夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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11 風雪

14-2

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 ふと思い出して晶の顔を見る。きれいな横顔だと思った。

「ショウさん……この間言ってたよな、どれだけ練習しても上手くならなくて、もう辞めてしまいたくてって……どうしてその時辞めて日本に帰らなかったのかな」

 晶は晴也に顔を向け、少し意外そうに眉を上げた。そして迷わずに答えた。

「好きだから」
「……踊るのが?」

 うん、と晶は頷く。

「執着とか意地もあるんだろうけど、踊らなくなる自分を想像したらちょっとぞっとしたというか……俺にはそれしかないから」

 そう答える晶が眩しく見えた。それでつい晴也は俯いてしまう。

「皮肉なんだけど、追い込まれて初めて分かったんだ……これは捨てられないなって」
「じゃあ……答えたくなかったらいいし、気分悪かったら言ってくれたらいいんだけど、……怪我した時も?」

 目を伏せたまま晴也は尋ねた。すると大きな手がそっと頬を包んだ。こめかみに触れた指先が温かいのを感じて、紅茶を出して良かったと晴也は思った。

「ハルさんが俺に興味を持って質問してくれるなんて嬉し過ぎるから、今すぐ押し倒していいですか?」

 冗談に走る晶の顔をちらっと見上げると、彼はやはり目に微笑を湛えて、続けた。

「そうだよ、捨てなきゃならないならもう死にたいって思った」
「早まらなくて良かったな」
「うん、ルーチェで沢山の人に楽しんで貰ってることも、こうして今ハルさんと話してることも、我慢したご褒美だと思ってる」

 言葉を継げず、晴也はまた俯く。すると今度は腕の中に取り込まれた。どきっとしても、もう身体が驚いてびくっとすることはない。
 捨てられない、と晴也は考える。めぎつねで女の姿になることも、晶とこんな風に過ごすことも。それに本当は、認められないからといって、こそこそするのも嫌だ。久保みたいに、こんな自分の存在自体が不快な人はいるのだろう。でもそれは個人的な好き嫌いの範疇であり、万人に実際的な迷惑をかける訳ではない。

「やっぱり窓の側はちょっと寒いな、もう休もう……疲れただろ?」

 晶の気遣いが、ささくれ立っていた心に沁みる。……伝えないと。

「あの……ありがとう、舞台の後であんなことになって雪まで降ってるのに……来てくれて」

 これでは足りないのに、言葉が見つからない。違う、もっと……晴也は困り、自分が情けなくなる。
 ふっと晶の顔が近くなり、唇が温かいものに押し包まれた。お互いの眼鏡が当たって軽い音を立て、晶が唇を離す。彼は満足そうに、ひとつ息をついた。
 晴也は目を閉じて、晶の背中にゆっくり腕を回した。本当に静かだった。雪が雑音だけでなく、胸の中の澱んだものまで吸い取っていくかのようだった。灰色のもやもやしたものが剥がされていくと、そこに残ったのは小さく、でもきらきらした思いだった。
 欲しいものは手放さない。誰にも汚させない。晶のことも守りたい。そのために、どうしても必要なら、……闘う。
 それは封印が裂けて開いた晴也のパンドラの箱の底に残った、希望のようでもあった。
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