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12 憂惧
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「思うんだけどさ、麗華は人の上に立つことになるし、ハルちゃんもこれからだ……マイノリティゆえに辛い思いをさせられた人はそれだけ他人に優しくなれる……そんな経験も無駄じゃないってことだけは確かだよ」
晴也は3分の1ほどしか飲まれていない余市をそっと下ろして、「ショウさん」と美智生の字で書かれたプレートを見つめてから、ボトルの肩を丁寧に拭いた。
「まだママみたいに達観できないですよ」
麗華の言葉にママはふふっと笑う。晴也は2人を穏やかな気持ちで見ていた。頼りになって人間味溢れる先輩たちだ。もう晴也は、楽しいことやときめくことが無い昼間の仕事だけに時間を使う生活には戻れないと感じた。
もし実家の近くに転職しても、休みの日の夜にめぎつねに働きに出て来ようか。そのためには、両親にこの店で働いていることを話さなくてはいけなくなるだろうけれど……。
晴也は晶のボトルを元の場所に戻した。そして晶とのことは、また別の話だと気づく。彼と自分が釣り合わないという事実は、晴也が何処でどんな仕事をしていても変わらないのだ。
ぱらぱらとではあるが絶え間なく訪れる客にのんびり接客していると、ママが晴也を手招きした。
「ごめんハルちゃん、今週も明日と明後日交代できないかな? マナちゃん研修中なんだよ、金曜はなかなか早くに上がらせてもらえないらしい」
マナちゃんは看護学生で、晴也は会ったことがないが、看護師を目指すだけあって、優しくてよく動く子だと麗華が褒めている。
晴也は快く承知する。木曜に出勤していると、晶がやって来ないか気を揉まなくてはいけないので、晴也としても好都合だった。
美智生が目を丸くしながら言った。
「えっじゃあ金曜は全く水曜メンバーになっちゃうんだ? 研修だってナツミから出勤頼まれてんだよね」
「給料日だから正直このメンバーのほうが安心かな」
麗華がこそっと囁いた。彼はナツミとマナと、2人の学生と一緒に金曜に出勤しているが、しっかりしていると言っても、若い子たちに任せきれない部分があるという。
「仕事は2人ともよくやってくれるよ、何かな……接客面かな?」
麗華の言葉にママが苦笑しながら頷く。
「ナツミはざっくばらん過ぎてひやっとする時があるな、マナは親身になり過ぎで1人の客に貼りついてしまう」
若さ故だろうと晴也は思う。それでもナツミは3月半ば、マナは3月いっぱいと、就職ぎりぎりまで働くと言うのには感心する。2月末と3月上旬に新人が入ってくるので、晴也もいよいよ先輩になるのだ……やはり今めぎつねを辞めるのは申し訳ない。
「ハルちゃん、氷と水ちょうだい」
テーブル席に座る、常連の初老の夫婦に目を向けると、夫が晴也に向かって笑顔で手を振った。晴也ははい、と明るく応じて、銀色の盆を出す。
息子たちが独り立ちしたという仲良し夫婦は、ボトルキープをしていて、2ヶ月に1回くらいのペースで訪れる。麗華さんと彼女さんも、将来あんな風になるのかな。晴也はピッチャーとアイスバケツが載った盆を、彼らのテーブルに運んだ。そして、それは自分には望めない未来だと思った。
晴也は3分の1ほどしか飲まれていない余市をそっと下ろして、「ショウさん」と美智生の字で書かれたプレートを見つめてから、ボトルの肩を丁寧に拭いた。
「まだママみたいに達観できないですよ」
麗華の言葉にママはふふっと笑う。晴也は2人を穏やかな気持ちで見ていた。頼りになって人間味溢れる先輩たちだ。もう晴也は、楽しいことやときめくことが無い昼間の仕事だけに時間を使う生活には戻れないと感じた。
もし実家の近くに転職しても、休みの日の夜にめぎつねに働きに出て来ようか。そのためには、両親にこの店で働いていることを話さなくてはいけなくなるだろうけれど……。
晴也は晶のボトルを元の場所に戻した。そして晶とのことは、また別の話だと気づく。彼と自分が釣り合わないという事実は、晴也が何処でどんな仕事をしていても変わらないのだ。
ぱらぱらとではあるが絶え間なく訪れる客にのんびり接客していると、ママが晴也を手招きした。
「ごめんハルちゃん、今週も明日と明後日交代できないかな? マナちゃん研修中なんだよ、金曜はなかなか早くに上がらせてもらえないらしい」
マナちゃんは看護学生で、晴也は会ったことがないが、看護師を目指すだけあって、優しくてよく動く子だと麗華が褒めている。
晴也は快く承知する。木曜に出勤していると、晶がやって来ないか気を揉まなくてはいけないので、晴也としても好都合だった。
美智生が目を丸くしながら言った。
「えっじゃあ金曜は全く水曜メンバーになっちゃうんだ? 研修だってナツミから出勤頼まれてんだよね」
「給料日だから正直このメンバーのほうが安心かな」
麗華がこそっと囁いた。彼はナツミとマナと、2人の学生と一緒に金曜に出勤しているが、しっかりしていると言っても、若い子たちに任せきれない部分があるという。
「仕事は2人ともよくやってくれるよ、何かな……接客面かな?」
麗華の言葉にママが苦笑しながら頷く。
「ナツミはざっくばらん過ぎてひやっとする時があるな、マナは親身になり過ぎで1人の客に貼りついてしまう」
若さ故だろうと晴也は思う。それでもナツミは3月半ば、マナは3月いっぱいと、就職ぎりぎりまで働くと言うのには感心する。2月末と3月上旬に新人が入ってくるので、晴也もいよいよ先輩になるのだ……やはり今めぎつねを辞めるのは申し訳ない。
「ハルちゃん、氷と水ちょうだい」
テーブル席に座る、常連の初老の夫婦に目を向けると、夫が晴也に向かって笑顔で手を振った。晴也ははい、と明るく応じて、銀色の盆を出す。
息子たちが独り立ちしたという仲良し夫婦は、ボトルキープをしていて、2ヶ月に1回くらいのペースで訪れる。麗華さんと彼女さんも、将来あんな風になるのかな。晴也はピッチャーとアイスバケツが載った盆を、彼らのテーブルに運んだ。そして、それは自分には望めない未来だと思った。
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