118 / 229
12 憂惧
4
しおりを挟む
晶は晴也に立つように言い、真横に立った。そして晴也の背中に腕を添えた。
「前屈ばかりさせてごめん、ちょっと反ってみよう……腰痛めたらいけないから支えてる」
晶の腕は腰より高い場所、肩甲骨の下あたりに添えられている。
「凭れていいから、ここから反るつもりで」
普段全くしない動きなので、後ろに反るのは案外勇気がいると晴也は気づく。恐る恐る晶の腕に体重をかけると、白い天井が視界に入り、微笑する晶を下から見る格好になった。良い男だなと改めて思う。
「そうそう、腰にあまり力を入れないで、きつかったら顎を上げてしまっていい」
あ、胸が伸びてる感じがする。たくさん息が吸えて気持ちいいな。少しずつ後ろの壁が見えてきたと思った、その時。
背中を支えていたものがいきなり外された。視界が揺れ、晴也は自分の身体が重力に引かれて、背中から落ちるのを感じた。足が滑って床を掴めなくなる。
頭から落ちる! 恐怖のあまり息を止め、目を固く閉じた瞬間、首と背中に何かが当たり、それが落下を止めた。身体はほぼ倒れている。目をそっと開くと、晶の笑顔が一番に飛び込んできた。
「ハルさんやっぱり軽いな」
晴也は倒れながら、晶の左腕に囲われるような姿勢になっていた。首を曲げて壁の鏡を見ると、自分が晶に支えられて、バレエのポーズを取っているように見えなくもない。
支えを外されて落ちたのはほんの一瞬だったようだが、晴也は恐怖で固まった上半身の力をやっと抜いた。するとずるずると腰が落ちる。
「あらら、きれいにポーズ取れたのに」
晶の笑い混じりの言葉に、晴也は噛みついた。
「遊ぶなっ! 死ぬかと思ったっ!」
「バレリーナはあのポーズをあんな風に取るんだ、勇気要るだろ?」
「俺は男だろっ」
「まあそうなんだけど」
晶が上半身を解放してくれないので、彼の顔がやけに近いことに今更気づく。晴也は違う緊張感に捕われた。バレエって、2人で踊る時、こんなに顔が近いのか。
「ハルさんと踊ってみたい」
晶の言葉に、は? と晴也は間の抜けた声を上げた。
「きっと楽しいと思う、歌や踊りは自分がやるともっと楽しいんだ、明里さんに聞いてみて」
「……ショウさんの横でなんか踊れないよ」
「別に人に見せるためじゃない」
晶は晴也を抱き起こした。やっと床にしっかり足がつき、立ち上がれてほっとしたのも束の間、黒い瞳に自分の姿が映りこんでいるのがわかる距離感に、晴也の胸がどきどきと忙しく騒ぐ。
おかしいな、休日の朝にいい雰囲気になったり、見つめ合ったりするのは初めてじゃないのに。今日はどうしたんだろう。
「ハルさんともっと……俺は踊ることしか脳が無いし、ダンスは言語みたいなものだから、それで語り合いたい的な」
「俺にはその言語は難しいよ」
言い終わらないうちに、眼鏡を外された。さらに晶の切れ長の目が近づく。思わず目を閉じると、唇が重なったのを感じた。そのままきゅっと抱きしめられると、頭の中がぽやんとなった。くっついている唇の温もりが、晶の自分に対する慈しみを伝えてくる。
晴也は昨夜のショーの1曲目を観た時のような、切なさと苛立たしさが混じった甘いものを感じていた。晶はゆっくりと唇を離し、眼鏡を元通りにしてくれた。彼の顔を見るのが恥ずかしいので、眼鏡が当たらないように顔を横に向けて、そっと寄り添う。
「前屈ばかりさせてごめん、ちょっと反ってみよう……腰痛めたらいけないから支えてる」
晶の腕は腰より高い場所、肩甲骨の下あたりに添えられている。
「凭れていいから、ここから反るつもりで」
普段全くしない動きなので、後ろに反るのは案外勇気がいると晴也は気づく。恐る恐る晶の腕に体重をかけると、白い天井が視界に入り、微笑する晶を下から見る格好になった。良い男だなと改めて思う。
「そうそう、腰にあまり力を入れないで、きつかったら顎を上げてしまっていい」
あ、胸が伸びてる感じがする。たくさん息が吸えて気持ちいいな。少しずつ後ろの壁が見えてきたと思った、その時。
背中を支えていたものがいきなり外された。視界が揺れ、晴也は自分の身体が重力に引かれて、背中から落ちるのを感じた。足が滑って床を掴めなくなる。
頭から落ちる! 恐怖のあまり息を止め、目を固く閉じた瞬間、首と背中に何かが当たり、それが落下を止めた。身体はほぼ倒れている。目をそっと開くと、晶の笑顔が一番に飛び込んできた。
「ハルさんやっぱり軽いな」
晴也は倒れながら、晶の左腕に囲われるような姿勢になっていた。首を曲げて壁の鏡を見ると、自分が晶に支えられて、バレエのポーズを取っているように見えなくもない。
支えを外されて落ちたのはほんの一瞬だったようだが、晴也は恐怖で固まった上半身の力をやっと抜いた。するとずるずると腰が落ちる。
「あらら、きれいにポーズ取れたのに」
晶の笑い混じりの言葉に、晴也は噛みついた。
「遊ぶなっ! 死ぬかと思ったっ!」
「バレリーナはあのポーズをあんな風に取るんだ、勇気要るだろ?」
「俺は男だろっ」
「まあそうなんだけど」
晶が上半身を解放してくれないので、彼の顔がやけに近いことに今更気づく。晴也は違う緊張感に捕われた。バレエって、2人で踊る時、こんなに顔が近いのか。
「ハルさんと踊ってみたい」
晶の言葉に、は? と晴也は間の抜けた声を上げた。
「きっと楽しいと思う、歌や踊りは自分がやるともっと楽しいんだ、明里さんに聞いてみて」
「……ショウさんの横でなんか踊れないよ」
「別に人に見せるためじゃない」
晶は晴也を抱き起こした。やっと床にしっかり足がつき、立ち上がれてほっとしたのも束の間、黒い瞳に自分の姿が映りこんでいるのがわかる距離感に、晴也の胸がどきどきと忙しく騒ぐ。
おかしいな、休日の朝にいい雰囲気になったり、見つめ合ったりするのは初めてじゃないのに。今日はどうしたんだろう。
「ハルさんともっと……俺は踊ることしか脳が無いし、ダンスは言語みたいなものだから、それで語り合いたい的な」
「俺にはその言語は難しいよ」
言い終わらないうちに、眼鏡を外された。さらに晶の切れ長の目が近づく。思わず目を閉じると、唇が重なったのを感じた。そのままきゅっと抱きしめられると、頭の中がぽやんとなった。くっついている唇の温もりが、晶の自分に対する慈しみを伝えてくる。
晴也は昨夜のショーの1曲目を観た時のような、切なさと苛立たしさが混じった甘いものを感じていた。晶はゆっくりと唇を離し、眼鏡を元通りにしてくれた。彼の顔を見るのが恥ずかしいので、眼鏡が当たらないように顔を横に向けて、そっと寄り添う。
0
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる