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11 風雪
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8人のうち5人が新宿方面向きの山手線に乗り、晶と天河が新宿で降りると、池袋に住む早川と2人になった。空いた席に並んで座る。
「あれ吉岡さんだよ」
早川は低い声で言った。動画の話だとすぐにわかったが、はい? と晴也はとぼける。
「学生時代なんて言ってたけど、3年ほど前まで外国で踊ってたんだ、あの人……検索に結構引っかかってきてビビった」
「そうなんですか、確かに姿勢とか歩き方綺麗ですしね、ある意味納得」
晴也はさして興味の無いふりをする。しかしエゴサーチならぬ晶サーチをするとは、早川の目的は何なのだろう。
早川は首を傾げる。
「何で隠すんだろ」
「……本人が隠しているなら探らないほうがいいですよ」
晶は別に全てを隠してはいないような気もしつつ、晴也は応じる。早川は真剣な表情で言った。
「あの人に深入りするな」
晴也は流石に驚き、彼の顔をまじまじと見てしまった。前髪が短くなったので、彼からもじっと見つめられるのがきつい。
深入りも何も、ほとんどセックスする関係だ。きっといつもの彼らしく、真面目に自分を案じてくれている早川に対して不謹慎だが、晴也は笑いを堪えた。
「深入りって、取引先の担当さん以上じゃないでしょ?」
「あいつおまえに絶対変な気持ちがあるぞ、今日だって向かいに座ってるおまえのこと見る目がヤバかった」
遂にあいつ呼ばわりかよ。晴也は笑ってしまった。早川が目を見開く。
「変な気持ちって何ですか、あの人が……早川さんの言うように俺に恋心みたいなのがあるとしても、別に俺は構わない」
駅のホームに電車が滑り込み、晴也は鞄を持ち直して立ち上がった。
「俺割とあの人好きですし」
言い放つ晴也に、早川はおい、と腰を浮かせた。あんたにはわからない。あいつが俺を好きな理由は俺にもよくわからないけど、少なくともあいつと俺は共有する秘密で繋がってる……誰にも理解できないような。
お疲れさまでした、と晴也は笑顔で早川に言い、人の群れに紛れ込んで電車を降りた。改札に向かう人の波に流されながら、晴也は気を引き締める。周囲に知られてもいいことと知られたくないことを、晶と一緒に整理する必要がある。そして、知られたくないことがバレないためにはどうすればいいか、考えないと。
ショウさんは舞い上がると脇が甘くなる傾向がある……晴也は分析する。あいつが良くても俺が困ることもあるし、逆もあるだろう。とにかくあのくそダンサーを、守ってやらないといけない。
ふと、他人のために必死になったことはないのかと、美智生に訊かれたことを思い出す。これは……ちょっと必死かもしれない。
晴也は自分に失笑する。もしかしたら早川の言う通りかもしれないのに。晶に深入りしたら、彼自身が晴也をどう思っていようと、周りに潰される可能性がある。だって自分はモブで、彼は、中央でスポットを浴びるべき人だから。
でも。今自分がそうしたいから、仕方がない。晴也は以前、一度こんな気持ちになったことがある。女装ホステスを募集する小さなバーの求人広告を、昼休みのネットサーフィンで見つけた時。そのページをスクリーンショットして、帰宅してから勤務条件などを見直し、連絡先……英子ママのスマートフォンにすぐに電話した。どうしてもそうしたかったから。
晴也はマンションに戻り、着替えてスマートフォンを鞄から出した。マメな晶が、お疲れさまのスタンプと、「早川さんに襲われなかったか笑」というメッセージを送って来ていた。晴也はトークルームを開いたまま、受話器のアイコンを押す。
「もしもし、ハルさん? どうしたの」
3回のコールで晶は電話に出た。心配そうな声色だった。
「お疲れ、おまえが変な目で俺を見てるから近づくなって早川さんに言われたぞ」
ふふふ、と笑い声がした。呑気なものだ。
「早川さんも何がしたいのかよくわからないんだけど、おまえのこといろいろ調べてるんだ、身バレするの時間の問題かなって」
「早川さんはハルさんじゃなくて俺が好きなのかな?」
くだらないこと言ってる場合か! 晴也は舌打ちしそうになる。
「真面目に考えろ、おまえだけの問題じゃないんだぞ」
「ハルさんは何を知られたくない? ちょうど訊こうと思ってたとこだったんだ」
晴也は晶の声から笑いが消えたとわかり、ひとつ息をつく。
「……女装バーでバイトしてること」
「ハルさんの会社は副業禁止?」
「会社の業務に支障が無ければ黙認だ、そこより女装を知られたくない」
「なら今日の動画はしらばっくれ続ければいい、誰もあれがハルさんだと思ってはいないだろう」
うん、と晴也は小さく同意する。
「俺と交際してることは?」
晶に訊かれて、晴也は返事を躊躇う。
「俺に遠慮することないぞ」
そんな風に先に言ってくれる彼は優しいと思う。晴也だって、本当は否定したくない。
「えっと……積極的には公表したくない」
「誰なら話していい?」
晶の言葉に、晴也は考える。
「めぎつねの人たちと……ドルフィン・ファイブもいい」
「会社はNGだな」
「ショウさんは……会社の人たちはどうなんだ? やっぱり隠す?」
晴也の問いに、晶は少し間を置いてから答える。
「……カミングアウトしてもいいんだけど……ハルさんとのことは内緒にしておくよ」
「踊ってることは?」
「それは話してもいいかなと思う」
あれっ、と晴也は思う。話しているだけで少し落ち着いてくる。そんな自分が情けない反面、何処か愛おしいようにも感じる。晶に甘えている、本当に。
「ハルさん、あのさ」
晶は声をやや明るいトーンにして、言った。
「明後日めぎつねに行くよ、その後俺ん家かハルさん家で今後について語らおう」
晴也は一人で顔を熱くした。うん、まあ、とはっきりしない返事をする。
「うーん、何で渋るの? じゃあ次の日仕事だからエッチなこと抜きで」
「……だったらいい」
「……俺と気持ちいいことするのは嫌い?」
嫌いじゃない、と思う。でも積極的にしたいとは思えない。まだ慣れなくて、とにかく恥ずかしい。
「事後にどんな顔したらいいのかわからない」
晴也の呟きに、くすくす笑う声がした。
「了解、でも我慢できなくなったら許してくれる?」
「……余裕があれば」
晶がこの部屋に来ることで話が纏まった。こんな狭いところに、と思うが、いつも泊まりっぱなしでは申し訳ないし、晶が来たそうな口調だった。
「ハルさん、怖がらないで……明里さんも拒絶しなかっただろ、ハルさんの考える以上にみんな優しいし、面と向かって嫌がらせなんかしないよ」
楽天的な晶の話を真に受ける訳にはいかないが、そんな彼にほっとしているのも事実だった。
今日も楽しかったが、近いうちに2人で会えるのも嬉しく感じた。晴也はそんなお馬鹿さんな乙女のような自分が恥ずかしかった。
「あれ吉岡さんだよ」
早川は低い声で言った。動画の話だとすぐにわかったが、はい? と晴也はとぼける。
「学生時代なんて言ってたけど、3年ほど前まで外国で踊ってたんだ、あの人……検索に結構引っかかってきてビビった」
「そうなんですか、確かに姿勢とか歩き方綺麗ですしね、ある意味納得」
晴也はさして興味の無いふりをする。しかしエゴサーチならぬ晶サーチをするとは、早川の目的は何なのだろう。
早川は首を傾げる。
「何で隠すんだろ」
「……本人が隠しているなら探らないほうがいいですよ」
晶は別に全てを隠してはいないような気もしつつ、晴也は応じる。早川は真剣な表情で言った。
「あの人に深入りするな」
晴也は流石に驚き、彼の顔をまじまじと見てしまった。前髪が短くなったので、彼からもじっと見つめられるのがきつい。
深入りも何も、ほとんどセックスする関係だ。きっといつもの彼らしく、真面目に自分を案じてくれている早川に対して不謹慎だが、晴也は笑いを堪えた。
「深入りって、取引先の担当さん以上じゃないでしょ?」
「あいつおまえに絶対変な気持ちがあるぞ、今日だって向かいに座ってるおまえのこと見る目がヤバかった」
遂にあいつ呼ばわりかよ。晴也は笑ってしまった。早川が目を見開く。
「変な気持ちって何ですか、あの人が……早川さんの言うように俺に恋心みたいなのがあるとしても、別に俺は構わない」
駅のホームに電車が滑り込み、晴也は鞄を持ち直して立ち上がった。
「俺割とあの人好きですし」
言い放つ晴也に、早川はおい、と腰を浮かせた。あんたにはわからない。あいつが俺を好きな理由は俺にもよくわからないけど、少なくともあいつと俺は共有する秘密で繋がってる……誰にも理解できないような。
お疲れさまでした、と晴也は笑顔で早川に言い、人の群れに紛れ込んで電車を降りた。改札に向かう人の波に流されながら、晴也は気を引き締める。周囲に知られてもいいことと知られたくないことを、晶と一緒に整理する必要がある。そして、知られたくないことがバレないためにはどうすればいいか、考えないと。
ショウさんは舞い上がると脇が甘くなる傾向がある……晴也は分析する。あいつが良くても俺が困ることもあるし、逆もあるだろう。とにかくあのくそダンサーを、守ってやらないといけない。
ふと、他人のために必死になったことはないのかと、美智生に訊かれたことを思い出す。これは……ちょっと必死かもしれない。
晴也は自分に失笑する。もしかしたら早川の言う通りかもしれないのに。晶に深入りしたら、彼自身が晴也をどう思っていようと、周りに潰される可能性がある。だって自分はモブで、彼は、中央でスポットを浴びるべき人だから。
でも。今自分がそうしたいから、仕方がない。晴也は以前、一度こんな気持ちになったことがある。女装ホステスを募集する小さなバーの求人広告を、昼休みのネットサーフィンで見つけた時。そのページをスクリーンショットして、帰宅してから勤務条件などを見直し、連絡先……英子ママのスマートフォンにすぐに電話した。どうしてもそうしたかったから。
晴也はマンションに戻り、着替えてスマートフォンを鞄から出した。マメな晶が、お疲れさまのスタンプと、「早川さんに襲われなかったか笑」というメッセージを送って来ていた。晴也はトークルームを開いたまま、受話器のアイコンを押す。
「もしもし、ハルさん? どうしたの」
3回のコールで晶は電話に出た。心配そうな声色だった。
「お疲れ、おまえが変な目で俺を見てるから近づくなって早川さんに言われたぞ」
ふふふ、と笑い声がした。呑気なものだ。
「早川さんも何がしたいのかよくわからないんだけど、おまえのこといろいろ調べてるんだ、身バレするの時間の問題かなって」
「早川さんはハルさんじゃなくて俺が好きなのかな?」
くだらないこと言ってる場合か! 晴也は舌打ちしそうになる。
「真面目に考えろ、おまえだけの問題じゃないんだぞ」
「ハルさんは何を知られたくない? ちょうど訊こうと思ってたとこだったんだ」
晴也は晶の声から笑いが消えたとわかり、ひとつ息をつく。
「……女装バーでバイトしてること」
「ハルさんの会社は副業禁止?」
「会社の業務に支障が無ければ黙認だ、そこより女装を知られたくない」
「なら今日の動画はしらばっくれ続ければいい、誰もあれがハルさんだと思ってはいないだろう」
うん、と晴也は小さく同意する。
「俺と交際してることは?」
晶に訊かれて、晴也は返事を躊躇う。
「俺に遠慮することないぞ」
そんな風に先に言ってくれる彼は優しいと思う。晴也だって、本当は否定したくない。
「えっと……積極的には公表したくない」
「誰なら話していい?」
晶の言葉に、晴也は考える。
「めぎつねの人たちと……ドルフィン・ファイブもいい」
「会社はNGだな」
「ショウさんは……会社の人たちはどうなんだ? やっぱり隠す?」
晴也の問いに、晶は少し間を置いてから答える。
「……カミングアウトしてもいいんだけど……ハルさんとのことは内緒にしておくよ」
「踊ってることは?」
「それは話してもいいかなと思う」
あれっ、と晴也は思う。話しているだけで少し落ち着いてくる。そんな自分が情けない反面、何処か愛おしいようにも感じる。晶に甘えている、本当に。
「ハルさん、あのさ」
晶は声をやや明るいトーンにして、言った。
「明後日めぎつねに行くよ、その後俺ん家かハルさん家で今後について語らおう」
晴也は一人で顔を熱くした。うん、まあ、とはっきりしない返事をする。
「うーん、何で渋るの? じゃあ次の日仕事だからエッチなこと抜きで」
「……だったらいい」
「……俺と気持ちいいことするのは嫌い?」
嫌いじゃない、と思う。でも積極的にしたいとは思えない。まだ慣れなくて、とにかく恥ずかしい。
「事後にどんな顔したらいいのかわからない」
晴也の呟きに、くすくす笑う声がした。
「了解、でも我慢できなくなったら許してくれる?」
「……余裕があれば」
晶がこの部屋に来ることで話が纏まった。こんな狭いところに、と思うが、いつも泊まりっぱなしでは申し訳ないし、晶が来たそうな口調だった。
「ハルさん、怖がらないで……明里さんも拒絶しなかっただろ、ハルさんの考える以上にみんな優しいし、面と向かって嫌がらせなんかしないよ」
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