夜は異世界で舞う

穂祥 舞

文字の大きさ
上 下
190 / 229
16 熱誠

3

しおりを挟む
 晴也は椅子に腰掛けて、ドライヤーの風を髪に当てられた。ほんの少しヘアワックスを指に取った美容師は、ふわっと流れる晴也の毛先の癖を生かしたセットを教えてくれた。もう仕上げも済んだ晶は、立ったままそれを鏡越しに見ていた。

「流石だね、ちょっとカットしただけで見たことのないハルさんが生まれたよ」

 晶の軽口に美容師はいえいえ、と照れたように言った。

「素材が良いので……女装されてる福原さんは何となく想像がつきます、僕のそのイメージに寄せてみたんです」

 晴也は眼鏡をかけて、鏡の中の自分を不思議な思いで見つめた。そこにいるのは、めぎつねのハルではないけれど、コミュ障で陰気な昼間の晴也でもない。

「髪に合う眼鏡を選ばないと」

 晶は微笑を浮かべて、言った。女性の美容師もやって来て、あら素敵、と手を胸の前で合わせた。

「福原さんは黒縁がお似合いだと思います、顔が小さいから少しフレームが細いといいんじゃないですか?」
「フレームに上質感があるといいですね」

 美容師たちに品評されて、晴也はどんな顔をしたらいいのか良くわからない。そんなお洒落なものを買うつもりも無いのに。
 晶は満足そうな顔になり、美容師たちに礼を言った。エプロンを外され、最後のチェックを受けた晴也は、晶について行く。
 2人の美容師と、彼らより少し歳上に見える店長が、扉の外で並んで見送ってくれた。晴也は3人に頭を下げた。そして、来た時より人が増えた通りを、晶と並んで進んだ。髪を切って耳を半分出した晶は、ちょっとイケメン増しに見えて、晴也の胸の中がくすぐったくなった。



 コンタクトレンズを使うようになったため、晴也は定期的に眼科に行くようにしている。視力が少し落ちたので、医師から眼鏡の買い替えを勧められた。
 こだわりの無い晴也は、眼鏡のチェーン店に晶と一緒に入ったが、店頭に並ぶフレームが多すぎて、何処を見たらいいのかわからない。彼は晴也の予算を聞いてから、晴也に似合いそうだと思う眼鏡を次々と持って来た。

「ハルさんほんとカットして印象変わったな、レンズの形も変えたらどう?」
「視界が狭くなりそうだから小さくするのは嫌だ」

 買う気満々の2人を見て、店員が寄ってくる。やりにくいなと晴也は胸の中で溜め息をついた。身につけるものに、少なくとも晴也よりは金をかけている晶と、少しでも価格が高いものを売ろうとする店員にやいやい言われ、予算オーバーしてしまう嫌な予感しかない。
 晴也は意を決して、5万円以上の眼鏡を作るつもりは無いことを店員に伝えた。すると、十分良いものが作れますよ、と店員は笑顔で応じる。
 晴也より近視が強く乱視も持つ晶は、実家の近くに行きつけの眼鏡店を持っていて、いつも店で測定をするらしい。晴也が眼科の処方箋を取り出すと、珍しそうに覗きこんできた。
 店員は晴也が試着していた幾つかの眼鏡を見てから、新商品の棚に行きひとつ眼鏡を取って来た。フレームはよく見ると真っ黒ではなく、光が当たると深緑に透けた。

「今お召しのものよりレンズは小さくなりますけれど、髪とお肌の色に合うと思います」

 晴也はひと目見て、その眼鏡に好印象を抱いた。果たしてこんな小洒落た形と色が似合うだろうかと不安に思ったが、鏡の中の晴也は、切った前髪や頬を縁取るふわふわした髪も相まって、随分と優しげに見えた。それに……俺こんな目してるんだ、と少し驚いた。日本人らしいアーモンドの形の目や茶色い瞳に、深緑色が馴染んでいる。化粧をする時に凝視している部分の筈なのに、新しい発見をしたようで、変な気分だった。
 背後に立ち一緒に鏡を見ていた晶を振り向くと、彼はおっ、と言った。

「それならめぎつねでも眼鏡でいけるよ、とてもいい」

 晶の目がふにゃりと細まった。見惚みとれているようである。店員も、素敵ですよと言い添える。この眼鏡でいいと晴也は思った。そうか、お洒落ならめぎつねに眼鏡で出るのもアリか、ママに一度確認してみよう。
 晴也はようやく気持ちがほぐれてきて、今日初めて、心からの笑顔を浮かべた。それを見た晶も、幸せそうな顔になった。……こういうの、いいな。ちょっと嬉しいことを、好きな人と共有する。今まで夜陰に乗じてこっそりやっていたことを、昼間に堂々とできるのも、いいな。
 眼鏡の仕上がりは明日だというので、自宅に送ってもらうことにした。晴也は伝票に住所を書きながら、今年中に違う住所を書くことになるのかなと、漠然と考える。その気持ちの流れは、晴也を少し不安にして、その倍ときめかせた。晶はそんな晴也の気も知らず、近くの棚の眼鏡を試着して、鏡を見ながら首を傾げていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

男の子たちの変態的な日常

M
BL
主人公の男の子が変態的な目に遭ったり、凌辱されたり、攻められたりするお話です。とにかくHな話が読みたい方向け。 ※この作品はムーンライトノベルズにも掲載しています。

兄さん、僕貴方にだけSubになるDomなんです!

かぎのえみずる
BL
双子の兄を持つ章吾は、大人顔負けのDomとして生まれてきたはずなのに、兄にだけはSubになってしまう性質で。 幼少期に分かって以来兄を避けていたが、二十歳を超える頃、再会し二人の歯車がまた巡る Dom/Subユニバースボーイズラブです。 初めてDom/Subユニバース書いてみたので違和感あっても気にしないでください。 Dom/Subユニバースの用語説明なしです。

えっちな美形男子〇校生が出会い系ではじめてあった男の人に疑似孕ませっくすされて雌墜ちしてしまう回

朝井染両
BL
タイトルのままです。 男子高校生(16)が欲望のまま大学生と偽り、出会い系に登録してそのまま疑似孕ませっくるする話です。 続き御座います。 『ぞくぞく!えっち祭り』という短編集の二番目に載せてありますので、よろしければそちらもどうぞ。 本作はガバガバスター制度をとっております。別作品と同じ名前の登場人物がおりますが、別人としてお楽しみ下さい。 前回は様々な人に読んで頂けて驚きました。稚拙な文ではありますが、感想、次のシチュのリクエストなど頂けると嬉しいです。

処理中です...