困惑しか無いのだから。彼はあくまでも楽しげに、言った。
「水曜日どこ行くか決めておいてください、思いつかないようなら連絡くださいね、ではまた」
高畑は軽く会釈して、営業の部屋に入って行った。その背中を見送っていた晃嗣は、我に返ってエレベーターのボタンを押す。誰も使っていなかったらしく、ドアはすぐに開いた。
ああ、心臓に悪い。晃嗣はどきどきする胸に手をやった。営業課のフロアに、みだりに来てはいけないと考える。会社で高畑に会うと、どんな顔をすればいいのかわからない。
人事部のフロアに到着すると、表情筋が勝手に緩んでいたことに気づく。晃嗣はポーカーフェイスを決めこみ、エレベーターから降りた。
晃嗣の返事に、桂山はそうですか、と自分のことのように楽しげに言った。
一応勤務中なので、晃嗣はその場を辞した。営業課の、誰もいなくても何故か明るい雰囲気が懐かしかった。人と接するのが好きな者が楽しく働く場所は、自然と空気が明るくなるのだ。
晃嗣がエレベーターホールに出ると、ちょうど下からエレベーターがやって来た。上に向かうボタンを押して待っていると、開いたドアの中に1人男性が立っていた。
「あっ」
思わず声が出た。ジャケットを左腕に掛けた高畑朔は、マスクの上の目を丸くしながらエレベーターから降りてくる。外回りから帰って来たのだろう。
「こんにちは柴田さん、俺に会いに来てくれたの?」
周りに誰もいないのをいいことに、高畑はボリュームも落とさずさらりと訊いてきた。はあっ? と晃嗣は声を裏返す。
「い、いえっ、桂山課長に年調の書類を配布するようお願いしに来ただけです、高畑さんも早目の提出をお願いします」
「ねんちょう? あ、年末調整ね、もうそんな時期なの?」
あたふた敬語で話す晃嗣に対して、高畑はやけに鷹揚に話した。これではどちらが年上なのかわからない。
「柴田さん、また後でメール送るけど、来週の水曜日の指名ありがとうございます」
「あっ、その話は」
晃嗣はどきっとして、思わず周りに目を配った。エレベーターホールでの会話は、意外と近くの部屋に聞こえるのだ。高畑はきれいな形の目に笑いを浮かべる。
「こないだから思ってるんだけど、柴田さんって可愛くね? そのキャラ前面に出したほうが良くない?」
「は? いいんだよ、俺は二度と接客も営業もしないんだから」
やや混乱した晃嗣は、訊かれてもいないことを口にしてしまう。思わず俯くと、くすくす笑う声が降ってきた。
「営業してたんだ、もったいないなぁ……まあ俺だけ知ってるってことでもいいけど」
「……別に隠してるつもりはない」
晃嗣が顔を上げると、高畑は少し首を傾げた。
「そんな顔しないでよ、綾乃さんに柴田さんを困らせるなって言われてるんだから」
どうしようもない。会社でこの男に遭遇すれば、困惑しか無いのだから。彼はあくまでも楽しげに、言った。
「水曜日どこ行くか決めておいてください、思いつかないようなら連絡くださいね、ではまた」
高畑は軽く会釈して、営業の部屋に入って行った。その背中を見送っていた晃嗣は、我に返ってエレベーターのボタンを押す。誰も使っていなかったらしく、ドアはすぐに開いた。
ああ、心臓に悪い。晃嗣はどきどきする胸に手をやった。営業課のフロアに、みだりに来てはいけないと考える。会社で高畑に会うと、どんな顔をすればいいのかわからない。
人事部のフロアに到着すると、表情筋が勝手に緩んでいたことに気づく。晃嗣はポーカーフェイスを決めこみ、エレベーターから降りた。
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