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16 熱誠
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晴也は椅子に腰掛けて、ドライヤーの風を髪に当てられた。ほんの少しヘアワックスを指に取った美容師は、ふわっと流れる晴也の毛先の癖を生かしたセットを教えてくれた。もう仕上げも済んだ晶は、立ったままそれを鏡越しに見ていた。
「流石だね、ちょっとカットしただけで見たことのないハルさんが生まれたよ」
晶の軽口に美容師はいえいえ、と照れたように言った。
「素材が良いので……女装されてる福原さんは何となく想像がつきます、僕のそのイメージに寄せてみたんです」
晴也は眼鏡をかけて、鏡の中の自分を不思議な思いで見つめた。そこにいるのは、めぎつねのハルではないけれど、コミュ障で陰気な昼間の晴也でもない。
「髪に合う眼鏡を選ばないと」
晶は微笑を浮かべて、言った。女性の美容師もやって来て、あら素敵、と手を胸の前で合わせた。
「福原さんは黒縁がお似合いだと思います、顔が小さいから少しフレームが細いといいんじゃないですか?」
「フレームに上質感があるといいですね」
美容師たちに品評されて、晴也はどんな顔をしたらいいのか良くわからない。そんなお洒落なものを買うつもりも無いのに。
晶は満足そうな顔になり、美容師たちに礼を言った。エプロンを外され、最後のチェックを受けた晴也は、晶について行く。
2人の美容師と、彼らより少し歳上に見える店長が、扉の外で並んで見送ってくれた。晴也は3人に頭を下げた。そして、来た時より人が増えた通りを、晶と並んで進んだ。髪を切って耳を半分出した晶は、ちょっとイケメン増しに見えて、晴也の胸の中がくすぐったくなった。
コンタクトレンズを使うようになったため、晴也は定期的に眼科に行くようにしている。視力が少し落ちたので、医師から眼鏡の買い替えを勧められた。
こだわりの無い晴也は、眼鏡のチェーン店に晶と一緒に入ったが、店頭に並ぶフレームが多すぎて、何処を見たらいいのかわからない。彼は晴也の予算を聞いてから、晴也に似合いそうだと思う眼鏡を次々と持って来た。
「ハルさんほんとカットして印象変わったな、レンズの形も変えたらどう?」
「視界が狭くなりそうだから小さくするのは嫌だ」
買う気満々の2人を見て、店員が寄ってくる。やりにくいなと晴也は胸の中で溜め息をついた。身につけるものに、少なくとも晴也よりは金をかけている晶と、少しでも価格が高いものを売ろうとする店員にやいやい言われ、予算オーバーしてしまう嫌な予感しかない。
晴也は意を決して、5万円以上の眼鏡を作るつもりは無いことを店員に伝えた。すると、十分良いものが作れますよ、と店員は笑顔で応じる。
晴也より近視が強く乱視も持つ晶は、実家の近くに行きつけの眼鏡店を持っていて、いつも店で測定をするらしい。晴也が眼科の処方箋を取り出すと、珍しそうに覗きこんできた。
店員は晴也が試着していた幾つかの眼鏡を見てから、新商品の棚に行きひとつ眼鏡を取って来た。フレームはよく見ると真っ黒ではなく、光が当たると深緑に透けた。
「今お召しのものよりレンズは小さくなりますけれど、髪とお肌の色に合うと思います」
晴也はひと目見て、その眼鏡に好印象を抱いた。果たしてこんな小洒落た形と色が似合うだろうかと不安に思ったが、鏡の中の晴也は、切った前髪や頬を縁取るふわふわした髪も相まって、随分と優しげに見えた。それに……俺こんな目してるんだ、と少し驚いた。日本人らしいアーモンドの形の目や茶色い瞳に、深緑色が馴染んでいる。化粧をする時に凝視している部分の筈なのに、新しい発見をしたようで、変な気分だった。
背後に立ち一緒に鏡を見ていた晶を振り向くと、彼はおっ、と言った。
「それならめぎつねでも眼鏡でいけるよ、とてもいい」
晶の目がふにゃりと細まった。見惚れているようである。店員も、素敵ですよと言い添える。この眼鏡でいいと晴也は思った。そうか、お洒落ならめぎつねに眼鏡で出るのもアリか、ママに一度確認してみよう。
晴也はようやく気持ちがほぐれてきて、今日初めて、心からの笑顔を浮かべた。それを見た晶も、幸せそうな顔になった。……こういうの、いいな。ちょっと嬉しいことを、好きな人と共有する。今まで夜陰に乗じてこっそりやっていたことを、昼間に堂々とできるのも、いいな。
眼鏡の仕上がりは明日だというので、自宅に送ってもらうことにした。晴也は伝票に住所を書きながら、今年中に違う住所を書くことになるのかなと、漠然と考える。その気持ちの流れは、晴也を少し不安にして、その倍ときめかせた。晶はそんな晴也の気も知らず、近くの棚の眼鏡を試着して、鏡を見ながら首を傾げていた。
「流石だね、ちょっとカットしただけで見たことのないハルさんが生まれたよ」
晶の軽口に美容師はいえいえ、と照れたように言った。
「素材が良いので……女装されてる福原さんは何となく想像がつきます、僕のそのイメージに寄せてみたんです」
晴也は眼鏡をかけて、鏡の中の自分を不思議な思いで見つめた。そこにいるのは、めぎつねのハルではないけれど、コミュ障で陰気な昼間の晴也でもない。
「髪に合う眼鏡を選ばないと」
晶は微笑を浮かべて、言った。女性の美容師もやって来て、あら素敵、と手を胸の前で合わせた。
「福原さんは黒縁がお似合いだと思います、顔が小さいから少しフレームが細いといいんじゃないですか?」
「フレームに上質感があるといいですね」
美容師たちに品評されて、晴也はどんな顔をしたらいいのか良くわからない。そんなお洒落なものを買うつもりも無いのに。
晶は満足そうな顔になり、美容師たちに礼を言った。エプロンを外され、最後のチェックを受けた晴也は、晶について行く。
2人の美容師と、彼らより少し歳上に見える店長が、扉の外で並んで見送ってくれた。晴也は3人に頭を下げた。そして、来た時より人が増えた通りを、晶と並んで進んだ。髪を切って耳を半分出した晶は、ちょっとイケメン増しに見えて、晴也の胸の中がくすぐったくなった。
コンタクトレンズを使うようになったため、晴也は定期的に眼科に行くようにしている。視力が少し落ちたので、医師から眼鏡の買い替えを勧められた。
こだわりの無い晴也は、眼鏡のチェーン店に晶と一緒に入ったが、店頭に並ぶフレームが多すぎて、何処を見たらいいのかわからない。彼は晴也の予算を聞いてから、晴也に似合いそうだと思う眼鏡を次々と持って来た。
「ハルさんほんとカットして印象変わったな、レンズの形も変えたらどう?」
「視界が狭くなりそうだから小さくするのは嫌だ」
買う気満々の2人を見て、店員が寄ってくる。やりにくいなと晴也は胸の中で溜め息をついた。身につけるものに、少なくとも晴也よりは金をかけている晶と、少しでも価格が高いものを売ろうとする店員にやいやい言われ、予算オーバーしてしまう嫌な予感しかない。
晴也は意を決して、5万円以上の眼鏡を作るつもりは無いことを店員に伝えた。すると、十分良いものが作れますよ、と店員は笑顔で応じる。
晴也より近視が強く乱視も持つ晶は、実家の近くに行きつけの眼鏡店を持っていて、いつも店で測定をするらしい。晴也が眼科の処方箋を取り出すと、珍しそうに覗きこんできた。
店員は晴也が試着していた幾つかの眼鏡を見てから、新商品の棚に行きひとつ眼鏡を取って来た。フレームはよく見ると真っ黒ではなく、光が当たると深緑に透けた。
「今お召しのものよりレンズは小さくなりますけれど、髪とお肌の色に合うと思います」
晴也はひと目見て、その眼鏡に好印象を抱いた。果たしてこんな小洒落た形と色が似合うだろうかと不安に思ったが、鏡の中の晴也は、切った前髪や頬を縁取るふわふわした髪も相まって、随分と優しげに見えた。それに……俺こんな目してるんだ、と少し驚いた。日本人らしいアーモンドの形の目や茶色い瞳に、深緑色が馴染んでいる。化粧をする時に凝視している部分の筈なのに、新しい発見をしたようで、変な気分だった。
背後に立ち一緒に鏡を見ていた晶を振り向くと、彼はおっ、と言った。
「それならめぎつねでも眼鏡でいけるよ、とてもいい」
晶の目がふにゃりと細まった。見惚れているようである。店員も、素敵ですよと言い添える。この眼鏡でいいと晴也は思った。そうか、お洒落ならめぎつねに眼鏡で出るのもアリか、ママに一度確認してみよう。
晴也はようやく気持ちがほぐれてきて、今日初めて、心からの笑顔を浮かべた。それを見た晶も、幸せそうな顔になった。……こういうの、いいな。ちょっと嬉しいことを、好きな人と共有する。今まで夜陰に乗じてこっそりやっていたことを、昼間に堂々とできるのも、いいな。
眼鏡の仕上がりは明日だというので、自宅に送ってもらうことにした。晴也は伝票に住所を書きながら、今年中に違う住所を書くことになるのかなと、漠然と考える。その気持ちの流れは、晴也を少し不安にして、その倍ときめかせた。晶はそんな晴也の気も知らず、近くの棚の眼鏡を試着して、鏡を見ながら首を傾げていた。
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