夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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10 暴露

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 どうしてついて来てしまったのだろうと後悔しながら、晴也は既に見慣れてしまったマンションを見上げる。ここに住む男は、そんな晴也の思いに気づかないふりをしているのか、さっさと先に歩いてエントランスに入って行く。
 晶には気まずさを感じるアンテナが欠落しているようだ。電車の中でも、駅からここまでの道のりでも、晴也が口をきかないことを何とも思っていないように振る舞う。それが苛立たしい反面、どうしたのかとみだりに声をかけられるよりも気楽な気もする。
 ところが部屋に入り、晴也が脱いだ靴を揃えるべく玄関でかがむと、背中から腕が回って来た。驚く間もなくそのまま抱きしめられた。

「……来てくれてありがとう、嬉しい」

 耳許で吐息混じりに言われて、背筋がぞくぞくする。晶は膝立ちで晴也を抱いていて、コート越しでもその温もりが背中に伝わるようだった。

「うん、気まずいまま帰るの嫌だったから」

 跳ね出しそうな心臓に困りながら晴也は呟く。晶は一度腕を解き、晴也が立ち上がり自分のほうを向くのを待っていた。

「気まずい?」

 晶はあっけらかんとしていた。

「ハルさんは気を回し過ぎる」
「おまえが鈍過ぎるんだよ」

 晴也は呆れる。廊下で語らうのもおかしな話なので、リビングに向かった。
 晶はワインを冷やしているらしく、キッチンの冷蔵庫を開けた。ソファにちんまり収まった晴也は、部屋に漂う香りを嗅覚で確認して、ほっとしている自分を見出していた。

「疲れたならちょっとだけ飲んで休もう、ハルさんの好きなように過ごせばいい」

 そう言われても。晶が栓抜きで手際良くワインの栓を開けて、グラスにとぽとぽと注ぐ。パイナップルはスライスされた生のものに、ナイフで切り込みを入れ食べやすいようにする。その器用な手の動きに見惚れた。
 晶はグラスとパイナップルの載った皿を手にして、晴也の右に座る。甘いワインに酸味の強いパイナップルは、よく合った。晴也は思わず言う。

「美味しい」

 晶は晴也が笑顔を見せたのが嬉しかったのだろう、眼鏡の奥の目を細める。それを見て晴也は、いつも自分を楽しませようと心を砕くこの男に、何も返してやれないと感じる。

「ハルさんと俺は食べ物の嗜好も似てる、それは一緒にやっていく上では大切だ」
「……あのさ、……一緒にやってくってどういうニュアンスな訳?」

 晴也が恐る恐る問うと、晶はややだらしない笑みを見せた。

「そのまんまだよ」
「あ、そう……」
「あっちの相性も良かったらいいなととても期待しています」
「……だからセックスは」
「しない? ほんとに? 年末にしたことってほぼセックスだと思うけど?」

 晴也はワインのせいでなく、耳まで朱に染めた。やっぱりそんな風に受け取られていると知り、恥ずかしくてこの場から去りたくなる。

「ハルさんはおぼこい女子高生みたいだなあ……こんな可愛い生き物が俺の周りにまだ生息していたなんて、奇跡を感じる」
「うるさい、馬鹿にして!」

 馬鹿になんかしてない、と晶は真面目な顔で言う。馬鹿にしていないなら、それはそれで小っ恥ずかしいのだ。

「おまえっていつもそうやってあけすけに言うけど、聞かされる身になれよ! 恥ずくて死にそうなんだよっ」

 晴也の必死の訴えに、晶は声を上げて笑った。晴也はムカッとする。

「そこ笑うとこじゃねぇよ!」
「ごめん、でも可愛くてこっちが悶え死にそう」
「ほんっとに考えが合わないなっ! そういう無駄な欧米風は俺ついていけない!」

 晴也がワインをあおると、晶はしつこく笑いながら空になったグラスにおかわりを注いだ。

「いやいや、ハルさん聞いて」

 晶のグラスがほぼ空になっているのに気づき、晴也はゆっくりたっぷり注いでやる。

「欧米風かどうかはともかく、以心伝心って無いんだよ」

 へ? と晴也はワインの瓶を持ったまま、首を傾げた。

「黙ってたら相手に何も通じないんだ、言わずとも察するなんてことは、人間には出来ないってこと」

 晶の目は真剣だった。

「だから俺は思ったことは全部伝えるようにしてる、相手が嫌な思いをする言葉でない限りは」

 晴也もムカつきをかたわらに置いて、晶の黒い瞳を見つめた。……そうなのかもしれない。それくらい察せよ、というのが通用しないことは、確かにある。
 晴也はちくりと胸の深いところを刺された気がした。察してくれないといって、勝手に相手から距離を置いたことはなかったか。……かなりあったと思う。

「だからハルさんも黙り込んじゃいけない、自分が損するだけだ……それに相手の言葉を最後まで聞かず早急に判断するのも」

 晴也は俯いた。何故か思い浮かんだのは、三松夫妻からの年賀状だった。
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