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extra track 飼い主が不機嫌なので手を尽くす文鳥(俺)
11:00①
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横に並んで歩く晶の鞄から、振動音が聞こえた。晴也が彼を見上げると、ん? と言いながらスマートフォンを出した。
「あ、優さんだ、どっか店見てて」
休日のこんな時間に優弥から電話とは、珍しい気がする。晶に言われて、晴也は目と鼻の先にあるペットショップを指さした。
「あそこにいる」
「うん、すぐ済むと思うけど」
晶が人に紛れて角を曲がるのを見送ってから、晴也が店のショーケースに近づくと、白や茶色の大きな毛玉がケージに入っていた。うさぎだ。ふわふわした生き物たちが目を閉じて眠っているのを見て、晴也は自分の顔の筋肉が勝手に緩むのを感じた。お腹が僅かに上下しているのが、彼らがぬいぐるみではないことを伝えている。
可愛い、とひとりごちて入り口から店の中を覗くと、店の奥に子犬たちのケージがあることに気づいた。晴也はついそちらに脚を向けてしまう。ペットショップ独特の、動物と消毒薬の混じった匂いが鼻孔に流れ込んできた。カラフルなおもちゃや、小洒落たパッケージだけ見たら、人間の食べ物と区別がつかないペット用のおやつが通路の両脇に並ぶ。
エプロンをつけた男性の店員が、晴也を見ていらっしゃいませ、と笑いかけてきた。
「気になる子がいたら抱いていただけますよ」
言ってくれるのは嬉しいのだが、絶対飼えないとわかっているのに抱かせてもらうのもどうかと思った。晴也はどぎまぎと店員に答える。
「あ、集合住宅に住んでるので、飼えないんです‥‥‥」
「そうなんですね、お客様みたいに優しそうできちんとなさってるかたとご縁があったら、この子たちも幸せなんですけど」
自分のどこを見てそんな風に判断しているのだろうと思ったが、晴也と変わらない年齢に見える店員は、口先のおべっかを言っているようにも見えない。ちょっと人懐っこい笑顔が、犬系の晶と雰囲気が似ていた。
「動物はお好きですか?」
「はい、でも父があまり好きでないので、金魚しか家にいたことがないんですけど」
ケージの中で眠っていた茶色い柴犬が、顔を上げてこちらを見た。隣のケージにいるクリーム色のミニチュアダックスフントは、一生懸命水を飲んでいる。その愛らしさに、晴也は気持ちが和むのを自覚した。
「あの‥‥‥こうやってお店にいる子たちって、みんなちゃんと行き先が決まるものなんですか?」
晴也の問いに、店員ははい、と答える。
「もちろんなかなか決まらない子もいるんですけど、不思議と受け入れてくださるかたが現れるんですよ‥‥‥それでそういう子のほうが大切にされることも多い印象です」
「そうなんですか‥‥‥みんな早く決まるといいですね」
「はい、決まるまでに時間がかかっちゃうと、引き渡しがちょっと悲しくなりますから」
優しい人だなと晴也は思う。並ぶケージに再び視線を戻すと、黒いラブラドールレトリバーが、晴也を見て筆のような尻尾をぶんぶん振っていた。店員は首を傾げた。
「あれ? あの子いつもあんまりお愛想しないのに‥‥‥お客様が好みなのかな」
晴也は黒い子犬の嬉しげな目を見て、晶っぽいと思い、思わず笑った。その時、背後から聞きなれた声がした。
「ハルさん、ごめん‥‥‥子犬見てたの?」
「あ、優さんだ、どっか店見てて」
休日のこんな時間に優弥から電話とは、珍しい気がする。晶に言われて、晴也は目と鼻の先にあるペットショップを指さした。
「あそこにいる」
「うん、すぐ済むと思うけど」
晶が人に紛れて角を曲がるのを見送ってから、晴也が店のショーケースに近づくと、白や茶色の大きな毛玉がケージに入っていた。うさぎだ。ふわふわした生き物たちが目を閉じて眠っているのを見て、晴也は自分の顔の筋肉が勝手に緩むのを感じた。お腹が僅かに上下しているのが、彼らがぬいぐるみではないことを伝えている。
可愛い、とひとりごちて入り口から店の中を覗くと、店の奥に子犬たちのケージがあることに気づいた。晴也はついそちらに脚を向けてしまう。ペットショップ独特の、動物と消毒薬の混じった匂いが鼻孔に流れ込んできた。カラフルなおもちゃや、小洒落たパッケージだけ見たら、人間の食べ物と区別がつかないペット用のおやつが通路の両脇に並ぶ。
エプロンをつけた男性の店員が、晴也を見ていらっしゃいませ、と笑いかけてきた。
「気になる子がいたら抱いていただけますよ」
言ってくれるのは嬉しいのだが、絶対飼えないとわかっているのに抱かせてもらうのもどうかと思った。晴也はどぎまぎと店員に答える。
「あ、集合住宅に住んでるので、飼えないんです‥‥‥」
「そうなんですね、お客様みたいに優しそうできちんとなさってるかたとご縁があったら、この子たちも幸せなんですけど」
自分のどこを見てそんな風に判断しているのだろうと思ったが、晴也と変わらない年齢に見える店員は、口先のおべっかを言っているようにも見えない。ちょっと人懐っこい笑顔が、犬系の晶と雰囲気が似ていた。
「動物はお好きですか?」
「はい、でも父があまり好きでないので、金魚しか家にいたことがないんですけど」
ケージの中で眠っていた茶色い柴犬が、顔を上げてこちらを見た。隣のケージにいるクリーム色のミニチュアダックスフントは、一生懸命水を飲んでいる。その愛らしさに、晴也は気持ちが和むのを自覚した。
「あの‥‥‥こうやってお店にいる子たちって、みんなちゃんと行き先が決まるものなんですか?」
晴也の問いに、店員ははい、と答える。
「もちろんなかなか決まらない子もいるんですけど、不思議と受け入れてくださるかたが現れるんですよ‥‥‥それでそういう子のほうが大切にされることも多い印象です」
「そうなんですか‥‥‥みんな早く決まるといいですね」
「はい、決まるまでに時間がかかっちゃうと、引き渡しがちょっと悲しくなりますから」
優しい人だなと晴也は思う。並ぶケージに再び視線を戻すと、黒いラブラドールレトリバーが、晴也を見て筆のような尻尾をぶんぶん振っていた。店員は首を傾げた。
「あれ? あの子いつもあんまりお愛想しないのに‥‥‥お客様が好みなのかな」
晴也は黒い子犬の嬉しげな目を見て、晶っぽいと思い、思わず笑った。その時、背後から聞きなれた声がした。
「ハルさん、ごめん‥‥‥子犬見てたの?」
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