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13 破壊、そして
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「……じゃあお兄ちゃんはもう気が済んだわね? ああ良かった」
明里はストローに口をつけた。
「今夜は2人で過ごすよね、私この辺のホテルに泊まっとくから」
「過ごさないぞ、それに根本的な解決になってない」
晴也は半分蕩けた顔をしている晶に厳しく言った。彼が明里と同時にえ? と応じる。
「今回のことだけで終わらない、きっとおまえは日本を出て行くことになるんだから」
晴也は力説したが、晶はふっと視線を外して、ならないよ、と小さく言った。
「俺の脚は治らない、まあ以前の通り踊れるようになっていたとしても……年齢もあるから」
テーブルに少し沈黙が流れた。晶は目を上げて、晴也を見据える。
「ハルさんこそ俺を買いかぶりすぎだ、嬉しいけど現実はそんなに甘くない」
もしかして、余計なことを言って傷つけたのか? 晴也の胸が冷えたが、晶は少し口許を緩めた。
「明日休みとは言え徹夜をする気は無いぞ、明里さんをホテルに泊まらせるのも変な話だし、とにかくハルさん家に行こう」
勝手に決めて、晶は紅茶を飲み干した。晴也は慌てる。
「おまえも来るのかよ」
「せっかくハルさんを捕まえたのに離れ難い」
明里がぷっと吹き出した。
「だから私は他所に泊まるって言ってるのに」
「明里さん、俺とハルさんはまだそんな関係じゃないから気を遣わないで……ハルさん家で3人寝られるだろ?」
何故そうなる! 晴也はあ然とした。
「明里の分しか布団セットは無いぞ!」
「冷たいなぁ、じゃあ俺とハルさんがその布団セットで寝よう」
「そんな関係じゃないんだろうがっ」
「一緒に寝る関係ではあるぞ」
あら、と明里が口許に手をやった。それを見て晴也は赤くなってしまった。
「えーっやだなぁ、隣でいちゃいちゃしてたら蹴ってもいい?」
「するかよっ! 俺はまだ……」
「辛うじて童貞処女ではあるね」
余計なことを言う晶につかみかかりそうになる晴也の腕は、笑い声の中で捕らえられる。どきっとして晶の顔を見上げ、黒い瞳に焦点が合うと、頬や耳がますます熱くなった。
「車取ってくるからもう少し待ってて、LINEする」
晶は伝票を掴んでさっさと扉に向かってしまった。明里が自分を、驚き混じりの半笑いで見るので、晴也は俯いた。
「……お兄ちゃんほんとにごめんね、彼と喧嘩する種を蒔いた上に仲良くしたいところにお邪魔して……」
「明里のせいじゃないし泊まりも別にいい、ほんとにそういう関係じゃないしそんなことをしたい訳じゃないから」
下を向いたまま話す兄が余程面白いのか、明里は朗らかな笑い声を立てた。ぽつぽつとしか人の居ない店内に、その声が柔らかく響いた。
「せいぜい童貞処女をもったいぶってショウに捧げなよ、それであの人を一生脅して傍に居させるの」
晴也は妹の顔をちらりと見た。女は恐ろしいことを考える。
「……今更よくわかった、お兄ちゃんはうちでもそうやっていろいろ考えて、沢山遠慮してたんだって……だからあの人とのことはもっと厚かましくなったらいいと思う」
「……別に家では遠慮してないよ」
ぽつりと零れた晴也の言葉に、明里は微苦笑した。
「してたの、それが当たり前になってんの……お兄ちゃんがショウのことこんなに好きなのに、何で見えない先のことを理由に身を引こうとするのか私はちっともわかんないけど、お兄ちゃんにはそういう選択がアリなんだなって」
晴也には返す言葉が無い。兄として全く面目無かった。
「でもね、お兄ちゃんがこんな身の引き方をしたらショウが可哀想だよ、あの人舞台とかルーチェのファンに見せない顔をね、お兄ちゃんに見せてるもん」
確かにデレた顔はしていると思う。明里は晴也を励ますように続けた。
「あの人が将来海外で活躍する可能性は十分あると私は思うけど、そうなったらその時だよ……たぶんお兄ちゃんも今とは違う考え方をするようになるから、その時に身の振り方を決めたらいいって」
黙って妹の言葉を聞いていると、晶が再び自動ドアをくぐり現れた。晴也はコートを羽織り、明里を促して彼のほうに向かう。店員が明るく、ありがとうございました、と晴也たちに声をかけた。
明里はストローに口をつけた。
「今夜は2人で過ごすよね、私この辺のホテルに泊まっとくから」
「過ごさないぞ、それに根本的な解決になってない」
晴也は半分蕩けた顔をしている晶に厳しく言った。彼が明里と同時にえ? と応じる。
「今回のことだけで終わらない、きっとおまえは日本を出て行くことになるんだから」
晴也は力説したが、晶はふっと視線を外して、ならないよ、と小さく言った。
「俺の脚は治らない、まあ以前の通り踊れるようになっていたとしても……年齢もあるから」
テーブルに少し沈黙が流れた。晶は目を上げて、晴也を見据える。
「ハルさんこそ俺を買いかぶりすぎだ、嬉しいけど現実はそんなに甘くない」
もしかして、余計なことを言って傷つけたのか? 晴也の胸が冷えたが、晶は少し口許を緩めた。
「明日休みとは言え徹夜をする気は無いぞ、明里さんをホテルに泊まらせるのも変な話だし、とにかくハルさん家に行こう」
勝手に決めて、晶は紅茶を飲み干した。晴也は慌てる。
「おまえも来るのかよ」
「せっかくハルさんを捕まえたのに離れ難い」
明里がぷっと吹き出した。
「だから私は他所に泊まるって言ってるのに」
「明里さん、俺とハルさんはまだそんな関係じゃないから気を遣わないで……ハルさん家で3人寝られるだろ?」
何故そうなる! 晴也はあ然とした。
「明里の分しか布団セットは無いぞ!」
「冷たいなぁ、じゃあ俺とハルさんがその布団セットで寝よう」
「そんな関係じゃないんだろうがっ」
「一緒に寝る関係ではあるぞ」
あら、と明里が口許に手をやった。それを見て晴也は赤くなってしまった。
「えーっやだなぁ、隣でいちゃいちゃしてたら蹴ってもいい?」
「するかよっ! 俺はまだ……」
「辛うじて童貞処女ではあるね」
余計なことを言う晶につかみかかりそうになる晴也の腕は、笑い声の中で捕らえられる。どきっとして晶の顔を見上げ、黒い瞳に焦点が合うと、頬や耳がますます熱くなった。
「車取ってくるからもう少し待ってて、LINEする」
晶は伝票を掴んでさっさと扉に向かってしまった。明里が自分を、驚き混じりの半笑いで見るので、晴也は俯いた。
「……お兄ちゃんほんとにごめんね、彼と喧嘩する種を蒔いた上に仲良くしたいところにお邪魔して……」
「明里のせいじゃないし泊まりも別にいい、ほんとにそういう関係じゃないしそんなことをしたい訳じゃないから」
下を向いたまま話す兄が余程面白いのか、明里は朗らかな笑い声を立てた。ぽつぽつとしか人の居ない店内に、その声が柔らかく響いた。
「せいぜい童貞処女をもったいぶってショウに捧げなよ、それであの人を一生脅して傍に居させるの」
晴也は妹の顔をちらりと見た。女は恐ろしいことを考える。
「……今更よくわかった、お兄ちゃんはうちでもそうやっていろいろ考えて、沢山遠慮してたんだって……だからあの人とのことはもっと厚かましくなったらいいと思う」
「……別に家では遠慮してないよ」
ぽつりと零れた晴也の言葉に、明里は微苦笑した。
「してたの、それが当たり前になってんの……お兄ちゃんがショウのことこんなに好きなのに、何で見えない先のことを理由に身を引こうとするのか私はちっともわかんないけど、お兄ちゃんにはそういう選択がアリなんだなって」
晴也には返す言葉が無い。兄として全く面目無かった。
「でもね、お兄ちゃんがこんな身の引き方をしたらショウが可哀想だよ、あの人舞台とかルーチェのファンに見せない顔をね、お兄ちゃんに見せてるもん」
確かにデレた顔はしていると思う。明里は晴也を励ますように続けた。
「あの人が将来海外で活躍する可能性は十分あると私は思うけど、そうなったらその時だよ……たぶんお兄ちゃんも今とは違う考え方をするようになるから、その時に身の振り方を決めたらいいって」
黙って妹の言葉を聞いていると、晶が再び自動ドアをくぐり現れた。晴也はコートを羽織り、明里を促して彼のほうに向かう。店員が明るく、ありがとうございました、と晴也たちに声をかけた。
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