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16 熱誠
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一度晴也の部屋に行き、のんびり昼食を摂ってから、晶の車で高円寺に向かった。後部座席には晴也の着替えと、何故かチンアナゴのぬいぐるみが載っている。
「ハルさん免許持ってるんだっけ?」
晶の問いに、ペーパーだけど、と晴也は答えた。
「この車も預けるから、俺の部屋同様好きな時に使って」
晴也は驚いて、晶を見た。
「いや、どっかに擦るぞ、たぶん」
「別にいいよ、練習に使うといい」
「あ、ありがと……たぶん乗らないと思うけど」
そう言わず乗って、と晶は笑う。晶が留守にする2ヶ月半、暑くなる季節でもあるので、週末に晴也が彼の部屋の空気を入れ替えに行く約束をしていた。車も転がしておいて欲しいのだろう。しかしそれは、教習に行かなければ絶対に無理そうだ。
晴也は晶とこんな話をしている自分を、誰か別人に身体を乗っ取られた人のように、未だに感じる。会社で昼休みに人と過ごすようになったり、女装に磨きをかけるべく勉強したりするのもそうだ。
自分は変わった、のだろう。それが良いことなのかどうかはよくわからない。ただ、周りは晴也の変化を、どちらかと言うと歓迎してくれているようである。総務課の空気はフレンドリーだし、英子ママは晴也が社内で異動だけしたことを、ベストな選択だろうと言ってくれた。
晶の部屋に着くと、彼はすぐにダイニングでコーヒーを淹れる準備をする。よく考えると、彼は晴也といる時、退屈そうなそぶりを見せたことがない(物理的に眠くて欠伸をすることはあるが)。それだけでなく、いつも晴也が快適に過ごせるよう立ち回ってくれる。
「……ありがとう」
目の前に置かれたコーヒーカップと小さなチョコレートの包みを見ながら、晴也は礼を言う。晶はテーブルの角に自分のコーヒーカップを置き、微妙に晴也の近距離に座る。
晴也が砂糖とフレッシュを少しずつ入れて混ぜていると、晶がじっと自分の顔を見ていた。照れ隠しに何、とつい突っかかってしまう。
「これから長い禁欲生活が始まるんだなぁと思っています」
晶の言葉に、小さく吹き出した。
「禁欲って、どうせ毎日オナニーするんだろ?」
「たぶんするけど、ハルさんに触ってもらうことに俺のちんこが味を占めてしまったから」
「……だからどうなんだ」
「手の感触や力の入れ具合は再現しにくいから、辛いなぁと思って……」
晶は大真面目に言っていた。晴也は彼と彼のちんこにちょっと憐れみを覚えたが、そんな自分を終わってるなとも感じる。
晴也はコーヒーカップを横にやって手を伸ばし、両手で晶の頬をゆっくり包んでみた。
「ほれ、感触を堪能しろ」
晶は一瞬目を丸くしたが、すぐに気持ち良さそうに微笑んだ。
「ハルさんは優しいな」
どうしてそんな言い方をするんだろう。晴也は首を傾げる。
「……普通だろ、ほんと大袈裟なんだから」
「意外と普通じゃないんだよ」
晶の手が覆いかぶさってきて、手の甲を包む。こんな風にされるのは、好きだ。顔が近いなぁと、自分から仕掛けておきながら、晴也は照れた。
晴也は晶の顔が好きである。それは初めてルーチェで彼が踊るのを見た時から、変わらない事実だ。でも顔が好きなだけじゃないと、最近気づいた。結構いろいろな場所で晶は馬鹿だと言われているし、晴也もそう思うが、彼の馬鹿で根が明るいところにかなり救われている。
晶は少し年下だけれど、自分より沢山のことを経験していて、手にしたものも失くしたものも、きっと自分より沢山ある。そして、その事実をひとつひとつ噛み砕き、力にしていくパワーを持っている。ただの馬鹿ではないのだ。
「ハルさん、そんなに見つめられるとどきどきする……」
晶はだらしない笑みを浮かべた。そんな顔も許せるほどには、彼はイケメンだし自分の好みだった。
「あっそうだ、チンアナゴをどうして持って来いって言ったんだ?」
晴也が思いつきでいきなり言うので、晶は苦笑した。
「ハルさんだと思って可愛がりたいから、連れて行っていい? 代わりにニシキアナゴを置いてくから、forget me not……」
子どもっぽいことを考えるなと思ったが、晴也はくすりと笑い、頷いた。
「一緒に寝るよ」
「あいつは俺のちんこの次に幸せ者だ」
ややくだらない話が展開する間、晴也の手はずっと、温かい晶の頬と掌に挟まれたままだった。
「ハルさん免許持ってるんだっけ?」
晶の問いに、ペーパーだけど、と晴也は答えた。
「この車も預けるから、俺の部屋同様好きな時に使って」
晴也は驚いて、晶を見た。
「いや、どっかに擦るぞ、たぶん」
「別にいいよ、練習に使うといい」
「あ、ありがと……たぶん乗らないと思うけど」
そう言わず乗って、と晶は笑う。晶が留守にする2ヶ月半、暑くなる季節でもあるので、週末に晴也が彼の部屋の空気を入れ替えに行く約束をしていた。車も転がしておいて欲しいのだろう。しかしそれは、教習に行かなければ絶対に無理そうだ。
晴也は晶とこんな話をしている自分を、誰か別人に身体を乗っ取られた人のように、未だに感じる。会社で昼休みに人と過ごすようになったり、女装に磨きをかけるべく勉強したりするのもそうだ。
自分は変わった、のだろう。それが良いことなのかどうかはよくわからない。ただ、周りは晴也の変化を、どちらかと言うと歓迎してくれているようである。総務課の空気はフレンドリーだし、英子ママは晴也が社内で異動だけしたことを、ベストな選択だろうと言ってくれた。
晶の部屋に着くと、彼はすぐにダイニングでコーヒーを淹れる準備をする。よく考えると、彼は晴也といる時、退屈そうなそぶりを見せたことがない(物理的に眠くて欠伸をすることはあるが)。それだけでなく、いつも晴也が快適に過ごせるよう立ち回ってくれる。
「……ありがとう」
目の前に置かれたコーヒーカップと小さなチョコレートの包みを見ながら、晴也は礼を言う。晶はテーブルの角に自分のコーヒーカップを置き、微妙に晴也の近距離に座る。
晴也が砂糖とフレッシュを少しずつ入れて混ぜていると、晶がじっと自分の顔を見ていた。照れ隠しに何、とつい突っかかってしまう。
「これから長い禁欲生活が始まるんだなぁと思っています」
晶の言葉に、小さく吹き出した。
「禁欲って、どうせ毎日オナニーするんだろ?」
「たぶんするけど、ハルさんに触ってもらうことに俺のちんこが味を占めてしまったから」
「……だからどうなんだ」
「手の感触や力の入れ具合は再現しにくいから、辛いなぁと思って……」
晶は大真面目に言っていた。晴也は彼と彼のちんこにちょっと憐れみを覚えたが、そんな自分を終わってるなとも感じる。
晴也はコーヒーカップを横にやって手を伸ばし、両手で晶の頬をゆっくり包んでみた。
「ほれ、感触を堪能しろ」
晶は一瞬目を丸くしたが、すぐに気持ち良さそうに微笑んだ。
「ハルさんは優しいな」
どうしてそんな言い方をするんだろう。晴也は首を傾げる。
「……普通だろ、ほんと大袈裟なんだから」
「意外と普通じゃないんだよ」
晶の手が覆いかぶさってきて、手の甲を包む。こんな風にされるのは、好きだ。顔が近いなぁと、自分から仕掛けておきながら、晴也は照れた。
晴也は晶の顔が好きである。それは初めてルーチェで彼が踊るのを見た時から、変わらない事実だ。でも顔が好きなだけじゃないと、最近気づいた。結構いろいろな場所で晶は馬鹿だと言われているし、晴也もそう思うが、彼の馬鹿で根が明るいところにかなり救われている。
晶は少し年下だけれど、自分より沢山のことを経験していて、手にしたものも失くしたものも、きっと自分より沢山ある。そして、その事実をひとつひとつ噛み砕き、力にしていくパワーを持っている。ただの馬鹿ではないのだ。
「ハルさん、そんなに見つめられるとどきどきする……」
晶はだらしない笑みを浮かべた。そんな顔も許せるほどには、彼はイケメンだし自分の好みだった。
「あっそうだ、チンアナゴをどうして持って来いって言ったんだ?」
晴也が思いつきでいきなり言うので、晶は苦笑した。
「ハルさんだと思って可愛がりたいから、連れて行っていい? 代わりにニシキアナゴを置いてくから、forget me not……」
子どもっぽいことを考えるなと思ったが、晴也はくすりと笑い、頷いた。
「一緒に寝るよ」
「あいつは俺のちんこの次に幸せ者だ」
ややくだらない話が展開する間、晴也の手はずっと、温かい晶の頬と掌に挟まれたままだった。
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