夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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「どうしてハルさんはこんな自己卑下する子になったのかな」
「する子、とか言うな、俺のほうが年齢は上だぞ」

 晴也が唇を尖らせて苦情を訴えると、晶は蕩けた顔で芝居がかって両手を広げ、油断していた晴也をその中に取り込んだ。
 晴也は少し驚いたものの、比較的冷静だった。ああもう、と言いながら身体を揺すったが、簡単に離してはくれない。

「可愛い」
「……とか誰も言ってくれなかったからかな」

 晶の腕に囲い込まれ、晴也は少なからず安らいでいた。晶が何故自分をこんなに気に入っているのかは相変わらず謎だが、少なくとも彼は自分を利用したり、馬鹿にしたりしない。

「ハルさんの家は何か難しいことがあったのかな」
「いいや、普通……以上に恵まれてると思う、でも父親が若い頃は小うるさくて、姉ちゃんと明里には言わないことを男子の俺には言ったかな」

 おまえは男なんだから。そのうち言葉は変化した。おまえは男なのになぁ。どうして嫌なことは嫌だとはっきり言わないんだ。
 周りに嫌われたくないのと、勇気がないのとでへらへらしていた晴也の立ち位置が、いじられる奴になるのにそう時間はかからなかった。中学生になると、都合の良いときにだけ呼び出され、宿題をしてこない連中にノートを奪われた。高校時代、少し気になっていた女子からバレンタインデーにチョコレートを貰って有頂天になったら、ドッキリだと笑われた。
 大学生になり、高校の連中と縁が切れたので心機一転しようとした。授業に出ていない奴らにはノートは貸さない。自宅生であることを理由に、コンパは3回に1回だけ参加し、サークルの行事の全てには顔を出さない。しかしその態度は、逆に周りとの間に壁を作った。サークルの新年会に声をかけて貰えなかったり、スポーツ行事の班分けで最後まで指名して貰えなかったりした。
 晴也の黒歴史を黙って聞いていた晶は、背中を撫でながら言った。

「どうしたいのかをきちんと説明すれば良かったな、べったりは嫌だけど、参加する意志が無い訳じゃないって」
「……だから学生時代の知り合いとは会いたくないんだ、年賀状の返事も、するべきだとは思うんだけど……」

 調子に乗って女装して歩き回っているなんてバレたら、どう思われるか。

「返事が気になるならしたらいいだろ、差しさわりの無いことだけ書いて……住所を書かなけりゃ相手にはハルさんの住んでる所もわからない」

 晶は正論を口にする。晴也は、学生時代の仲間に多少未練があることを自覚した。

「……でもそんな風に過去を全部切り捨てるのは、あまりハルさんらしくないのかな?」
「……よくわからないよ、もう」

 晴也は自分を慈しんでくれる人の身体に腕を回した。ああ、温かくて気持ちいい。

「だからそうやって投げださないで考えようよ、自分がどうしたいのか」

 もういい、と思う。とりあえず今は、この心地良さにただ溺れていたい。

「……ハルさん」

 晶は返答をうながしてくる。どうしてだ。嫌なことは考えたくない。晴也は男らしい背中に置いた手で、彼のセーターを握りしめる。

「ちゃんと考えないなら家に帰すよ」

 晴也はその言葉を聞いて、ぴくりとなった。疑問と焦りが瞬時に怒りに変わり、晶の身体を思いきり突き放す。

「……何なんだよ! 何でそんな余計なこと言うんだよ、おまえにとったら簡単でくだらないことかも知れないけど……」
「うん、くだらないと思う」

 晴也は真顔で言う晶を見つめて、失望が足許から這い上がってくるのを感じた。立ち上がろうとすると、手首を掴まれた。

「離せ! 帰るっ! もう二度と会わない!」

 晶の手を振り払おうとしながら言い放つと、ひどく胸が痛んだ。二度と会わないなんて、本当にそれでいいのか?

「ほんとに瞬間湯沸かし器だな、落ち着いて……くだらないからとっとと処理しようって言ってるんだ」
「くだらないなら放っておけばいいんだろ!」
「でもハルさんは年賀状のこともずっと気にしてるじゃないか、何か痛々しくて見てられないんだって」

 うるさい、うるさい、うるさい。晴也は頭の中で晶の言葉を否定し続ける。彼が手を離してくれる様子もなく、何もかもが自分の思うようにならないのが悔しい。
 顔が熱くなってきて、視界が揺らいだ。晶の顔がよく見えない。

「ハルさんはこういう話をするとお子ちゃまになるなあ、余程わだかまりがあるんだな」

 どうして封印を破ろうとする。晴也は手首を掴まれたまま、涙をぼろぼろこぼした。こんなみっともない俺も大嫌いだ。もう、今すぐ消えてしまいたい。
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