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14 万彩
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夕方になると、今度は終業前に美智生から呼び出しがかかった。
「ナツミが話があるって言ってるから、来れそうなら早めに来てやってくれる?」
晴也はナツミとメールでもLINEでも繋がっていないので、彼が美智生に頼んだのだろう。彼も退職が近いので、挨拶でもしてくれるのだろうと晴也は思い、時間が来るとすぐに退勤して、駅まで早足で歩いた。
いつものように肩を上げ下げしてから小さなエレベーターに乗って、重い木の扉を押すと、まだサラリーマン姿の美智生がいた。彼はおはよう、と言った。
「ママは買い出し、ナツミはまだ」
「早過ぎましたかね」
「そんなことないだろ」
晴也は暖簾をくぐりバックヤードに入った。今日は膝丈のワンピースを着るので、新しいストッキングを下ろそうと思う。透かし柄の入ったストッキングを袋から出していると、美智生がいいね、と言った。
「ハルちゃんは足もきれいだしそういうの映えるよな」
「ミチルさんもラメ入りとか履いてるじゃないですか」
「ラメはいいんだけど、柄はふくらはぎで伸びるから……」
晴也はそんなに感じないのだが、美智生はスカートになると、自分のふくらはぎの筋肉を割に気にしている。
スラックスと靴下を脱ぎ、ストッキングに足先を入れた時、一昨日晶が膝から太腿にかけて優しく撫でながら、ハルさんの脚が好き、と言ったことをいきなり思い出した。脚に晶の手の感触が蘇り、晴也の背筋がざわざわする。
「ハルちゃん、ショウとはちゃんとやってる? なーんか今日辺りさぁ、先週あの場に居合わせたお客さんが来そうな気がするわ」
美智生に言われて、晴也はストッキングを上げながら、ふえっ? と奇声を発してしまった。
「仲直り出来たと思うってご報告を頂戴しましたが」
「えっ、ああ、出来たと思いますよ、えーっと……あの日ショウさん泊まったのは言いましたよね? 月曜にショウさんの実家に行って、火曜の夜は俺が泊まりに行きました」
美智生は晴也の言葉に目を丸くした。
「凄いな、親に会ったのか? 同棲の準備?」
晴也はワイシャツを脱ぎながらえっ! と叫んだ。美智生は晴也の恰好に笑う。
「ハルちゃん、セクシーなのか何なのかわからない、早くワンピース着よう」
「あっすみません、親御さんには会ってないですよ、ショウさんがダンス教えてる子たちとお母さんにメイクを教えました」
「ふうん、顔真っ赤なんだけど……あっ、処女を捨てたのか! ショウにはハルちゃんを優しく取り扱うよう重々言い含めといたんだけど、荒っぽくされなかったか?」
晴也はキャミソールをかぶったまま、ええっ! と声を上げた。まずい、誤解されてる……。
「あの、ミチルさん、まだそこまでは……」
「ふふふ、別に隠さなくてもいいだろ、ショウに訊こうか?」
「訊いてもらっても同じ返事かと」
頭を出した晴也は、美智生が首を傾げるのを見て、余計に恥ずかしくなる。あれくらいのことで、こんな反応をする俺がおかしいらしい。
「いや、その、いきなり口でいかされて……明け方に手でもされて……」
晴也は告白したものの、羞恥に耐えきれず、言葉を切って畳の上に突っ伏した。美智生が堪えきれなくなったように爆笑した。
「やっとそこまでなの? てかもうハルちゃん可愛いぃ」
「何だ、外まで聞こえてるぞ、ハルちゃんどうした? 下着姿で悩ましいな」
晴也が顔を上げると、ママが買い物の袋を手に、バックヤードに入って来た。
「あっ、おはようございます」
晴也の挨拶を掻き消すように、美智生が高らかに言った。
「ママ、ハルちゃんがショウにフェラされたんだって」
「ああっ、ミチルさん、やめてっ」
晴也は再度突っ伏した。ママが買い物をどさりと置くなり、がははと笑った。
「そりゃいい、良かったかハルちゃん?」
「知りません……」
めちゃくちゃ良かった、とは口が裂けても言えない。
「今日ショウさん来ないのか? その話彼からも聞きたいわぁ」
「やめてください、来ないように連絡します」
晴也の気も知らず、2人はよかったよかった、などと言い合っている。
そこにおはようございます、と言いながら、背の高い男子大学生がやって来た。ナツミは下着姿の晴也を見てええっ! と小さく叫んだが、スニーカーを脱いで畳に上がってくるなり、晴也の足許に正座した。
「ハルちゃん、ごめんなさい……!」
晴也は小さくなって頭を下げたナツミに驚く。ママも美智生もあっけに取られていた。
「どうしたんだナツミちゃん、いきなり」
晴也はナツミの広い肩に手を置き、軽く揺すった。他人に土下座なんかされるのは初めてで、どうしたらいいかわからない。ナツミが顔を上げると、その二重の綺麗な目に涙が浮かんでいた。
「先週ハルちゃんがお客様の前でショウさんと喧嘩して彼を殴ったって聞いて、私が意地悪なこと言ったからだと思って」
「は?」
晴也は言ってから、ひとつくしゃみをした。ママが暖房の温度を上げてくれた。晴也もやっとワンピースに腕を通す。それを見ていたナツミは、しょぼんと肩を下げる。
「ハルちゃんみたいに可愛くなりたい」
「どうしたの、何の話?」
ママが開店準備のためもあり、席を外した。美智生が身支度を促したので、ナツミも着替え始める。
「私ショウさんがイギリスに行く話をハルちゃんにしてないって気づいて……馬鹿だからワンチャンあるかと思ったの」
晴也は化粧水を顔にはたきながら、鏡越しにナツミを見た。
「それで私が考えてたより……ショウさんとハルちゃんの仲が進んでないって思ったから、わざとハルちゃんが困るようなことを言ったわ」
ファンデーションを塗り終え、アイシャドウをブラシに取った美智生が、あ、と言う。
「あの日のことか?」
晴也はいつのことか、ぴんと来ない。
「ほら、ショウがまだイギリス行きをはっきり決めてないのに、ナツミが当然行くでしょみたいに言った時だよ」
美智生に言われて、晴也は下地を伸ばしながら、ぼんやりと思い出す。ナツミには話してどうして自分には話してくれない、とは思ったが、ナツミの悪意など感じなかった。
ナツミは身頃の短い春らしい綿ニットに、ロングスカートを合わせている。昨日の晴也の恰好と少し似ていた。
「出来心だったの、ほんとにごめんなさい……でもバチが当たったわ、あの後ショウさんとどんだけ話しても、彼、私に全く興味持ってくれないって思い知らされた……ショウさん、ハルちゃんばっかり目で追ってて……」
「ナツミが話があるって言ってるから、来れそうなら早めに来てやってくれる?」
晴也はナツミとメールでもLINEでも繋がっていないので、彼が美智生に頼んだのだろう。彼も退職が近いので、挨拶でもしてくれるのだろうと晴也は思い、時間が来るとすぐに退勤して、駅まで早足で歩いた。
いつものように肩を上げ下げしてから小さなエレベーターに乗って、重い木の扉を押すと、まだサラリーマン姿の美智生がいた。彼はおはよう、と言った。
「ママは買い出し、ナツミはまだ」
「早過ぎましたかね」
「そんなことないだろ」
晴也は暖簾をくぐりバックヤードに入った。今日は膝丈のワンピースを着るので、新しいストッキングを下ろそうと思う。透かし柄の入ったストッキングを袋から出していると、美智生がいいね、と言った。
「ハルちゃんは足もきれいだしそういうの映えるよな」
「ミチルさんもラメ入りとか履いてるじゃないですか」
「ラメはいいんだけど、柄はふくらはぎで伸びるから……」
晴也はそんなに感じないのだが、美智生はスカートになると、自分のふくらはぎの筋肉を割に気にしている。
スラックスと靴下を脱ぎ、ストッキングに足先を入れた時、一昨日晶が膝から太腿にかけて優しく撫でながら、ハルさんの脚が好き、と言ったことをいきなり思い出した。脚に晶の手の感触が蘇り、晴也の背筋がざわざわする。
「ハルちゃん、ショウとはちゃんとやってる? なーんか今日辺りさぁ、先週あの場に居合わせたお客さんが来そうな気がするわ」
美智生に言われて、晴也はストッキングを上げながら、ふえっ? と奇声を発してしまった。
「仲直り出来たと思うってご報告を頂戴しましたが」
「えっ、ああ、出来たと思いますよ、えーっと……あの日ショウさん泊まったのは言いましたよね? 月曜にショウさんの実家に行って、火曜の夜は俺が泊まりに行きました」
美智生は晴也の言葉に目を丸くした。
「凄いな、親に会ったのか? 同棲の準備?」
晴也はワイシャツを脱ぎながらえっ! と叫んだ。美智生は晴也の恰好に笑う。
「ハルちゃん、セクシーなのか何なのかわからない、早くワンピース着よう」
「あっすみません、親御さんには会ってないですよ、ショウさんがダンス教えてる子たちとお母さんにメイクを教えました」
「ふうん、顔真っ赤なんだけど……あっ、処女を捨てたのか! ショウにはハルちゃんを優しく取り扱うよう重々言い含めといたんだけど、荒っぽくされなかったか?」
晴也はキャミソールをかぶったまま、ええっ! と声を上げた。まずい、誤解されてる……。
「あの、ミチルさん、まだそこまでは……」
「ふふふ、別に隠さなくてもいいだろ、ショウに訊こうか?」
「訊いてもらっても同じ返事かと」
頭を出した晴也は、美智生が首を傾げるのを見て、余計に恥ずかしくなる。あれくらいのことで、こんな反応をする俺がおかしいらしい。
「いや、その、いきなり口でいかされて……明け方に手でもされて……」
晴也は告白したものの、羞恥に耐えきれず、言葉を切って畳の上に突っ伏した。美智生が堪えきれなくなったように爆笑した。
「やっとそこまでなの? てかもうハルちゃん可愛いぃ」
「何だ、外まで聞こえてるぞ、ハルちゃんどうした? 下着姿で悩ましいな」
晴也が顔を上げると、ママが買い物の袋を手に、バックヤードに入って来た。
「あっ、おはようございます」
晴也の挨拶を掻き消すように、美智生が高らかに言った。
「ママ、ハルちゃんがショウにフェラされたんだって」
「ああっ、ミチルさん、やめてっ」
晴也は再度突っ伏した。ママが買い物をどさりと置くなり、がははと笑った。
「そりゃいい、良かったかハルちゃん?」
「知りません……」
めちゃくちゃ良かった、とは口が裂けても言えない。
「今日ショウさん来ないのか? その話彼からも聞きたいわぁ」
「やめてください、来ないように連絡します」
晴也の気も知らず、2人はよかったよかった、などと言い合っている。
そこにおはようございます、と言いながら、背の高い男子大学生がやって来た。ナツミは下着姿の晴也を見てええっ! と小さく叫んだが、スニーカーを脱いで畳に上がってくるなり、晴也の足許に正座した。
「ハルちゃん、ごめんなさい……!」
晴也は小さくなって頭を下げたナツミに驚く。ママも美智生もあっけに取られていた。
「どうしたんだナツミちゃん、いきなり」
晴也はナツミの広い肩に手を置き、軽く揺すった。他人に土下座なんかされるのは初めてで、どうしたらいいかわからない。ナツミが顔を上げると、その二重の綺麗な目に涙が浮かんでいた。
「先週ハルちゃんがお客様の前でショウさんと喧嘩して彼を殴ったって聞いて、私が意地悪なこと言ったからだと思って」
「は?」
晴也は言ってから、ひとつくしゃみをした。ママが暖房の温度を上げてくれた。晴也もやっとワンピースに腕を通す。それを見ていたナツミは、しょぼんと肩を下げる。
「ハルちゃんみたいに可愛くなりたい」
「どうしたの、何の話?」
ママが開店準備のためもあり、席を外した。美智生が身支度を促したので、ナツミも着替え始める。
「私ショウさんがイギリスに行く話をハルちゃんにしてないって気づいて……馬鹿だからワンチャンあるかと思ったの」
晴也は化粧水を顔にはたきながら、鏡越しにナツミを見た。
「それで私が考えてたより……ショウさんとハルちゃんの仲が進んでないって思ったから、わざとハルちゃんが困るようなことを言ったわ」
ファンデーションを塗り終え、アイシャドウをブラシに取った美智生が、あ、と言う。
「あの日のことか?」
晴也はいつのことか、ぴんと来ない。
「ほら、ショウがまだイギリス行きをはっきり決めてないのに、ナツミが当然行くでしょみたいに言った時だよ」
美智生に言われて、晴也は下地を伸ばしながら、ぼんやりと思い出す。ナツミには話してどうして自分には話してくれない、とは思ったが、ナツミの悪意など感じなかった。
ナツミは身頃の短い春らしい綿ニットに、ロングスカートを合わせている。昨日の晴也の恰好と少し似ていた。
「出来心だったの、ほんとにごめんなさい……でもバチが当たったわ、あの後ショウさんとどんだけ話しても、彼、私に全く興味持ってくれないって思い知らされた……ショウさん、ハルちゃんばっかり目で追ってて……」
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