111 / 229
11 風雪
14-2
しおりを挟む
ふと思い出して晶の顔を見る。きれいな横顔だと思った。
「ショウさん……この間言ってたよな、どれだけ練習しても上手くならなくて、もう辞めてしまいたくてって……どうしてその時辞めて日本に帰らなかったのかな」
晶は晴也に顔を向け、少し意外そうに眉を上げた。そして迷わずに答えた。
「好きだから」
「……踊るのが?」
うん、と晶は頷く。
「執着とか意地もあるんだろうけど、踊らなくなる自分を想像したらちょっとぞっとしたというか……俺にはそれしかないから」
そう答える晶が眩しく見えた。それでつい晴也は俯いてしまう。
「皮肉なんだけど、追い込まれて初めて分かったんだ……これは捨てられないなって」
「じゃあ……答えたくなかったらいいし、気分悪かったら言ってくれたらいいんだけど、……怪我した時も?」
目を伏せたまま晴也は尋ねた。すると大きな手がそっと頬を包んだ。こめかみに触れた指先が温かいのを感じて、紅茶を出して良かったと晴也は思った。
「ハルさんが俺に興味を持って質問してくれるなんて嬉し過ぎるから、今すぐ押し倒していいですか?」
冗談に走る晶の顔をちらっと見上げると、彼はやはり目に微笑を湛えて、続けた。
「そうだよ、捨てなきゃならないならもう死にたいって思った」
「早まらなくて良かったな」
「うん、ルーチェで沢山の人に楽しんで貰ってることも、こうして今ハルさんと話してることも、我慢したご褒美だと思ってる」
言葉を継げず、晴也はまた俯く。すると今度は腕の中に取り込まれた。どきっとしても、もう身体が驚いてびくっとすることはない。
捨てられない、と晴也は考える。めぎつねで女の姿になることも、晶とこんな風に過ごすことも。それに本当は、認められないからといって、こそこそするのも嫌だ。久保みたいに、こんな自分の存在自体が不快な人はいるのだろう。でもそれは個人的な好き嫌いの範疇であり、万人に実際的な迷惑をかける訳ではない。
「やっぱり窓の側はちょっと寒いな、もう休もう……疲れただろ?」
晶の気遣いが、ささくれ立っていた心に沁みる。……伝えないと。
「あの……ありがとう、舞台の後であんなことになって雪まで降ってるのに……来てくれて」
これでは足りないのに、言葉が見つからない。違う、もっと……晴也は困り、自分が情けなくなる。
ふっと晶の顔が近くなり、唇が温かいものに押し包まれた。お互いの眼鏡が当たって軽い音を立て、晶が唇を離す。彼は満足そうに、ひとつ息をついた。
晴也は目を閉じて、晶の背中にゆっくり腕を回した。本当に静かだった。雪が雑音だけでなく、胸の中の澱んだものまで吸い取っていくかのようだった。灰色のもやもやしたものが剥がされていくと、そこに残ったのは小さく、でもきらきらした思いだった。
欲しいものは手放さない。誰にも汚させない。晶のことも守りたい。そのために、どうしても必要なら、……闘う。
それは封印が裂けて開いた晴也のパンドラの箱の底に残った、希望のようでもあった。
「ショウさん……この間言ってたよな、どれだけ練習しても上手くならなくて、もう辞めてしまいたくてって……どうしてその時辞めて日本に帰らなかったのかな」
晶は晴也に顔を向け、少し意外そうに眉を上げた。そして迷わずに答えた。
「好きだから」
「……踊るのが?」
うん、と晶は頷く。
「執着とか意地もあるんだろうけど、踊らなくなる自分を想像したらちょっとぞっとしたというか……俺にはそれしかないから」
そう答える晶が眩しく見えた。それでつい晴也は俯いてしまう。
「皮肉なんだけど、追い込まれて初めて分かったんだ……これは捨てられないなって」
「じゃあ……答えたくなかったらいいし、気分悪かったら言ってくれたらいいんだけど、……怪我した時も?」
目を伏せたまま晴也は尋ねた。すると大きな手がそっと頬を包んだ。こめかみに触れた指先が温かいのを感じて、紅茶を出して良かったと晴也は思った。
「ハルさんが俺に興味を持って質問してくれるなんて嬉し過ぎるから、今すぐ押し倒していいですか?」
冗談に走る晶の顔をちらっと見上げると、彼はやはり目に微笑を湛えて、続けた。
「そうだよ、捨てなきゃならないならもう死にたいって思った」
「早まらなくて良かったな」
「うん、ルーチェで沢山の人に楽しんで貰ってることも、こうして今ハルさんと話してることも、我慢したご褒美だと思ってる」
言葉を継げず、晴也はまた俯く。すると今度は腕の中に取り込まれた。どきっとしても、もう身体が驚いてびくっとすることはない。
捨てられない、と晴也は考える。めぎつねで女の姿になることも、晶とこんな風に過ごすことも。それに本当は、認められないからといって、こそこそするのも嫌だ。久保みたいに、こんな自分の存在自体が不快な人はいるのだろう。でもそれは個人的な好き嫌いの範疇であり、万人に実際的な迷惑をかける訳ではない。
「やっぱり窓の側はちょっと寒いな、もう休もう……疲れただろ?」
晶の気遣いが、ささくれ立っていた心に沁みる。……伝えないと。
「あの……ありがとう、舞台の後であんなことになって雪まで降ってるのに……来てくれて」
これでは足りないのに、言葉が見つからない。違う、もっと……晴也は困り、自分が情けなくなる。
ふっと晶の顔が近くなり、唇が温かいものに押し包まれた。お互いの眼鏡が当たって軽い音を立て、晶が唇を離す。彼は満足そうに、ひとつ息をついた。
晴也は目を閉じて、晶の背中にゆっくり腕を回した。本当に静かだった。雪が雑音だけでなく、胸の中の澱んだものまで吸い取っていくかのようだった。灰色のもやもやしたものが剥がされていくと、そこに残ったのは小さく、でもきらきらした思いだった。
欲しいものは手放さない。誰にも汚させない。晶のことも守りたい。そのために、どうしても必要なら、……闘う。
それは封印が裂けて開いた晴也のパンドラの箱の底に残った、希望のようでもあった。
0
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる