夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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15 昼に舞う蝶とダンサー

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「ナツミちゃんは美智生さんとタク使うんでしたか? 呼んでもらいますね」
「うん、じゃあハルちゃん送ってやってくれる?」

 ショウは美智生に言われて、はい、と答えてから、店員のところに軽く走って行った。

「わぁ、店の前にタク呼ぶとかセレブ?」

 ナツミの言葉に、美智生は大袈裟だよと笑う。

「ここは俺とハルちゃんでご馳走してやるけど、タク代は出せよ」
「えっ! いいです、そんな」

 手を顔の前で振るナツミに、晴也も笑いながら言った。

「卒業イベントだから遠慮しなさんな」

 ナツミはありがとうございます、と頭を下げた。ショウが戻ってくる。

「じゃあハルさんはもうちょいここで待ってて、美智生さんとナツミちゃんはおやすみなさい、気をつけて」
「おやすみ、お疲れさま」
「おやすみなさい」

 ショウは手を振ってカウンターの後ろに消えた。タクシーが来たら呼んでくれるというので、美智生とナツミはのんびりと座り直す。

「で、ハルちゃんはこれからショウさんとしっぽり過ごす訳?」

 にやにやするナツミに向かい、晴也は顔をしかめてみせた。

「まさか、俺もショウさんも明日普通に仕事だよ」

 美智生がそれを聴いていひひ、と笑う。

「と言いつつこの人たち、結構互いの家を往き来してるんだ」

 晴也はぎょっとした。ナツミは目を見開いて、芝居がかった溜め息をついた。

「そうよねぇ、でなけりゃショウさんがハルちゃんにあんなエロビーム送る訳無いよね……割り込む隙ナシか」
「いや、あのね、今日は帰らせるから」

 晴也は無駄な言い訳をする。言いながら、ショウが……晶が着替えと歯ブラシを持って来ているという確信じみた思いがあった。
 ナツミがトイレに行く間に、美智生と会計を済ませると、タクシーが来たと店員が言った。晴也は店員と一緒に2人を見送る。

「ハルさん、ショウ待ちですか?」

 キャッシャーの店員に言われて、晴也はそうみたい、と気恥ずかしくなりつつ答えた。早川が来た夜以来、ドルフィン・ファイブのメンバーのみならず、この店の人たちにも、晴也と晶がただならぬ関係らしいと認識されている。

「初めていらっしゃったかたもバーでは女装を?」
「はい、就職が決まってる大学生です、めぎつねを辞める前にルーチェに行きたいって言うので」
「あのかた、女になったらみちおさんやハルさんとタイプが違うんでしょうね、カッコ良さそう」

 店員は言った。ナツミは脚が長いので、ミニのタイトなワンピースや、70年代風のベルボトムのパンツが似合いそうだ。

「私もカッコいい系の彼が見たかったんです、でも可愛い系コーデが好きなんですよね」
「ああ……難しいところですね」

 晴也の言葉に店員はふむふむと頷いた。
 社会人になってから他人との関わりを避けてきた自分が、こんな振る舞いをしていることが、晴也は何となく可笑しくなった。少し面倒くさくて、……かなり楽しい。
 結局、晶のおかげなのだ。彼が晴也のテリトリーを強引に侵してきたから、晴也はめぎつねの同僚や店員と、夜中のショーパブで笑っている。しかもそれは決して、うわべだけの作り笑いではない。
 やがて舞台から、鞄とバラを持った晶たちがぞろぞろと出てきた。客席に降りてくると、お世話になりました、と礼儀正しく店のスタッフに挨拶する。優弥は店長と何かやり取りを始め、何とか髪と顔を元に戻したマキが、車のキー片手に晴也に手を振り、出て行った。
 タケルは晴也にクリアファイルを手渡してきた。

「妹さんも舞台鑑賞がお好きだとショウから聞きました、教え子たちの舞台ですけどご一緒に是非」

 ファイルには3つの公演のチラシと、招待券が2枚ずつ入っていた。

「いいんですか、こんなに」

 タケルは晴也の困惑を見て笑う。

「自由席ですしつたない芝居です、もしもっとチケットがご入り用でしたら連絡下さい」
「タケルさんは出ないんですか?」
「最後の挨拶だけ出ますよ」

 タケルは笑うが、彼は3本のミュージカルや演劇の全てに、演出や振付で携わっている。晴也は心底感心した。

「凄いですね、ルーチェで月8本振りをつけて、2時間の舞台を3本同時進行……」
「実はルーチェで色々実験してる側面はあって、たまに若い子たちに回します……今夜のヘンデルのフルートソナタは、卒業公演の子たちに踊らせる予定です」

 あのギリシアっぽいやつを? タケルは芸術大学のミュージカル専攻の公演チラシをファイルから引っ張り出し、晴也に示す。スタッフの中に、晶と優弥の名前があった。

「トリオはショウ、デュオはユウさんの振り付けなんですが、私が易しくアレンジしてます」

 晶が首を伸ばして横からチラシを覗き込んでくる。

「3人のはそんな難しくないですよ、タケルさんがアレンジしたら余計に難しくなったりして」

 あんなエロいものを若者たちに踊らせる訳にもいくまい。タケルはきっとエロ風味を薄めるのだろうと晴也は思った。

「難しいぞ、距離が近すぎるんだよ」
「女の子3人で踊るんですよね? 頭を花で飾って白いロングドレスで踊ったら、きっとボッティチェリのプリマヴェーラみたいになって綺麗ですよ」

 晶はややうっとりとした目になるが、タケルは苦笑した。

「手足が当たりそうでちまちましてしまうんだ、それに3人とも照れて踊れないんだって」
「えーっ? 何に照れるのかな」
「サトルは初め照れてただろ、素で踊るショウとマキがおかしい……学生の練習観に来ないか? 踊る子たちに紹介したい」

 タケルに言われて、晶は笑う。

「営業抜けて行けそうなら是非、普段サラリーマンですけどエロいダンス作って踊ってますって自己紹介したらいいですか?」

 エロいダンスだってわかってるんじゃないか。晴也も笑った。
 ふと晴也は、タケルが晶に、指導者として生きていく道も見せてやっているのではないかと感じた。晶は子どもたちに教えるのが上手だと思うし、子どもたちからも慕われている様子だった。良い演者であっても、良い指導者になれるとは限らない。晶のような人材は、きっと貴重だ。
 晴也は晶にうながされ、店の階段を昇った。ビルに一番近いコインパーキングに、優弥とタケルも車を置いていて、それぞれドアを開けてお疲れ、と言い合う。晴也は舞台人たちの楽屋裏を覗いたようで、それも少し楽しかった。
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