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エピローグ 鶴呼びの娘、見合いをする
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トモノベ・コンサルティングの代表取締役、友延英樹が、2人で話す時間を持つよう勧めたので、会食の場は一旦解散となった。今日はやたらと知沙に親切な凌子が、椅子を引いてくれる。すると向かいに座っていた見合い相手が、こちらに回ってきてエスコートしてくれた。親たちは店を変えて、お茶をしながら語らうことにしたようだった。
知沙は慣れない草履で、木々の緑が眩しい料亭の庭をゆっくり歩く。振袖姿の知沙に日傘をさし掛けてくれるのは、三つ揃えのグレーのスーツを身に着けた友延耀だった。
耀とはあの騒ぎ以降、まめにメッセージのやり取りをしてきたが、こうして互いに正装で顔を合わせると、やたらと照れ臭い。
「疲れてない?」
2人になると、耀は砕けた口調になった。知沙は頷き、凛々しい彼をそっと見上げる。目の保養この上ないが、何処となく鶴っぽい、かもしれない。
「桐生家のことで、本当にご迷惑かけました」
「大変だったのはあなただよ、気にしなくていい」
耀は十分過ぎるほど、知沙を気遣ってくれている。身勝手な逆恨みと嫉妬だったが、瑠璃からぶつけられた悪感情にはかなり傷ついた。だから耀の言葉には救われる。
チンピラたちと娘が繋がり、自社の施設をアジトにされたことに気づけなかった瑠璃の実家は、桐生家に深く詫びを入れてきたが、拓人は怒り心頭で、瑠璃と離婚するよう奈津夫に命じた。しかし奈津夫は、それを拒んだ。
瑠璃は子どもができないことや、夫から愛されていないという思い込みからストレスを溜めていたので、奈津夫の姿に涙し、知沙にも土下座して謝った。知沙に懐いている波留夫は不満そうだったが、知沙が瑠璃を訴える気は無いと言ったことで、この件はとりあえず落ち着いたのだった。
知沙が歌ったり強く何かを思ったりするとすぐに耀に届くので、今回は難を逃れることができたとはいうものの、これでは耀が大変だ。だから知沙は、鶴呼びの力を適切に扱えるよう、峯子と練習している。彼女は桐生拓人に娘がいると発覚した時、友延家から桐生家に移り、この代の鶴呼びの娘を見守っていたのだ。
耀は、妹や弟でなく自分に、鶴の姿になる「顕現」が初めて起きた18歳の時、失望したと話した。とにかく顕現をコントロールしなくてはならず、訓練してコツがわかってきた頃に、知沙の歌声が聞こえるようになった。友延家を継ぐかどうかは別として、鶴呼びらしい女性に会ってみたいとずっと思っていたという。
「知沙さん」
「はい」
「芦ノ湖であなたの反応を試すような話題を持ち出したのは申し訳なかった、でもあなたが真摯に接してくれたのが嬉しかった……俺は未熟者だし、あなたの抱えてるものに応えられる自信もそんなに無いんだけれど」
正直な人だと知沙は思う。それが何とも言えず気持ちいい。
「……私のいろんなことを耀さんにおっ被せたりするつもりは……そう思ってくれるだけで嬉しいし、あなたに助けてもらった恩返しがしたいくらいで」
「俺、たまに鳥化するよ」
「それは……しばらく驚くと思います、でもたぶん大丈夫」
それは素直な思いで、耀が半分鶴であることは、ほぼ受け入れている。そう、と彼は呟いた。
「俺たち今日初めて会ったことになってるから、急がないんだけど……お試し同居、前向きに検討してください」
知沙の顔が一気に熱くなり、それを見た耀が笑う。
「知沙さんはやや無鉄砲だから、心配なのもある」
「……ごめんなさい」
知沙は耀との関係を、運命などという言葉だけで片づけるつもりはない。家を継ぐという似た悩みを抱えて出逢い、分かち合うことで近づいた。今回のハプニングはきっと、2人にとっての最初の試練で、これから交際を続けるならば、もっといろいろなことが起こるのだろう。
でも、耀となら叶いそうな気がする。喜びも不安も分け合って、長く一緒に歩いていく日々。母が桐生家の事情を本当に知っていたなら、いや、そうでなかったとしても、きっと賛成してくれる。
「前向きに検討することになると思います」
知沙はしっかり耀の目を見て答えた。庭に小鳥たちがぱたぱたと集まってきた。
〈おわり〉
知沙は慣れない草履で、木々の緑が眩しい料亭の庭をゆっくり歩く。振袖姿の知沙に日傘をさし掛けてくれるのは、三つ揃えのグレーのスーツを身に着けた友延耀だった。
耀とはあの騒ぎ以降、まめにメッセージのやり取りをしてきたが、こうして互いに正装で顔を合わせると、やたらと照れ臭い。
「疲れてない?」
2人になると、耀は砕けた口調になった。知沙は頷き、凛々しい彼をそっと見上げる。目の保養この上ないが、何処となく鶴っぽい、かもしれない。
「桐生家のことで、本当にご迷惑かけました」
「大変だったのはあなただよ、気にしなくていい」
耀は十分過ぎるほど、知沙を気遣ってくれている。身勝手な逆恨みと嫉妬だったが、瑠璃からぶつけられた悪感情にはかなり傷ついた。だから耀の言葉には救われる。
チンピラたちと娘が繋がり、自社の施設をアジトにされたことに気づけなかった瑠璃の実家は、桐生家に深く詫びを入れてきたが、拓人は怒り心頭で、瑠璃と離婚するよう奈津夫に命じた。しかし奈津夫は、それを拒んだ。
瑠璃は子どもができないことや、夫から愛されていないという思い込みからストレスを溜めていたので、奈津夫の姿に涙し、知沙にも土下座して謝った。知沙に懐いている波留夫は不満そうだったが、知沙が瑠璃を訴える気は無いと言ったことで、この件はとりあえず落ち着いたのだった。
知沙が歌ったり強く何かを思ったりするとすぐに耀に届くので、今回は難を逃れることができたとはいうものの、これでは耀が大変だ。だから知沙は、鶴呼びの力を適切に扱えるよう、峯子と練習している。彼女は桐生拓人に娘がいると発覚した時、友延家から桐生家に移り、この代の鶴呼びの娘を見守っていたのだ。
耀は、妹や弟でなく自分に、鶴の姿になる「顕現」が初めて起きた18歳の時、失望したと話した。とにかく顕現をコントロールしなくてはならず、訓練してコツがわかってきた頃に、知沙の歌声が聞こえるようになった。友延家を継ぐかどうかは別として、鶴呼びらしい女性に会ってみたいとずっと思っていたという。
「知沙さん」
「はい」
「芦ノ湖であなたの反応を試すような話題を持ち出したのは申し訳なかった、でもあなたが真摯に接してくれたのが嬉しかった……俺は未熟者だし、あなたの抱えてるものに応えられる自信もそんなに無いんだけれど」
正直な人だと知沙は思う。それが何とも言えず気持ちいい。
「……私のいろんなことを耀さんにおっ被せたりするつもりは……そう思ってくれるだけで嬉しいし、あなたに助けてもらった恩返しがしたいくらいで」
「俺、たまに鳥化するよ」
「それは……しばらく驚くと思います、でもたぶん大丈夫」
それは素直な思いで、耀が半分鶴であることは、ほぼ受け入れている。そう、と彼は呟いた。
「俺たち今日初めて会ったことになってるから、急がないんだけど……お試し同居、前向きに検討してください」
知沙の顔が一気に熱くなり、それを見た耀が笑う。
「知沙さんはやや無鉄砲だから、心配なのもある」
「……ごめんなさい」
知沙は耀との関係を、運命などという言葉だけで片づけるつもりはない。家を継ぐという似た悩みを抱えて出逢い、分かち合うことで近づいた。今回のハプニングはきっと、2人にとっての最初の試練で、これから交際を続けるならば、もっといろいろなことが起こるのだろう。
でも、耀となら叶いそうな気がする。喜びも不安も分け合って、長く一緒に歩いていく日々。母が桐生家の事情を本当に知っていたなら、いや、そうでなかったとしても、きっと賛成してくれる。
「前向きに検討することになると思います」
知沙はしっかり耀の目を見て答えた。庭に小鳥たちがぱたぱたと集まってきた。
〈おわり〉
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