上 下
10 / 82
11月

1-②

しおりを挟む
「どちらかと言うと嬉しい」
「え……」
「だから柴田さんが指名してくれる時は最優先するからさ……会員登録してくれたって聞いた、次回もよろしく」

 高畑の言葉に、晃嗣は呆れた。堂々と同僚に対して、金づるになれと言ってくるとは。自分が気に入られていると理解しての言葉なのだろう。まあ晃嗣だって、性的なはけ口として彼を買う決心をしているので、それこそ需要と供給は一致していた。
 とはいえ高畑の露骨さはやや癪に触った。

「……二度と無いと言ったら?」

 晃嗣が試しに低くそう言うと、彼はえっ! と眉の裾を下げた。その顔がちょっと可愛らしくて面白いので、晃嗣の表情筋が緩みそうになる。

「そんなこと言わないでよ、俺柴田さんのこと最高に気持ち良くするし、最高に楽しい恋人になるよ?」
「はぁ?」

 混乱しつつ、おかしなことになっていると晃嗣は思った。高畑は自分が「さく」である時は、自分と全力で恋人ごっこをしてくれるという意味だろうか? 馬鹿にされているようにも感じられた。
 しかし晃嗣は、元々高畑の容姿が好みである。スタッフのさくについて言うならば、振る舞いも好ましいので、期間限定の恋人でも十分嬉しく思う自分が確かにいた。ちょっぴりそんな自分が情けなくなるが。

「柴田さんタチだって綾乃さんから聞いたけど、ほんとはネコが合ってるんじゃない? ってこないだ俺思ったんだけど」

 晃嗣は高畑の声に、味噌汁を噴きそうになる。そんなことを言われたのは初めてだった。晃嗣はマッチングアプリのプロフィールにも、タチであることを書いているので、ネコの男性としか会ったことがない。もしかすると高畑はバリタチで、タチさえもネコとして扱いたいタイプなのかもしれない。

「……じゃあきみと居るときはネコになったらいいのか?」

 冗談のつもりだったが、高畑は明らかに頬を染めた。思いがけない反応に、晃嗣までどきどきしてしまう。何だこいつ、喜んでるのか? ちょっと可愛いのが腹立たしい。

「うわぁ、俺柴田さんのことバリクソ溺愛するわ」
「あ、え? ……それは俺がネコってのが絶対条件なの?」

 晃嗣が溺愛という言葉にやや幻惑されながら応じると、途端に高畑はきれいな形の唇を、いやらしく歪めた。

「ちょっと柴田さん、俺とあなたとの間では挿入行為無しだよ? れてほしいってことならまた話は別だけど?」

 晃嗣の頭に一瞬で血が昇った。おまえの話に合わせてるんだろうが!

「誰が挿れてほしいなんて言った、俺はタチだっ」
「えーっほんとかなぁ?」

 からかわれているとわかり、本気で腹が立ってきた。大体、社内で何という下世話な会話をしているのだ。食堂がいているからと言って、気が緩み過ぎている。
 晃嗣は言葉を発するのをやめて、ようやく食事に集中する。とんでもない曲者に遭遇してしまった、俺にこいつを上手く扱えるだろうか。
 高畑は晃嗣の密かな煩悶をよそに、ちょっと笑った。

「あのさ柴田さん、普通のコースはお安くないんだけどさ、新設の非接触デートコースがコスパ高くておススメ」
「ああ、そんなのあったな……非接触の定義は?」

 晃嗣が軽く眉間に皺を寄せて訊くと、高畑は上機嫌に説明する。

「ホテルでやらしいことはしないけど、一緒にどっかに出かけたり食事したりするんだ……手つなぎはOK、恋人感あるだろ?」

 高畑が、恋人のように接してほしいという晃嗣の希望を念頭に置いているのだとようやく理解した。まあ確かに、悪くない提案ではある。

「柴田さんきれいにご飯食べる人だから、デートコース受けてもいいって今決めた」

 高畑は少し顎を上げ、小生意気な表情になった。脳内に浮かんだのはやはり、可愛いなぁという感想だった。
 晃嗣が茶を飲み始めると、高畑は食べる速度を上げ始めた。煮魚を食べない若者も多いと聞くが、彼はきれいに鯖を平らげていた。

「俺3時に取引先行かなきゃいけないんだ、柴田さんも昼休憩終わりだろ? 足止めしてごめん」

 別に足止めはされていないが、雑な口のきき方をする割には気を遣うのだなと思った。晃嗣はじゃあお先に、と言って椅子を引いた。

「2回目の指名、心よりお待ちしております」

 高畑は茶碗と箸を手にしたまま笑顔で言った。晃嗣は曖昧に頷いたが、非接触デートコースは幾らくらいするのかが、気になり始めていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです

坂合奏
恋愛
「I love much more than you think(君が思っているよりは、愛しているよ)」  祖母の策略によって、冷徹上司であるイギリス人のジャン・ブラウンと婚約することになってしまった、二十八歳の清水萌衣。  こんな男と結婚してしまったら、この先人生お先真っ暗だと思いきや、意外にもジャンは恋人に甘々の男で……。  あまりの熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです。   ※物語の都合で軽い性描写が2~3ページほどあります。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...