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14 万彩
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「ほんとにごめん、こんな汚いこと……」
晴也は晶への申し訳なさと、快感に溺れたことへの情けなさに、また目に涙を溢れさせた。ティッシュで口を拭った晶は、そんな晴也を見て、慌てたように晴也を腕の中に囲った。
「ハルさん、汚くなんかないよ……たくさん出たけど気持ち良かった?」
そんなこと言ってる場合か。晴也は晶から身体を離し、水の入ったペットボトルを取って彼に渡した。晶は素直に水を飲んだが、晴也は心配になる。
「もっと水持ってきたほうがいい?」
晴也は捲れ上がっていたスウェットを腰まで下ろし、言った。下半身がすかすかすることに、ようやく気づいて脚を閉じる。晶はぷっと吹き出した。
「大丈夫だハルさん……全部飲ませてくれていいのに」
「はぁっ⁉」
晶が恍惚の表情で言うのを見て、晴也は失語した。こいつは本当に変態だ。
「とりあえずハルさん、あなたの可愛いちんこをちゃんと拭いてない……」
晶はティッシュを箱から手早く出した。ほぼ素面に戻ってしまった晴也は、思わず腰を引く。
「じっ、自分でするっ」
「そんなつれないことをおっしゃいますな」
晴也は気まずくなりながら、横になり脚を開いた。晶にティッシュで袋まで丁寧に拭かれると、やはりちょっと気持ち良かった。
晶は子どもに着替えさせるように、晴也に下着とズボンを穿かせて、自分も下半身だけ服を身につけた。晴也は水を少し飲む。
「今夜はいろいろびっくりさせてしまったな、俺の中では普通のことばかりなものだから……」
晶は布団を引き上げて、晴也の肩にかけてくれた。自分もその中に潜り込み、晴也の前髪に触れる。
晴也は複雑な気持ちになりつつ、言った。
「……俺のほうこそいちいち騒いでごめん」
晶の表情が緩む。彼のそんな顔が好きだと思って見ているうちに、落ち着いてきた。
「ハルさんが俺を気遣ってくれるのは凄く嬉しい」
晶の腕の中に囲われて、晴也はひとつ息をついた。すべすべして温かい背中に腕をそっと回す。硬い胸に頬をつけると、温かくて清らかに澄んだものが身体の深い場所からこんこんと湧き出してきた。
「……ショウさん」
晴也は小さく言った。晶の指は、今度は晴也の襟足を撫でていたが、動きが止まった。
「どした?」
「ちょっと思ったんだけど」
晴也が晶の腕の中で顔を上げると、晶は晴也の頬を親指の腹で拭いた。
「恥ずかしくて泣いちゃった? いっつも泣かせてるなぁ……」
それは別に構わない、と思う。少なくともそれは、ここ半月悲しかったり悔しかったりして流した涙とは、全く別種のものだった。
「あの、まあ、すごく恥ずかしかったんだけど……いろいろされても……きっとショウさん以外なら気持ち良くならないんだろうなって思うんだ」
するっとこんな言葉が口から出ることに、晴也は自分でも驚いていた。今言わなきゃいけないことかと思ったが、心からの言葉ではあった。
晶は晴也の顔を見つめていたが、暗がりの中でもその整った顔が、ふにゃりと緩んだのがわかった。
「ハルさん……何でそんな俺のちんこを喜ばせるようなことを……」
「……本体に言ってるんだけど」
晶はああ、と小さく言って身体をもぞもぞさせた。喜びの表現らしかった。
「ハルさんが処女でないなら朝まで抱き潰すとこだ、たまらない」
晶にきつく抱きしめられ、後頭部をわしゃわしゃされて、晴也はそれこそ犬か猫にでもなったような気分だった。そんな嬉しげな晶を見るのが、幸せだ。
「ショウさんは俺が悲劇のヒロイン……は女だけど、そんなのになってるって言ったよな、たぶんそうだったと思う……でも会わないって決めてからほんとにきつかったんだ」
「そうか……」
話す晴也の頭を、晶はずっと撫でてくれていた。少し静かな時間が流れて、晴也が眠気に抗えなくなってきた時、ハルさん、と小さく呼ぶ声がした。
「寝てる? ……ハルさんがLINEにも電話にも返事をしてくれなくなって初めて気づいたんだけど」
晶の優しい声に、彼の背中を撫でて、晴也は起きているアピールをする。
「たぶんそれまでは、俺の目標ってハルさんを振り向かせて自分のものにすることだけだったんだよな」
晶は言って、晴也を抱き直した。ふわりと肌の匂いに包まれる。
「でもハルさんがうんともすんとも言わなくなって、もう一緒に話をしたり飯食ったりできなくなるのかと思ったら……膝はもう元には戻らないって手術の前に言われた時と同じくらい絶望した」
晴也はそれを聞いて、無意識に息を止めていた。晶は続ける。
「俺はエミリのことでいっぱい悔やむことになったから……可能性が少しでもあるならしがみつくことにしてるんだ、膝もそう言われたけど手術を受けて良かったと思ってるし……」
晴也は息をついて、うん、と小さく相槌を打った。
「何としてもハルさんを捕まえようと思った、だって俺はこの先もっと沢山の景色をハルさんと見てみたいから、時間をかけて……トライして良かっただろ?」
腕の中から晶を見上げると、彼も晴也を覗きこんでいた。晴也は込み上げてくるものがあり、堪えようとしたが、少し迷ってから口にする。
「……ショウさんがトライしてくれなかったらきっと終わってた、それでたぶん……気持ちの隅っこでずうっと後悔した」
視界があっという間に水に揺れた。晴也は熱いものが目から溢れ出すのを止められなかった。
「何で俺なんだよ……俺なんかショウさんの気持ちを受け止める器も無いし愛される価値も無いのに……っ……」
もう言葉にならない。ああもう、と晶は晴也の頬を今度は掌で拭う。
「俺なんかって言葉は禁止だ、前に言わなかったか?」
晴也はううっ、と返事にならない声を洩らす。晶は晴也の額に唇を押しつけて、言う。
「ハルさんが泣くと基本困るんだけど、ちょっと可愛いからちんこが喜んでしまう……」
「おばえのぢんこのだべにだいでんじゃでえがらっ」
「あらら、何処出身の子だこれ」
晶はティッシュを取って、晴也の鼻に当てる。晴也は思いきり鼻をかんだ。
「いっぱい泣いて笑って歩いていこうよ、ハルさん」
晶に耳許で優しく言われて、晴也はうん、と素直に頷いた。
ショウさんが好きだ。こんな馬鹿みたいに泣けるのは、おまえの前だけだ。もっと一緒に映画も観たいし、お酒も飲みたいし、気持ちいいことも……もっとしてみたい。そしておまえがもっと高いところを翔ぶのを見たいし、おまえがいいならついて行きたい。
簡単なことだった。今までどうしてそう認められなかったんだろう? 晶に言えばとても喜ぶのに、言葉にできなかったんだろう?
晴也はようやく、固い封印が破れて開いたパンドラの箱の底でうっすら光を放っていたものを、自分が手にしてもいいのだと理解し始めていた。大好きな肌の匂いと温もりに溺れながら、自分が脱皮して、何か新しい自分になりつつあるような気がした。
晴也は晶への申し訳なさと、快感に溺れたことへの情けなさに、また目に涙を溢れさせた。ティッシュで口を拭った晶は、そんな晴也を見て、慌てたように晴也を腕の中に囲った。
「ハルさん、汚くなんかないよ……たくさん出たけど気持ち良かった?」
そんなこと言ってる場合か。晴也は晶から身体を離し、水の入ったペットボトルを取って彼に渡した。晶は素直に水を飲んだが、晴也は心配になる。
「もっと水持ってきたほうがいい?」
晴也は捲れ上がっていたスウェットを腰まで下ろし、言った。下半身がすかすかすることに、ようやく気づいて脚を閉じる。晶はぷっと吹き出した。
「大丈夫だハルさん……全部飲ませてくれていいのに」
「はぁっ⁉」
晶が恍惚の表情で言うのを見て、晴也は失語した。こいつは本当に変態だ。
「とりあえずハルさん、あなたの可愛いちんこをちゃんと拭いてない……」
晶はティッシュを箱から手早く出した。ほぼ素面に戻ってしまった晴也は、思わず腰を引く。
「じっ、自分でするっ」
「そんなつれないことをおっしゃいますな」
晴也は気まずくなりながら、横になり脚を開いた。晶にティッシュで袋まで丁寧に拭かれると、やはりちょっと気持ち良かった。
晶は子どもに着替えさせるように、晴也に下着とズボンを穿かせて、自分も下半身だけ服を身につけた。晴也は水を少し飲む。
「今夜はいろいろびっくりさせてしまったな、俺の中では普通のことばかりなものだから……」
晶は布団を引き上げて、晴也の肩にかけてくれた。自分もその中に潜り込み、晴也の前髪に触れる。
晴也は複雑な気持ちになりつつ、言った。
「……俺のほうこそいちいち騒いでごめん」
晶の表情が緩む。彼のそんな顔が好きだと思って見ているうちに、落ち着いてきた。
「ハルさんが俺を気遣ってくれるのは凄く嬉しい」
晶の腕の中に囲われて、晴也はひとつ息をついた。すべすべして温かい背中に腕をそっと回す。硬い胸に頬をつけると、温かくて清らかに澄んだものが身体の深い場所からこんこんと湧き出してきた。
「……ショウさん」
晴也は小さく言った。晶の指は、今度は晴也の襟足を撫でていたが、動きが止まった。
「どした?」
「ちょっと思ったんだけど」
晴也が晶の腕の中で顔を上げると、晶は晴也の頬を親指の腹で拭いた。
「恥ずかしくて泣いちゃった? いっつも泣かせてるなぁ……」
それは別に構わない、と思う。少なくともそれは、ここ半月悲しかったり悔しかったりして流した涙とは、全く別種のものだった。
「あの、まあ、すごく恥ずかしかったんだけど……いろいろされても……きっとショウさん以外なら気持ち良くならないんだろうなって思うんだ」
するっとこんな言葉が口から出ることに、晴也は自分でも驚いていた。今言わなきゃいけないことかと思ったが、心からの言葉ではあった。
晶は晴也の顔を見つめていたが、暗がりの中でもその整った顔が、ふにゃりと緩んだのがわかった。
「ハルさん……何でそんな俺のちんこを喜ばせるようなことを……」
「……本体に言ってるんだけど」
晶はああ、と小さく言って身体をもぞもぞさせた。喜びの表現らしかった。
「ハルさんが処女でないなら朝まで抱き潰すとこだ、たまらない」
晶にきつく抱きしめられ、後頭部をわしゃわしゃされて、晴也はそれこそ犬か猫にでもなったような気分だった。そんな嬉しげな晶を見るのが、幸せだ。
「ショウさんは俺が悲劇のヒロイン……は女だけど、そんなのになってるって言ったよな、たぶんそうだったと思う……でも会わないって決めてからほんとにきつかったんだ」
「そうか……」
話す晴也の頭を、晶はずっと撫でてくれていた。少し静かな時間が流れて、晴也が眠気に抗えなくなってきた時、ハルさん、と小さく呼ぶ声がした。
「寝てる? ……ハルさんがLINEにも電話にも返事をしてくれなくなって初めて気づいたんだけど」
晶の優しい声に、彼の背中を撫でて、晴也は起きているアピールをする。
「たぶんそれまでは、俺の目標ってハルさんを振り向かせて自分のものにすることだけだったんだよな」
晶は言って、晴也を抱き直した。ふわりと肌の匂いに包まれる。
「でもハルさんがうんともすんとも言わなくなって、もう一緒に話をしたり飯食ったりできなくなるのかと思ったら……膝はもう元には戻らないって手術の前に言われた時と同じくらい絶望した」
晴也はそれを聞いて、無意識に息を止めていた。晶は続ける。
「俺はエミリのことでいっぱい悔やむことになったから……可能性が少しでもあるならしがみつくことにしてるんだ、膝もそう言われたけど手術を受けて良かったと思ってるし……」
晴也は息をついて、うん、と小さく相槌を打った。
「何としてもハルさんを捕まえようと思った、だって俺はこの先もっと沢山の景色をハルさんと見てみたいから、時間をかけて……トライして良かっただろ?」
腕の中から晶を見上げると、彼も晴也を覗きこんでいた。晴也は込み上げてくるものがあり、堪えようとしたが、少し迷ってから口にする。
「……ショウさんがトライしてくれなかったらきっと終わってた、それでたぶん……気持ちの隅っこでずうっと後悔した」
視界があっという間に水に揺れた。晴也は熱いものが目から溢れ出すのを止められなかった。
「何で俺なんだよ……俺なんかショウさんの気持ちを受け止める器も無いし愛される価値も無いのに……っ……」
もう言葉にならない。ああもう、と晶は晴也の頬を今度は掌で拭う。
「俺なんかって言葉は禁止だ、前に言わなかったか?」
晴也はううっ、と返事にならない声を洩らす。晶は晴也の額に唇を押しつけて、言う。
「ハルさんが泣くと基本困るんだけど、ちょっと可愛いからちんこが喜んでしまう……」
「おばえのぢんこのだべにだいでんじゃでえがらっ」
「あらら、何処出身の子だこれ」
晶はティッシュを取って、晴也の鼻に当てる。晴也は思いきり鼻をかんだ。
「いっぱい泣いて笑って歩いていこうよ、ハルさん」
晶に耳許で優しく言われて、晴也はうん、と素直に頷いた。
ショウさんが好きだ。こんな馬鹿みたいに泣けるのは、おまえの前だけだ。もっと一緒に映画も観たいし、お酒も飲みたいし、気持ちいいことも……もっとしてみたい。そしておまえがもっと高いところを翔ぶのを見たいし、おまえがいいならついて行きたい。
簡単なことだった。今までどうしてそう認められなかったんだろう? 晶に言えばとても喜ぶのに、言葉にできなかったんだろう?
晴也はようやく、固い封印が破れて開いたパンドラの箱の底でうっすら光を放っていたものを、自分が手にしてもいいのだと理解し始めていた。大好きな肌の匂いと温もりに溺れながら、自分が脱皮して、何か新しい自分になりつつあるような気がした。
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