夜は異世界で舞う

穂祥 舞

文字の大きさ
上 下
80 / 229
10 暴露

7

しおりを挟む
「ハルは俺の源氏名だ」

 晴也は覚悟を決めて明里に告げた。

「ルーチェの近くのバーで週2日バイトしてる、美智生さんと一緒に」

 明里の返事は無かった。すると白い軽自動車がやって来て、2人のそばに静かに停まった。運転席から眼鏡をかけた晶が顔を覗かせる。

「お待たせ」
「ありがとう、……明里、前行って」

 明里に助手席に座るように言い、晴也は後ろのドアを開けた。暖かい車内に落ち着き、明里がシートベルトを締めると、車がゆっくり動き出す。

「今日はありがとうございました、楽しんでいただけたようで嬉しいです」

 晶の言葉に、明里は戸惑いながら応じる。

「あ、はい、ほんとに素敵でした、また来ます……お疲れのところ送っていただいて申し訳ありません」

 いえいえ、と晶は本当に何でもない風に言った。明里は信号で車が止まると、意を決したように彼に訊く。

「兄と……ショウさん、吉岡さんってどういう関係なんですか?」

 えっと、と晶は前置きした。

「晴也さんの認識は違うかも知れませんが、私が交際して欲しいと申し出ています」

 明里の声が上擦った。

「えっ、あの、兄と、ですか……?」

 晶はルームミラー越しに晴也を見てきた。晴也はどう言うべきか迷う。信号が変わり、車がのんびり発進した。

「ええ、私はゲイなんで……ロンドンで踊っていた頃の私のことを割とご存知のようだと晴也さんから聞きましたけれど、そういう情報は入ってませんか?」

 明里はいえ、とかぶりを振った。

「あっちにいる頃隠してなかったんですけどね、今はちょっと隠してます」
「あ、そうなんですね、わかりました」
「晴也さんはノンケ……ノーマルなので私が悪戦苦闘中です」

 晶は笑う。明里は助手席から後ろを向いて、晴也に言った。

「じゃあお兄ちゃんは吉岡さんの好意を利用して、こんな風に送らせたりしてるってことなんだ……最低」
「はあっ? 利用なんかしてない、俺は……」

 言葉が続かなかった。晶が言葉を引き継ぐ。

「私の求めるものとは種類が違うかも知れないけれど、晴也さんは私に好意を示してくれていますし、私が好きでしてることですから」

 車がマンションの前に停まる。明里はありがとうございます、とやはりきちんと礼を言ってからドアを開けた。流れ込む冷えた空気にひとつ震えてから、晴也はごめん、と晶につい言う。

「何を謝ってるんだ、ちゃんと説明してやれよ……良い方に転ぶことを祈ってる」

 晶は晴也を振り返りながら言った。そしてドアの向こうでマンションを見上げる明里をちらっと見てから、晴也の頬に右手を伸ばす。

「そんな顔しないで、ハルさんがあかりさんに理解して欲しいことを嘘偽りなく伝えたら、悪いようにはならないよ」

 冷えた頬に、晶のてのひらは温かくて心地良かった。

「必要なら昼間の俺の話もすればいい」
「……ありがとう」

 晴也は胸をきゅっと締めつけられる。妹が寒い中、車の外で待っているというのに、この場を離れ難い。頬を包む手の甲にそっと指で触れると、今まで知らなかった喜びの感情が胸の中に溢れてきた。

「……俺の求める種類の好意を示してくれてると思っていい? ハルさん……」

 眼鏡の奥の晶の目は、ちょっと切なげに細められていた。晴也は目を伏せる。心臓がどきどきして、呼吸が浅くなる。

「……もう少し時間が欲しい、俺ショウさんのこと好きだ、でも」
「わかった、俺もハルさんが納得した言葉が欲しいから……おやすみ」

 晶は言って身を乗り出し、す早く晴也の額に口づけた。それだけで顔が火照る。
 車を降りてマンションのエントランスに入ると、白い軽自動車はゆっくりと来た道を戻って行った。それを見送る兄を見て、明里は言う。

「お兄ちゃんあの人のこと好きなんじゃん、別れ際に何してたか知らないけど、恋する中学生みたいに赤いほっぺたしちゃってさ」

 晴也は言葉を返せず、黙ってエレベーターのボタンを押した。

「ショウってよく見たらイケメンだよね、眼鏡かけたらすげぇ色っぽい……お兄ちゃんの好きなタイプの顔でしょ? 知ってるんだからね」
「……うるさい、黙れ」

 エレベーターに乗り込むと、明里はくすくす笑い出した。

「陰キャでコミュ障の俺に、イケメントップダンサーが迫ってきます」
「何だよそれ」
「お兄ちゃんの現状をBLのタイトル風に表現してみた」
「……ほんとうるさいわ」
「副題、もう少しでほだされそうです」

 晴也は部屋の鍵を開けながら、明里の考えた副題を校正した。もうほとんど絆されています。
 晴也は失念していた。明里は自分なんかより、恋愛経験がずっと豊富なのだ。自分の態度を見れば、大体のことはわかるのだろう。隠しても無駄だ。……そう考えると、少し気が楽になるような気がした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

処理中です...