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13 破壊、そして
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「……ハルさん……約束して、何も言わずに連絡を絶ったりしないで欲しい」
晴也は思わずごめん、と小さく謝った。晶はひとつ深呼吸して、目を閉じる。
「鍵が玄関に落ちてるのを見た時……エミリと連絡が取れなくなった日のことを思い出して……」
晶がグループLINEのトークルームに、警察に連絡したほうがいいかと書き込んでいたことを思い出した。随分と大袈裟だなとあの時感じたが、晶は軽いパニックを起こしていたのかもしれない。晴也は心から申し訳なくなり、彼を宥めるように言う。
「本当にごめん、もうあんなことはしない」
「俺のバースデイパーティに来なかったんだ、何が食べたいんだってあれだけ訊いておいて」
晴也は掠れた声で勝手に話す晶の言葉に、あ、と思わず言った。誕生日の朝の、彼の気の無い態度は……そういうことだったのか。彼にとって自分の誕生日は、エミリの苦い思い出が蘇る日なのに違いない。
「みんな笑いながら大丈夫だって……俺のパーティよりも楽しいことがあるんだろうなんて言う奴もいて……」
晴也は左手で晶の右の頬を包んで、うわ言のように語る晶にゆっくり話しかけた。
「ショウさん、もう黙って消えたりしない、俺あの時どうしたらいいかわからなくなったんだ、そんなに心配すると思わなくて」
「……でもいつかあんなことになるんじゃないかと感じてた……エミリはもうそのくらい精神的に不安定だったんだ、わかってたのに」
晶は呟き続ける。晴也は右手も伸ばして、彼の顔を挟んで目を合わせようとした。
「ショウさんに責任は無い、しっかりしろ……それに俺はエミリじゃない」
ハルさん、と晶は晴也の目を見て言った。彼は見たことのないような、悲しげで力の無い目をしていた。少なくとも晴也にはそう思えた。
晴也は晶が胸の底に隠し持つ哀しみを目の当たりにして、動揺していた。いつも彼に支えられている立場だけに、困惑が半端ない。
でも、と晴也は晶の瞳から目を逸らさず考える。きっとこれからも――これからがあればの話だが、自分のほうが晶に寄りかかることが多いに違いないから、彼がふらつく時は支えてやるべきなのだ。いや、そうしてやりたい。
「ショウさんのせいじゃない、エミリは彼女自身の判断で姿を消したんだ、それを自分が何とかできたかもしれないと考えるのは……自惚れで傲慢だ」
それは、人は他人を救えないと思っている晴也が、自分への言い訳にしている言葉でもあった。しかし、めぎつねで接客を始めてから、一番真実味があるとも思っている。
晴也たちは夜のほんの数時間、客の相手をする。ディープな話を聞くことも多い。晴也は誠意を持って彼らに接し言葉を選ぶが、ひと言ふた言、彼らの心に何かを残すことさえ難しいのだ。自分にあんなに執着していた山形に対してさえ、そうだった。
「おまえはエミリの家族でも恋人でもなかった、俺は友達がいないから断言はできないけど、友情の力なんてきっとたかが知れてる」
晶の目に少し力が戻ったように見えた。するとそこに、薄闇の中でも光るものがじんわりと湧いてきたので、晴也は慌ててしまう。
「あっ、でも、ほんとに、嫌なことを思い出させるような真似をしたのはごめん、二度としません」
晶の切れ上がった眦から、水が零れた。
「ハルさん、ほんと、きつい……」
晴也はごめん、と言いながら、晶の涙を親指の腹で拭った。
「自惚れで傲慢か……」
「ちょっと言い過ぎかな、でもたぶんそうだ、もうエミリはおまえを心配させたことを忘れてるかもしれないぞ」
晶は目を閉じてふっと笑った。新しい涙が零れ出す。
「ハルさんはガブリエルみたいだ」
「ガブリエル?」
「女性のように綺麗な顔の、聖母マリアにイエスを身籠ったことを教える大天使だよ」
「ああ、絵によく出てくる……」
「彼は大切なメッセージを人に運んできてくれるけれど、たまに人を戸惑わせる……」
晴也は晶の涙を指で拭きながら、天使に例えられて照れた。晴也のほうこそ、いつも晶のことを、背中に羽がある天使のように思っているのに。
「ハルさんがいるから……サイラスの舞台に出てみたいと思えたのかもしれない」
晶はうっすらと目を開いて、言った。
「つい最近までロンドンにいた頃のことを思い出したくなかったんだ、嫌な思い出が沢山あるのに未練もあるから、複雑過ぎて」
そう、と晴也は肯定も否定もせず相槌を打つ。
「サイラスに会うとロンドンの舞台の話が出るとわかってたから気が重かった、でもシェイクスピアの話を聞くうちに……何か凄く、ハルさんに観て貰いたいなと思えてきて」
晴也は晶の話を聞くのが気恥ずかしくなってきた。晶は寝ぼけているかもしれないので、そんな状態でいろいろ話して、後で覚えていないなどということになると、お互いに気まずいと思った。
「ショウさん、続きは明日聞くよ、もう少し寝よう」
晴也の言葉に、晶は素直にうん、と応じた。そして頬を包んでいた晴也の両手をとり、大切そうに自分の手の中に握り込む。
「……ハルさんと一緒だと新しくて楽しい道が見つかる気がする」
晴也はくすぐったくて仕方がなかったが、うん、と小さく答えた。
まず2人で歩いていく道を見つけよう。夜の異世界だけでなく、朝も昼間も一緒に歩くことができる道を。晶が満足そうに目を閉じたので、晴也も彼に手を握らせたまま、目を閉じて息をついた。こんな風に眠ることができる幸福に感謝しながら。
晴也は思わずごめん、と小さく謝った。晶はひとつ深呼吸して、目を閉じる。
「鍵が玄関に落ちてるのを見た時……エミリと連絡が取れなくなった日のことを思い出して……」
晶がグループLINEのトークルームに、警察に連絡したほうがいいかと書き込んでいたことを思い出した。随分と大袈裟だなとあの時感じたが、晶は軽いパニックを起こしていたのかもしれない。晴也は心から申し訳なくなり、彼を宥めるように言う。
「本当にごめん、もうあんなことはしない」
「俺のバースデイパーティに来なかったんだ、何が食べたいんだってあれだけ訊いておいて」
晴也は掠れた声で勝手に話す晶の言葉に、あ、と思わず言った。誕生日の朝の、彼の気の無い態度は……そういうことだったのか。彼にとって自分の誕生日は、エミリの苦い思い出が蘇る日なのに違いない。
「みんな笑いながら大丈夫だって……俺のパーティよりも楽しいことがあるんだろうなんて言う奴もいて……」
晴也は左手で晶の右の頬を包んで、うわ言のように語る晶にゆっくり話しかけた。
「ショウさん、もう黙って消えたりしない、俺あの時どうしたらいいかわからなくなったんだ、そんなに心配すると思わなくて」
「……でもいつかあんなことになるんじゃないかと感じてた……エミリはもうそのくらい精神的に不安定だったんだ、わかってたのに」
晶は呟き続ける。晴也は右手も伸ばして、彼の顔を挟んで目を合わせようとした。
「ショウさんに責任は無い、しっかりしろ……それに俺はエミリじゃない」
ハルさん、と晶は晴也の目を見て言った。彼は見たことのないような、悲しげで力の無い目をしていた。少なくとも晴也にはそう思えた。
晴也は晶が胸の底に隠し持つ哀しみを目の当たりにして、動揺していた。いつも彼に支えられている立場だけに、困惑が半端ない。
でも、と晴也は晶の瞳から目を逸らさず考える。きっとこれからも――これからがあればの話だが、自分のほうが晶に寄りかかることが多いに違いないから、彼がふらつく時は支えてやるべきなのだ。いや、そうしてやりたい。
「ショウさんのせいじゃない、エミリは彼女自身の判断で姿を消したんだ、それを自分が何とかできたかもしれないと考えるのは……自惚れで傲慢だ」
それは、人は他人を救えないと思っている晴也が、自分への言い訳にしている言葉でもあった。しかし、めぎつねで接客を始めてから、一番真実味があるとも思っている。
晴也たちは夜のほんの数時間、客の相手をする。ディープな話を聞くことも多い。晴也は誠意を持って彼らに接し言葉を選ぶが、ひと言ふた言、彼らの心に何かを残すことさえ難しいのだ。自分にあんなに執着していた山形に対してさえ、そうだった。
「おまえはエミリの家族でも恋人でもなかった、俺は友達がいないから断言はできないけど、友情の力なんてきっとたかが知れてる」
晶の目に少し力が戻ったように見えた。するとそこに、薄闇の中でも光るものがじんわりと湧いてきたので、晴也は慌ててしまう。
「あっ、でも、ほんとに、嫌なことを思い出させるような真似をしたのはごめん、二度としません」
晶の切れ上がった眦から、水が零れた。
「ハルさん、ほんと、きつい……」
晴也はごめん、と言いながら、晶の涙を親指の腹で拭った。
「自惚れで傲慢か……」
「ちょっと言い過ぎかな、でもたぶんそうだ、もうエミリはおまえを心配させたことを忘れてるかもしれないぞ」
晶は目を閉じてふっと笑った。新しい涙が零れ出す。
「ハルさんはガブリエルみたいだ」
「ガブリエル?」
「女性のように綺麗な顔の、聖母マリアにイエスを身籠ったことを教える大天使だよ」
「ああ、絵によく出てくる……」
「彼は大切なメッセージを人に運んできてくれるけれど、たまに人を戸惑わせる……」
晴也は晶の涙を指で拭きながら、天使に例えられて照れた。晴也のほうこそ、いつも晶のことを、背中に羽がある天使のように思っているのに。
「ハルさんがいるから……サイラスの舞台に出てみたいと思えたのかもしれない」
晶はうっすらと目を開いて、言った。
「つい最近までロンドンにいた頃のことを思い出したくなかったんだ、嫌な思い出が沢山あるのに未練もあるから、複雑過ぎて」
そう、と晴也は肯定も否定もせず相槌を打つ。
「サイラスに会うとロンドンの舞台の話が出るとわかってたから気が重かった、でもシェイクスピアの話を聞くうちに……何か凄く、ハルさんに観て貰いたいなと思えてきて」
晴也は晶の話を聞くのが気恥ずかしくなってきた。晶は寝ぼけているかもしれないので、そんな状態でいろいろ話して、後で覚えていないなどということになると、お互いに気まずいと思った。
「ショウさん、続きは明日聞くよ、もう少し寝よう」
晴也の言葉に、晶は素直にうん、と応じた。そして頬を包んでいた晴也の両手をとり、大切そうに自分の手の中に握り込む。
「……ハルさんと一緒だと新しくて楽しい道が見つかる気がする」
晴也はくすぐったくて仕方がなかったが、うん、と小さく答えた。
まず2人で歩いていく道を見つけよう。夜の異世界だけでなく、朝も昼間も一緒に歩くことができる道を。晶が満足そうに目を閉じたので、晴也も彼に手を握らせたまま、目を閉じて息をついた。こんな風に眠ることができる幸福に感謝しながら。
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