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11 風雪
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「襲わないから早く服を着ろよ、風邪ひくぞ」
狭い部屋の中で、晴也はにやにやしている晶の視線から逃れられないと悟り、彼の前を横切ってベッドに置かれたスウェットを手に取る。
「ハルさんは常に面白いな」
テーブルの脇の椅子に腰を下ろし、晶は如何にも楽し気に言った。
「うるさい、俺はおまえのおもちゃじゃないぞ」
「おもちゃというよりはペットかな、文鳥みたい」
鳥かよ! 晴也は買ったばかりの小さな折りたたみ椅子を開き、晶からやや距離を置いた場所に座った。
「文鳥ってさ、あざとかわいいんだ……機嫌のいい時に手とか肩にほいほい乗ってくるんだけど、結構気がきつくて急にガッと怒って……ハルさんみたいだろ?」
「マジでうるさい」
晶は小さく笑ってから、椅子の上でひとつ伸びをした。明日は休みではない、もう寝る用意をしなくては。
「風呂入って、豆乳温めておくよ」
晴也の言葉に、晶は少し首を傾けた。
「寝てしまうよ、これからの話するんじゃなかった?」
「大体分かった、ショウさんは会社に踊ってることだけオープンにする、俺は会社にはオールNG」
「明里さんにはオールオープンにするといいよ」
ありがとう、と晴也はつい下を向く。
「明里にはショウさんがうちの社の取引先の人だってこと以外は……話したかな」
晶は頷く。晴也はもうひとつ思い出す。
「ミチルさんや優弥さんに……昼間の話はしないほうがいい?」
「俺は別にいいよ、俺たちが昼間も繋がってるって知れたら何か不都合がある?」
そこまで考えない辺り、晶は呑気だ。
「会社の利害に関わるような情報を互いに洩らしてないかってことだよ……この間新年会で早川さん、よその会社の話をしてただろ? あれだって厳しい人ならNGだ」
晶は肩を竦めた。そしてテーブルに頭がつくくらい、頭を下げた。
「申し訳ありません、そんなこと思いつきもしませんでした」
「……それでよく営業やってるよな、おまえはいっそ木許さんに俺と仲良くしてる話をして、場合によっては担当から……」
晴也は言いかけて、やめた。晶の会社は営業担当が少ない。
「ああ、俺が外れたらいいか……」
「どうしてだよ、ハルさんに会えないなら俺も外してもらう」
晴也はその子どもみたいな言葉にイラッとして、彼を睨みつけた。
「くだらないこと言うな、仕事の話してんだぞ!」
つい口調が強くなり、晴也は目を丸くした晶を見てごめん、と呟く。彼も視線を落として、叱られた犬の空気感を醸し出す。
「俺今の会社に就職するまでアルバイトしかしたことなかったからさ、そういうことあまりわからないんだ……特に日本で、同じ会社の同じ部署で夫婦揃って働けないとか……一緒に仕事してるそれぞれの会社の担当が恋人や友達同士なのはいけないことなのか?」
「公私混同するからってことだよ……木許さんの苦労が窺えるよ」
晶は珍しくもじもじした。
「社長と副社長には雇ってもらって一から教えてもらった恩がある、迷惑をかけたくない」
「だったら疑惑を招く種は排除しろ」
「……俺やハルさんが互いの会社の秘密を漏洩? ふざけるな」
晴也は困惑した。日本の会社は、従業員を信用しない。当たり前のことをよく理解していない晶に、どう説明すればいいのだろうか。
晶は口を噤んだ。少し彼らしくないような気もする。イギリスから知人が来たせいだろうか。晴也は何故その話を自分にしてくれないのだろうと思い、一人で気を揉んだ。
「……お風呂使って」
晴也は椅子ごと晶に近づき、言った。晶は疲れたように目を伏せ、うん、と小さく頷いた。眼鏡の奥の黒い瞳には、あまり光が無かった。
狭い部屋の中で、晴也はにやにやしている晶の視線から逃れられないと悟り、彼の前を横切ってベッドに置かれたスウェットを手に取る。
「ハルさんは常に面白いな」
テーブルの脇の椅子に腰を下ろし、晶は如何にも楽し気に言った。
「うるさい、俺はおまえのおもちゃじゃないぞ」
「おもちゃというよりはペットかな、文鳥みたい」
鳥かよ! 晴也は買ったばかりの小さな折りたたみ椅子を開き、晶からやや距離を置いた場所に座った。
「文鳥ってさ、あざとかわいいんだ……機嫌のいい時に手とか肩にほいほい乗ってくるんだけど、結構気がきつくて急にガッと怒って……ハルさんみたいだろ?」
「マジでうるさい」
晶は小さく笑ってから、椅子の上でひとつ伸びをした。明日は休みではない、もう寝る用意をしなくては。
「風呂入って、豆乳温めておくよ」
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「寝てしまうよ、これからの話するんじゃなかった?」
「大体分かった、ショウさんは会社に踊ってることだけオープンにする、俺は会社にはオールNG」
「明里さんにはオールオープンにするといいよ」
ありがとう、と晴也はつい下を向く。
「明里にはショウさんがうちの社の取引先の人だってこと以外は……話したかな」
晶は頷く。晴也はもうひとつ思い出す。
「ミチルさんや優弥さんに……昼間の話はしないほうがいい?」
「俺は別にいいよ、俺たちが昼間も繋がってるって知れたら何か不都合がある?」
そこまで考えない辺り、晶は呑気だ。
「会社の利害に関わるような情報を互いに洩らしてないかってことだよ……この間新年会で早川さん、よその会社の話をしてただろ? あれだって厳しい人ならNGだ」
晶は肩を竦めた。そしてテーブルに頭がつくくらい、頭を下げた。
「申し訳ありません、そんなこと思いつきもしませんでした」
「……それでよく営業やってるよな、おまえはいっそ木許さんに俺と仲良くしてる話をして、場合によっては担当から……」
晴也は言いかけて、やめた。晶の会社は営業担当が少ない。
「ああ、俺が外れたらいいか……」
「どうしてだよ、ハルさんに会えないなら俺も外してもらう」
晴也はその子どもみたいな言葉にイラッとして、彼を睨みつけた。
「くだらないこと言うな、仕事の話してんだぞ!」
つい口調が強くなり、晴也は目を丸くした晶を見てごめん、と呟く。彼も視線を落として、叱られた犬の空気感を醸し出す。
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「公私混同するからってことだよ……木許さんの苦労が窺えるよ」
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「だったら疑惑を招く種は排除しろ」
「……俺やハルさんが互いの会社の秘密を漏洩? ふざけるな」
晴也は困惑した。日本の会社は、従業員を信用しない。当たり前のことをよく理解していない晶に、どう説明すればいいのだろうか。
晶は口を噤んだ。少し彼らしくないような気もする。イギリスから知人が来たせいだろうか。晴也は何故その話を自分にしてくれないのだろうと思い、一人で気を揉んだ。
「……お風呂使って」
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