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13 破壊、そして
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「明里さんきれいな声だね、マジ音楽の天使が降臨したかと思った」
「やだもう、吉岡さん口も上手いしー」
明里ははしゃいだ声を上げた。晴也は我に返り、勝手に盛り上がる2人に向かって言った。
「歌うな、近所迷惑だから」
「てかお兄ちゃん、何してるの?」
「……ファントムに捕まってる」
「クリスティーヌは私だけど?」
それにしても不恰好なクリスティーヌである。晶はくすくす笑った。晴也はのけぞりながら、自分を拘束する男に言う。
「風呂に入れ」
顔が近くてどきどきしてしまう。晶は眼鏡の奥の目を細めた。
「一緒に……」
「狭くて無理だから、何調子こいてんだよっ」
晶はシーツを広げて晴也を解放し、シーツを晴也に手渡してから鼻歌混じりに鞄の中を探った。やはり歯ブラシや着替えを入れている辺り、押しかける気でいたのだ。晴也は呆れて鼻から息を抜き、彼にバスタオルを渡した。
気を取り直してシーツをマットレスに敷いていると、明里が邪魔してごめんね、と笑い混じりに言った。むしろ助かったと晴也は思った。
「別に邪魔だと思うようなことはしてない……シーツ替えたからベッドで寝ろ」
「お兄ちゃんがショウとベッドで寝たらいいのに」
晶は割と女性に気を遣うようなので、それは潔しとしないだろう。
「いいよ、あいつが無理矢理来たんだから」
そう? と言いながら、明里はベッドに腰を下ろした。
「楽しい人だね、マイナス思考のお兄ちゃんとバランスがいいと思う……私もあの人がお義兄さんなら嬉しい」
晴也は明里の発言にぎょっとした。何だお義兄さんって? 明里は枕にタオルを敷いて、ごろりとベッドに横になった。
「ショウのイギリスの舞台、BBCで放映してくれないかなぁ……お兄ちゃんロンドンに観に行くなら声かけてよ、私も検討するから」
「そんなに有休取れないよ」
明里はそうなの? と言いながら目を閉じる。疲れていて当然だった。彼女の疲れの一因を作った身としては、申し訳なかった。
「あー私も優しい彼氏欲しい……」
ふわふわした声が漂い、間もなく規則正しい呼吸音がし始めた。洗面室からは、晶がドライヤーを使う音が聞こえる。いつも静かな部屋で、他人が立てる物音を聞くのは、やはり変な感じがした。
「お先でした、明里さん寝ちゃったんだ?」
髪をばさばさにした晶は、ベッドのほうに首を伸ばして笑った。
「お兄ちゃんの彼氏って立場は随分気を許してもらえるものなんだなぁ」
「明里は俺と違って対人スキルが高いんだ、ミチルさんともすぐに打ち解けた」
言いながら振り返ると、すぐ傍に晶の顔があったので、晴也はうわっと思わず声を上げた。晶は微笑を浮かべながら眼鏡を外し、晴也の両肩に優しく手を置く。
晴也は思わず目を閉じて身体を強ばらせた。温かく湿った柔らかいものに、唇が押し包まれる。……もう二度とこんなことはしないと思っていたのに。
晶は感触を確かめるように、何度も唇をつけ直してくる。舌を入れられなくても気持ち良くて、頭の中に靄がかかってきた。胸がどきどきして身体が火照る。晴也は唇が離れた瞬間に顔を背けたが、晶は顎にべったりと唇を押しつけてきて、柔らかいところを舌の先で撫でた。晴也はびくりと肩を震わせる。
「ハルさん……」
晶の黒い瞳に妖しい光が浮かんでいた。晴也は背筋をぞくぞくさせながら、危機感を覚えて身を捩った。息がうまく吸えなかった。
「あ、あの、風呂入ってくるから寝てろよ、寒かったら毛布もう一枚出すから」
「抱き合ってたらたぶん暖かいから大丈夫」
「あ、そう? えっと、無いと思うけど明里にちょっかい出すなよ」
晴也の言葉に晶は目を丸くした。髪を逆立ててこんな顔をしても、イケメンは絵になるなと思う。彼は蕩けた目になった。
「俺がちょっかいを出したいのはハルさんだけだ」
晴也は肩を掴んだままの晶の手から逃れたいのだが、許してくれない。
「あ、ならいいんだけど、いやまあそれも困るけどな」
「ハルさんは妹思いなんだな、ちょっと妬ける」
誰に妬くんだ? 晴也は晶から匂うボディソープやシャンプーの香りに幻惑され、頭が働かない。
「ハルさん、答えて」
静かに秘密めいた声で言われて、晴也は晶の瞳をまっすぐ見つめる。吸い込まれてしまいそうな、夜の空の色。
「今俺とキスして何を思ってた?」
へ? と晴也は間の抜けた声を出した。
「嫌だった? 良かった?」
晶の瞳に自分の顔が映るのを見ながら、晴也はどう答えたらいいのか迷う。
「……い、嫌じゃない、でも……困る」
「何が困る?」
「そっ、それは……もうこういうことはしないって決めてたから……」
「そうだったのか……ハルさんがいいならこれから毎日キスしようよ」
晴也はそれには答えず、心の中でえいっと掛け声をかけて、晶の肩を押し身体を離す。
「ゆっくりしてて、冷蔵庫に何なりとあるから……」
脱出に成功した晴也は、逃げるように洗面所に向かった。
無理だ、抗えないし拒絶もできない。もう1人の自分が、身体の深いところで歓喜していた。晴也は赤くなった自分の顔を視界に入れたくなくて、鏡に背を向けながら服を脱ぎ、浴室に飛び込んだ。
何のためにあんな恥を晒して、客の前で言い合いをしたんだ。けりをつけるんじゃなかったのか。晴也は自分が情けなく、腹立たしかった。
にもかかわらず、無意識にやたらに丁寧に身体を洗っていた。首や耳の周り、それに腋の下。おまけに緩く勃起していることにはたと気づき、晴也は思わずああっと叫んでしまう。俺はどうしようもない馬鹿だ、淫乱だ。
股間が治まるまで待ち浴室から出る頃には、晴也は自家中毒に陥ってすっかり疲れていた。ぼんやりと最低限の手入れをして、髪をもたもたと乾かした。
「やだもう、吉岡さん口も上手いしー」
明里ははしゃいだ声を上げた。晴也は我に返り、勝手に盛り上がる2人に向かって言った。
「歌うな、近所迷惑だから」
「てかお兄ちゃん、何してるの?」
「……ファントムに捕まってる」
「クリスティーヌは私だけど?」
それにしても不恰好なクリスティーヌである。晶はくすくす笑った。晴也はのけぞりながら、自分を拘束する男に言う。
「風呂に入れ」
顔が近くてどきどきしてしまう。晶は眼鏡の奥の目を細めた。
「一緒に……」
「狭くて無理だから、何調子こいてんだよっ」
晶はシーツを広げて晴也を解放し、シーツを晴也に手渡してから鼻歌混じりに鞄の中を探った。やはり歯ブラシや着替えを入れている辺り、押しかける気でいたのだ。晴也は呆れて鼻から息を抜き、彼にバスタオルを渡した。
気を取り直してシーツをマットレスに敷いていると、明里が邪魔してごめんね、と笑い混じりに言った。むしろ助かったと晴也は思った。
「別に邪魔だと思うようなことはしてない……シーツ替えたからベッドで寝ろ」
「お兄ちゃんがショウとベッドで寝たらいいのに」
晶は割と女性に気を遣うようなので、それは潔しとしないだろう。
「いいよ、あいつが無理矢理来たんだから」
そう? と言いながら、明里はベッドに腰を下ろした。
「楽しい人だね、マイナス思考のお兄ちゃんとバランスがいいと思う……私もあの人がお義兄さんなら嬉しい」
晴也は明里の発言にぎょっとした。何だお義兄さんって? 明里は枕にタオルを敷いて、ごろりとベッドに横になった。
「ショウのイギリスの舞台、BBCで放映してくれないかなぁ……お兄ちゃんロンドンに観に行くなら声かけてよ、私も検討するから」
「そんなに有休取れないよ」
明里はそうなの? と言いながら目を閉じる。疲れていて当然だった。彼女の疲れの一因を作った身としては、申し訳なかった。
「あー私も優しい彼氏欲しい……」
ふわふわした声が漂い、間もなく規則正しい呼吸音がし始めた。洗面室からは、晶がドライヤーを使う音が聞こえる。いつも静かな部屋で、他人が立てる物音を聞くのは、やはり変な感じがした。
「お先でした、明里さん寝ちゃったんだ?」
髪をばさばさにした晶は、ベッドのほうに首を伸ばして笑った。
「お兄ちゃんの彼氏って立場は随分気を許してもらえるものなんだなぁ」
「明里は俺と違って対人スキルが高いんだ、ミチルさんともすぐに打ち解けた」
言いながら振り返ると、すぐ傍に晶の顔があったので、晴也はうわっと思わず声を上げた。晶は微笑を浮かべながら眼鏡を外し、晴也の両肩に優しく手を置く。
晴也は思わず目を閉じて身体を強ばらせた。温かく湿った柔らかいものに、唇が押し包まれる。……もう二度とこんなことはしないと思っていたのに。
晶は感触を確かめるように、何度も唇をつけ直してくる。舌を入れられなくても気持ち良くて、頭の中に靄がかかってきた。胸がどきどきして身体が火照る。晴也は唇が離れた瞬間に顔を背けたが、晶は顎にべったりと唇を押しつけてきて、柔らかいところを舌の先で撫でた。晴也はびくりと肩を震わせる。
「ハルさん……」
晶の黒い瞳に妖しい光が浮かんでいた。晴也は背筋をぞくぞくさせながら、危機感を覚えて身を捩った。息がうまく吸えなかった。
「あ、あの、風呂入ってくるから寝てろよ、寒かったら毛布もう一枚出すから」
「抱き合ってたらたぶん暖かいから大丈夫」
「あ、そう? えっと、無いと思うけど明里にちょっかい出すなよ」
晴也の言葉に晶は目を丸くした。髪を逆立ててこんな顔をしても、イケメンは絵になるなと思う。彼は蕩けた目になった。
「俺がちょっかいを出したいのはハルさんだけだ」
晴也は肩を掴んだままの晶の手から逃れたいのだが、許してくれない。
「あ、ならいいんだけど、いやまあそれも困るけどな」
「ハルさんは妹思いなんだな、ちょっと妬ける」
誰に妬くんだ? 晴也は晶から匂うボディソープやシャンプーの香りに幻惑され、頭が働かない。
「ハルさん、答えて」
静かに秘密めいた声で言われて、晴也は晶の瞳をまっすぐ見つめる。吸い込まれてしまいそうな、夜の空の色。
「今俺とキスして何を思ってた?」
へ? と晴也は間の抜けた声を出した。
「嫌だった? 良かった?」
晶の瞳に自分の顔が映るのを見ながら、晴也はどう答えたらいいのか迷う。
「……い、嫌じゃない、でも……困る」
「何が困る?」
「そっ、それは……もうこういうことはしないって決めてたから……」
「そうだったのか……ハルさんがいいならこれから毎日キスしようよ」
晴也はそれには答えず、心の中でえいっと掛け声をかけて、晶の肩を押し身体を離す。
「ゆっくりしてて、冷蔵庫に何なりとあるから……」
脱出に成功した晴也は、逃げるように洗面所に向かった。
無理だ、抗えないし拒絶もできない。もう1人の自分が、身体の深いところで歓喜していた。晴也は赤くなった自分の顔を視界に入れたくなくて、鏡に背を向けながら服を脱ぎ、浴室に飛び込んだ。
何のためにあんな恥を晒して、客の前で言い合いをしたんだ。けりをつけるんじゃなかったのか。晴也は自分が情けなく、腹立たしかった。
にもかかわらず、無意識にやたらに丁寧に身体を洗っていた。首や耳の周り、それに腋の下。おまけに緩く勃起していることにはたと気づき、晴也は思わずああっと叫んでしまう。俺はどうしようもない馬鹿だ、淫乱だ。
股間が治まるまで待ち浴室から出る頃には、晴也は自家中毒に陥ってすっかり疲れていた。ぼんやりと最低限の手入れをして、髪をもたもたと乾かした。
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