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16 熱誠
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やがてマキとサトルが袖に入った。ショウを中心にした3人が少し高度なステップを見せ、パン! と音を立てて軽くポーズを決める。彼らが板の上で飛び跳ねながら袖に入ると、靴を替えた若い2人がジャンプして舞台の真ん中に出てきた。すぐに5人が揃い、クライマックスの踊りになる。
自分の肩を抱いて首を傾げたり、腕を頭上で組み片脚を上げたりするコミカルな動きを織り混ぜながら、5人は前に出てきた。上手の端にいたショウが、軽やかにステップとターンをしながら、4人の間を順に縫っていく。まるでフィギュアスケートのステップを見るような滑らかな動きだった。そして笛が高く長い音を響かせると、照明が夕焼けの色になり、5人が固まってゆったりとポーズを決めた。双方向に伸ばされた腕が、篝火の炎のように見えた。
ゆっくりと照明が落ちるのが、あたかも日暮れがやって来たようだった。5人の姿が薄闇の中に沈むと、拍手がじわりと湧いた。それはすぐに熱狂的な轟音に変わる。
晴也も大きく手を叩いた。ドルフィン・ファイブの祭りに自分も参加したような、高揚感と幸福感があった。舞台が明るくなると、ダンサーたちは緊張を解き、ふわりと緩んだ笑顔になって頭を下げた。そして掛け声や口笛に応じ手を振る。
タケルが最前列のテーブルに座る女性を呼び、マキが舞台から軽く飛び降りて彼女を誘った。パンツ姿で、髪を頭のてっぺんで結った小柄な女性は、見るからにダンサーらしかった。ユウヤがマイクを取り、タップの振り付けをしてくれたと、舞台に上がって来た彼女を紹介する。
「短い時間で我々がそれらしく見える動きをつけてくれました、ご自分の舞台や教室でのレッスンもおありのところ、無理を申し上げました」
拍手の中、女性は照れながら頭を下げた。客席は皆両手を上げ、大喝采だった。もしいつもの通りにテーブルが並んでいたら、スタンディング・オベーションになっていただろう。
いつもならこれで終幕といった空気感だったが、3人が下手に去り、舞台上にショウとサトルが残された。
「おっ、今夜はアンコールがあるのかな?」
美智生が言いながら、座り直す。タップのためのマイクを引いた店のスタッフが、今度はスタンドマイクを下手寄りに、キーボードを上手の、夏紀の目の前に設置し始めた。
サトルがキーボードの前に立ったので、晴也は驚き、思わず頑張れ、と声をかけた。彼は晴也や上手の客たちにややぎこちない笑顔を見せた。緊張しているようだ。ショウは下手のマイクの前に立ち、周りの客に小さく手を振っていた。
サトルがそっとキーボードに触れると、ピアノの音が響いた。美しいアルペジオに、客席の興奮した空気が凪いでゆく。
「ピアノバリバリ弾けるとか憧れるわぁ」
夏紀がうっとりと囁く。前奏が止まり、残響の中に柔らかな声が流れ出した。
「Nella fantasia……io vedo un mondo giusto……」
ショウの歌声に、サトルのピアノが静かに寄り添う。その場にいる皆が心奪われるような歌だった。
「Io sogno d'anime……che sono semple libere come e nuvole……」
歌が盛り上がってくると、タケルとユウヤ、マキが舞台に現れた。上半身をたっぷり使うゆったりとした踊りで、曲の世界観を表現する。
ショウは長い音を無理なく歌い上げて、サトルと息を合わせ、穏やかに曲を纏める。
「……in fondo all'anima……」
優しい声に晴也の胸の深いところが震えた。ショウが客に聴かせるために歌うのを聴くのは初めてだ。ちょこっと歌っても良い声だということはわかるが、こうして本気で歌われると、やはり力が違う。あっという間に心を掴まれてしまう。
同じ音楽が、チェロとピアノで流れ始めた。ショウとサトルもドルフィン・ファイブのいつもの位置に収まり、踊りに加わる。両袖から焚かれたスモークは、彼らがターンするとふわりと舞い上がり、客席に流れた。
「これって『ガブリエルのオーボエ』だよな?」
美智生がこちらに身体を傾けて来ながら、こそっと言った。晴也が哀しく心揺さぶられる映画を思い出しながら、そうですね、と応じると、明里が口を開く。
「後で歌詞がついたんですよ、ジョン・レノンの『イマジン』みたいな内容なんです」
ほぉ、という美智生の声を聞きながら、晴也は妹のほうをちらっと見た。
「へぇ、さっきショウさんが歌ったやつ、やったことあるの?」
「大昔ちょっとだけ練習したよ」
やがて音楽がチェロの高音だけになると、4人が捌けて、舞台上にはショウだけが残された。ショウは眼差しを上げ、ふわりと横にジャンプしたあと怯えるように身体を縮めた。そして再び顔を上げ、ゆっくり伸ばした長い腕で指先まで使い、語る。
この曲は、映画「ミッション」の中で、宣教師が先住民と心を通わせることを望んで演奏する音楽だ。歌詞は平和を望む内容だという。この曲を選び踊るショウの、控えめだが明確なメッセージが伝わってくる。人と気持ちを通わせることを恐れるな。自分を信じ、人を信じろ。躓きも糧にして前を向き、進め。
晴也は舞台の上で舞う人の姿が滲むのを止められなくなった。ひっきりなしに熱い水が頬を流れる。――ショウさんは変態で馬鹿だけど、舞台の上では世界一だ。俺はこいつについて行く、舞台の外ではこいつを支える。例え誰かが、おまえは彼に相応しくないと言ったとしても。
音楽は消えるように終わり、ショウは舞台の中央で左脚を後ろにつき、右の掌を客席に向かい差し出した。その手を取り、一緒に行こうと誘うように。晴也は喉を小さくひっく、といわせて、ハンドバッグからハンカチを出した。
大きな拍手が店内を満たし、4人が袖から出てきてメンバーが揃う。ショウのタイミングに合わせて、5人が頭を下げた。喝采が膨れ上がった。
マイクを持ったユウヤが、ありがとうございました、と言い、客は好き勝手に贔屓のダンサーの名を呼んだ。ハンカチを握る女性客の姿もちらほら見える。夏紀も目を赤くしていた。
「ではショウにちょっと喋らせますよ」
ユウヤにマイクを渡され、ショウはまた? と苦笑した。彼はまず礼を言い、拍手の中、深々と頭を下げた。
自分の肩を抱いて首を傾げたり、腕を頭上で組み片脚を上げたりするコミカルな動きを織り混ぜながら、5人は前に出てきた。上手の端にいたショウが、軽やかにステップとターンをしながら、4人の間を順に縫っていく。まるでフィギュアスケートのステップを見るような滑らかな動きだった。そして笛が高く長い音を響かせると、照明が夕焼けの色になり、5人が固まってゆったりとポーズを決めた。双方向に伸ばされた腕が、篝火の炎のように見えた。
ゆっくりと照明が落ちるのが、あたかも日暮れがやって来たようだった。5人の姿が薄闇の中に沈むと、拍手がじわりと湧いた。それはすぐに熱狂的な轟音に変わる。
晴也も大きく手を叩いた。ドルフィン・ファイブの祭りに自分も参加したような、高揚感と幸福感があった。舞台が明るくなると、ダンサーたちは緊張を解き、ふわりと緩んだ笑顔になって頭を下げた。そして掛け声や口笛に応じ手を振る。
タケルが最前列のテーブルに座る女性を呼び、マキが舞台から軽く飛び降りて彼女を誘った。パンツ姿で、髪を頭のてっぺんで結った小柄な女性は、見るからにダンサーらしかった。ユウヤがマイクを取り、タップの振り付けをしてくれたと、舞台に上がって来た彼女を紹介する。
「短い時間で我々がそれらしく見える動きをつけてくれました、ご自分の舞台や教室でのレッスンもおありのところ、無理を申し上げました」
拍手の中、女性は照れながら頭を下げた。客席は皆両手を上げ、大喝采だった。もしいつもの通りにテーブルが並んでいたら、スタンディング・オベーションになっていただろう。
いつもならこれで終幕といった空気感だったが、3人が下手に去り、舞台上にショウとサトルが残された。
「おっ、今夜はアンコールがあるのかな?」
美智生が言いながら、座り直す。タップのためのマイクを引いた店のスタッフが、今度はスタンドマイクを下手寄りに、キーボードを上手の、夏紀の目の前に設置し始めた。
サトルがキーボードの前に立ったので、晴也は驚き、思わず頑張れ、と声をかけた。彼は晴也や上手の客たちにややぎこちない笑顔を見せた。緊張しているようだ。ショウは下手のマイクの前に立ち、周りの客に小さく手を振っていた。
サトルがそっとキーボードに触れると、ピアノの音が響いた。美しいアルペジオに、客席の興奮した空気が凪いでゆく。
「ピアノバリバリ弾けるとか憧れるわぁ」
夏紀がうっとりと囁く。前奏が止まり、残響の中に柔らかな声が流れ出した。
「Nella fantasia……io vedo un mondo giusto……」
ショウの歌声に、サトルのピアノが静かに寄り添う。その場にいる皆が心奪われるような歌だった。
「Io sogno d'anime……che sono semple libere come e nuvole……」
歌が盛り上がってくると、タケルとユウヤ、マキが舞台に現れた。上半身をたっぷり使うゆったりとした踊りで、曲の世界観を表現する。
ショウは長い音を無理なく歌い上げて、サトルと息を合わせ、穏やかに曲を纏める。
「……in fondo all'anima……」
優しい声に晴也の胸の深いところが震えた。ショウが客に聴かせるために歌うのを聴くのは初めてだ。ちょこっと歌っても良い声だということはわかるが、こうして本気で歌われると、やはり力が違う。あっという間に心を掴まれてしまう。
同じ音楽が、チェロとピアノで流れ始めた。ショウとサトルもドルフィン・ファイブのいつもの位置に収まり、踊りに加わる。両袖から焚かれたスモークは、彼らがターンするとふわりと舞い上がり、客席に流れた。
「これって『ガブリエルのオーボエ』だよな?」
美智生がこちらに身体を傾けて来ながら、こそっと言った。晴也が哀しく心揺さぶられる映画を思い出しながら、そうですね、と応じると、明里が口を開く。
「後で歌詞がついたんですよ、ジョン・レノンの『イマジン』みたいな内容なんです」
ほぉ、という美智生の声を聞きながら、晴也は妹のほうをちらっと見た。
「へぇ、さっきショウさんが歌ったやつ、やったことあるの?」
「大昔ちょっとだけ練習したよ」
やがて音楽がチェロの高音だけになると、4人が捌けて、舞台上にはショウだけが残された。ショウは眼差しを上げ、ふわりと横にジャンプしたあと怯えるように身体を縮めた。そして再び顔を上げ、ゆっくり伸ばした長い腕で指先まで使い、語る。
この曲は、映画「ミッション」の中で、宣教師が先住民と心を通わせることを望んで演奏する音楽だ。歌詞は平和を望む内容だという。この曲を選び踊るショウの、控えめだが明確なメッセージが伝わってくる。人と気持ちを通わせることを恐れるな。自分を信じ、人を信じろ。躓きも糧にして前を向き、進め。
晴也は舞台の上で舞う人の姿が滲むのを止められなくなった。ひっきりなしに熱い水が頬を流れる。――ショウさんは変態で馬鹿だけど、舞台の上では世界一だ。俺はこいつについて行く、舞台の外ではこいつを支える。例え誰かが、おまえは彼に相応しくないと言ったとしても。
音楽は消えるように終わり、ショウは舞台の中央で左脚を後ろにつき、右の掌を客席に向かい差し出した。その手を取り、一緒に行こうと誘うように。晴也は喉を小さくひっく、といわせて、ハンドバッグからハンカチを出した。
大きな拍手が店内を満たし、4人が袖から出てきてメンバーが揃う。ショウのタイミングに合わせて、5人が頭を下げた。喝采が膨れ上がった。
マイクを持ったユウヤが、ありがとうございました、と言い、客は好き勝手に贔屓のダンサーの名を呼んだ。ハンカチを握る女性客の姿もちらほら見える。夏紀も目を赤くしていた。
「ではショウにちょっと喋らせますよ」
ユウヤにマイクを渡され、ショウはまた? と苦笑した。彼はまず礼を言い、拍手の中、深々と頭を下げた。
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