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14 万彩
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「ええ、両親は俺に農業なんか務まる訳がないと思ってますからね」
ふうん、と応じて晴也はカフェオレに口をつける。久保はそんな晴也をやや不思議そうに見つめていた。
「でも手伝ううちにその気になるかもな」
晴也が言うと、何を根拠に、と久保は苦笑した。
「だっておまえ、少なくとも2年目までは営業嫌だって言ってたから」
「えっ、そうでした?」
「そうだよ、早川さんも心配してた」
久保はぷっと吹き出した。
「嘘だ、早川さんが俺のことなんか心配する訳ない」
晴也は少し首を傾げた。久保は笑いながら続ける。
「あの人が面倒見るのは、自分の利益になりそうな人と場面だけじゃないですか」
早川と久保が特に親しくはないことは理解しているが、久保がそんな見方をしているとは思わなかった。
「そんなことないぞ、たまに方向性がおかしいけど、今たぶん営業の中では面倒見のいいベスト3に入るんじゃないか?」
晴也の言葉に、久保はえーっ、と疑問を呈する声を上げた。晴也は続ける。
「この際言っとくけど、おまえには人を見る目が無い」
久保はあ然としたが、また笑い声になった。
「福原さんいつからそんなズケズケ言う人になったんすか? ウィルウィンの色男の影響ですか?」
久保に晶の話を持ち出されて、一瞬晴也は言葉に詰まった。久保は楽しげに話を続けたが、別に晴也をいびるつもりは無い様子である。
「俺あの人……吉岡さん、マジ怖い……俺と福原さんがやり合った次の日に課長に会いに来て、早川さんのこと呪い殺しそうな目で睨んで帰ったんですよ……面割れてなくて良かったって心底思いました」
晴也は呪い殺すという言葉に笑いそうになった。今度晶に言ってやろうと思う。
「それ岡野から聞いた、でもたぶん早川さんには呪いはそんなに効いてなかったっぽい」
「へ? 何でですか?」
「早川さん、吉岡さんのこといつか必ず潰すって一昨日話してたから」
久保は手を叩いて爆笑した。
「ヤバい、ウケる! 潰すって何なんすか、吉岡さんと早川さん、福原さんのこと取り合ってんの?」
晴也は肯定も否定もしなかった。真実は久保の言う通りかもしれないからである。
「岡野も福原さんのこと好きですからね、いつの間に営業はホモ……って言ったら怒られる、ゲイだらけになったんすかねぇ」
「知るか、俺も元々ゲイじゃない」
久保は何がそんなに可笑しいのか、目に涙まで浮かべていた。
「あーでも俺も基本福原さんのこと好きなんで……」
久保が窓の外に目を遣りながら呟いた言葉に、は? と晴也は言った。
「俺学生時代、ありとあらゆるセンパイって人種に煙たがられたんですよね……生意気って思われて……でも就職して、福原さんだけは俺のこと煙たがらなかった」
言われてみれば、もう会社にいない晴也の同期たちが、久保を扱いにくいと評していたように思う。確かに何かと引っかかる言動が多いからだが、失礼なレベルではないし、案外こんな彼を買っている取引先もあるのだ(但しバックヤード業務はいい加減だが)。
「俺はおまえがいじめ的行動に走り始めるまでは……おまえを煙たく思ったことはなかったよ」
久保は斟酌の無い晴也の言葉に苦笑する。
「だって福原さんいきなり外回り行かなくなるし、俺の面倒見てくれなくなるし」
何だそれは。甘えていたのか。指導しなくてはいけない後輩は久保だけではなかったし、営業事務にシフトした晴也が直接久保に指導する機会は、確かに激減したが……。
晴也は恐る恐る久保に訊く。
「あのさ……おまえの俺に対する態度ってさ、好きな女の先生の気を引きたくて先生のスカートを捲る男子感覚だったの?」
久保ははぁ? と横目で晴也を見たが、恐ろしいことに否定しなかった。
「あー、ちょっと違いますけどちょっと似てるかもです」
「……じゃあおまえもホモだよ」
久保は晴也に向き直り、違います! と今度は完全に否定した。晴也は早川に言えなかった分、後輩を攻めてみる。
「いいや、ホモっ気アリだ、俺を好きになったらもれなく吉岡さんの呪いを受けることになるんだぞ」
「ええっ⁉ 嫌だ、ありえねぇよ、何でそうなるんすか!」
久保は本気で困惑しているようだった。我ながら酷いと思ったが、堪えきれずに晴也は笑ってしまう。
「福原さんマジで、吉岡さんって福原さんの何なんですか、この際はっきりしておいてください」
「え……優秀な執事」
「全然意味わかんないっすから!」
晴也は笑いながら冗談を言い続けた。
「優秀な執事なんだ、だから俺が嫌な目に遭ったり泣いたりしたら、俺のために相手に呪いをかけるんだ」
久保はほとんどあ然としていたが、少し楽しそうだった。
「福原さんが異世界系乙女ゲーのやりすぎで頭がおかしいことはよくわかりました」
晴也はふと腕時計を見る。もう会社に戻らないといけない時間だった。
「戻ろうか、岡野が心配するわ」
久保はコートを羽織りながら、少し憎々しげに言った。
「あいつも福原さんの手下なんすか?」
「いや、俺は手下にしたつもりはないんだけど……」
急ぎ足でカフェを出た。もう久保に対するいろいろな良くない気持ちは、晴也の中からきれいに消えていた。こんな自分を見たら、きっと晶は甘いと言うのだろうが。
「おまえのとこの梨畑、梨狩りできるの?」
晴也は久保に訊いた。彼はえ? と目を見開く。
「梨狩りはしてないですけど、福原さんがやりたいなら招待しますよ……ただちょっと場所が不便で」
「あ、じゃあ吉岡さんに車で連れてってもらう」
晴也の言葉に、久保は鼻の上に皺を寄せた。
「うちの大事な梨の木を呪わないように言い含めておいてくださいよ」
2人して笑い、ビルに入って閉まりかけたエレベーターに駆け込む。大丈夫だ、晶は果物が好きだし、きっと梨狩りに誘うと喜ぶだろうから。晴也は改めて久保にそう説明しておこうと思った。
ふうん、と応じて晴也はカフェオレに口をつける。久保はそんな晴也をやや不思議そうに見つめていた。
「でも手伝ううちにその気になるかもな」
晴也が言うと、何を根拠に、と久保は苦笑した。
「だっておまえ、少なくとも2年目までは営業嫌だって言ってたから」
「えっ、そうでした?」
「そうだよ、早川さんも心配してた」
久保はぷっと吹き出した。
「嘘だ、早川さんが俺のことなんか心配する訳ない」
晴也は少し首を傾げた。久保は笑いながら続ける。
「あの人が面倒見るのは、自分の利益になりそうな人と場面だけじゃないですか」
早川と久保が特に親しくはないことは理解しているが、久保がそんな見方をしているとは思わなかった。
「そんなことないぞ、たまに方向性がおかしいけど、今たぶん営業の中では面倒見のいいベスト3に入るんじゃないか?」
晴也の言葉に、久保はえーっ、と疑問を呈する声を上げた。晴也は続ける。
「この際言っとくけど、おまえには人を見る目が無い」
久保はあ然としたが、また笑い声になった。
「福原さんいつからそんなズケズケ言う人になったんすか? ウィルウィンの色男の影響ですか?」
久保に晶の話を持ち出されて、一瞬晴也は言葉に詰まった。久保は楽しげに話を続けたが、別に晴也をいびるつもりは無い様子である。
「俺あの人……吉岡さん、マジ怖い……俺と福原さんがやり合った次の日に課長に会いに来て、早川さんのこと呪い殺しそうな目で睨んで帰ったんですよ……面割れてなくて良かったって心底思いました」
晴也は呪い殺すという言葉に笑いそうになった。今度晶に言ってやろうと思う。
「それ岡野から聞いた、でもたぶん早川さんには呪いはそんなに効いてなかったっぽい」
「へ? 何でですか?」
「早川さん、吉岡さんのこといつか必ず潰すって一昨日話してたから」
久保は手を叩いて爆笑した。
「ヤバい、ウケる! 潰すって何なんすか、吉岡さんと早川さん、福原さんのこと取り合ってんの?」
晴也は肯定も否定もしなかった。真実は久保の言う通りかもしれないからである。
「岡野も福原さんのこと好きですからね、いつの間に営業はホモ……って言ったら怒られる、ゲイだらけになったんすかねぇ」
「知るか、俺も元々ゲイじゃない」
久保は何がそんなに可笑しいのか、目に涙まで浮かべていた。
「あーでも俺も基本福原さんのこと好きなんで……」
久保が窓の外に目を遣りながら呟いた言葉に、は? と晴也は言った。
「俺学生時代、ありとあらゆるセンパイって人種に煙たがられたんですよね……生意気って思われて……でも就職して、福原さんだけは俺のこと煙たがらなかった」
言われてみれば、もう会社にいない晴也の同期たちが、久保を扱いにくいと評していたように思う。確かに何かと引っかかる言動が多いからだが、失礼なレベルではないし、案外こんな彼を買っている取引先もあるのだ(但しバックヤード業務はいい加減だが)。
「俺はおまえがいじめ的行動に走り始めるまでは……おまえを煙たく思ったことはなかったよ」
久保は斟酌の無い晴也の言葉に苦笑する。
「だって福原さんいきなり外回り行かなくなるし、俺の面倒見てくれなくなるし」
何だそれは。甘えていたのか。指導しなくてはいけない後輩は久保だけではなかったし、営業事務にシフトした晴也が直接久保に指導する機会は、確かに激減したが……。
晴也は恐る恐る久保に訊く。
「あのさ……おまえの俺に対する態度ってさ、好きな女の先生の気を引きたくて先生のスカートを捲る男子感覚だったの?」
久保ははぁ? と横目で晴也を見たが、恐ろしいことに否定しなかった。
「あー、ちょっと違いますけどちょっと似てるかもです」
「……じゃあおまえもホモだよ」
久保は晴也に向き直り、違います! と今度は完全に否定した。晴也は早川に言えなかった分、後輩を攻めてみる。
「いいや、ホモっ気アリだ、俺を好きになったらもれなく吉岡さんの呪いを受けることになるんだぞ」
「ええっ⁉ 嫌だ、ありえねぇよ、何でそうなるんすか!」
久保は本気で困惑しているようだった。我ながら酷いと思ったが、堪えきれずに晴也は笑ってしまう。
「福原さんマジで、吉岡さんって福原さんの何なんですか、この際はっきりしておいてください」
「え……優秀な執事」
「全然意味わかんないっすから!」
晴也は笑いながら冗談を言い続けた。
「優秀な執事なんだ、だから俺が嫌な目に遭ったり泣いたりしたら、俺のために相手に呪いをかけるんだ」
久保はほとんどあ然としていたが、少し楽しそうだった。
「福原さんが異世界系乙女ゲーのやりすぎで頭がおかしいことはよくわかりました」
晴也はふと腕時計を見る。もう会社に戻らないといけない時間だった。
「戻ろうか、岡野が心配するわ」
久保はコートを羽織りながら、少し憎々しげに言った。
「あいつも福原さんの手下なんすか?」
「いや、俺は手下にしたつもりはないんだけど……」
急ぎ足でカフェを出た。もう久保に対するいろいろな良くない気持ちは、晴也の中からきれいに消えていた。こんな自分を見たら、きっと晶は甘いと言うのだろうが。
「おまえのとこの梨畑、梨狩りできるの?」
晴也は久保に訊いた。彼はえ? と目を見開く。
「梨狩りはしてないですけど、福原さんがやりたいなら招待しますよ……ただちょっと場所が不便で」
「あ、じゃあ吉岡さんに車で連れてってもらう」
晴也の言葉に、久保は鼻の上に皺を寄せた。
「うちの大事な梨の木を呪わないように言い含めておいてくださいよ」
2人して笑い、ビルに入って閉まりかけたエレベーターに駆け込む。大丈夫だ、晶は果物が好きだし、きっと梨狩りに誘うと喜ぶだろうから。晴也は改めて久保にそう説明しておこうと思った。
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