夜は異世界で舞う

穂祥 舞

文字の大きさ
上 下
78 / 229
10 暴露

5

しおりを挟む
 決めた時間の10分前に明里は新宿駅にやって来た。コートに隠れているものの、有楽町に観劇に行くような格好をして来たと、彼女の髪やメイクから察せられた。晴也は苦笑する。ちょっとそんな感じでは無いからだ。言ってもルーチェは、新宿2丁目である。

「なぁにお兄ちゃん、普通のカッコなの?」

 明里は不満げに言った。晴也は彼女をうながしながら言う。

「だってまあ、ショーパブだし」
「でも踊るのは一流のダンサーたちよ? 彼らへのリスペクトが足りないよ」
「おまえいつもジェンヌさんたちをリスペクトして綺麗なカッコで東宝に行くの?」

 そうよ、と明里はつんと顔を上げる。晴也は小さく笑った。
 今夜は彼女を泊めてやることになっている。そのために婦人服を衣装ケースに押し込め、洗面所から基礎化粧品以外のメイク道具を撤去した。それでも美智生のように、家にあるもので女装していることがバレたら、もう腹をくくろうと晴也は思っていた。
 いつものように半地下への階段を降りると、店員がにこやかに迎えてくれた。先月とは違い、特に新年らしい装飾も無く、いつものルーチェである。明里は少しどぎまぎしながら、コートと着替えの入ったバッグを預けて、晴也について来る。

「……こんな狭い舞台なの?」

 明里はステージを見て晴也に囁いた。いつもタカラヅカや劇団四季を観ていれば、このスペースで男5人が踊るなんて、信じられないだろうと思う。

「そうだよ、アングラ劇場だし」
「大昔こういうとこでチェーホフ観たわ」
「ストレートプレイ? 何かそのほうが際どそう」

 いつものカウンター席には、美智生が先に着いてビールを飲んでいた。

「ハルちゃんこんばんは、そちらが妹さん? 初めまして、樫原といいます」

 美智生は人好きのする笑顔を見せて言う。晴也は常々感じるのだが、彼はきっと昼間も人に接する仕事をしているように思う。
 明里は男の姿でもスマートな美智生に、ちょっと照れのようなものを見せて、挨拶した。晴也はビールを2つ注文する。

「あまり似てないね、意外」
「家族5人で兄だけ別種の顔なんです」

 美智生の言葉に明里は笑顔で応じる。晴也は家庭での会話をこんな場所で持ち出されて、気恥ずかしくなった。

「俺だけ母方の伯母に似てるんですよ」

 晴也は苦笑混じりに言う。晴也ちゃんだけ似てないね、と親戚たちからよく言われて、子どもの頃は密かに傷ついていた。うちの子じゃないと言われているように思えたのだ。
 美智生は楽しげに話を繋ぐ。

「で、もう1人お姉さんがいるんだよね」
「はい、でも私は姉より兄とのほうが話しやすいし、こういうところに連れて来てくれるから嬉しいんです」
「夜中の新宿に?」
「やだ、そうじゃなくて、面白そうな舞台に、ですよ」

 晴也は明里にそんな風に思われていることに驚き、彼女が初対面の男性と物怖じせず話を弾ませることに感心する。
 晴也が腰掛けて席を見渡すと、藤田と牧野がこちらに向かって手を振っていた。晴也はビールのグラス片手に笑顔で手を振り返す。

「うわぁお兄ちゃん、パブで女の人たちとコンタクトしてるとか何なの? 今更デビューしてるの?」

 明里の突っ込みに美智生が笑う。

「明里さんの知らないお兄さんがここにはいるみたいだね」
「だって学生時代から陰キャで通してるんですよ、この人」
「俺の知る限りハルちゃんは陰キャじゃないけどなぁ」

 上手く話を運んでくれる美智生が頼もしく安心だと晴也は思う。これが晶だと、晴也をはらはらさせるために要らないことを言う可能性が高いからだ。
 やがて客席の照明が落ちた。舞台上で人が動く気配がして、それがぴたっと止まると照明が入る。紋付き袴姿の5人の男たちが並んで正座するのを見て、客席が湧く。

「皆さま、あけましておめでとうございます!」

 ユウヤの声に合わせて、5人が動きをぴったり合わせて、手をつき頭を下げた。大きな拍手が店内に満ち、彼らの上半身がゆっくりと起きる。

「昨年皆さまにご愛顧いただき、おかげ様で今年も切られずに済みそうです」

 ユウヤの言葉に笑いが起きた。

「今年も皆さまに楽しんでいただけますよう、一同励んで参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます」

 5人は再度頭をゆっくり下げた。拍手の中、明里が興奮して晴也に言う。

「素敵、歌舞伎の口上みたい」

 晴也はうん、と答えながら、ショウの姿に見惚れていた。正月に彼が紋付きを着たらなどと妄想していたが、こんな早くにそれを目にするとは思わなかった。眼福である。
 テンポの良い音楽が始まり、男たちは立ち上がってささっと袖に引っ込むと、数小節でソフトスーツ姿になり飛び出して来た。明里が思わずといったようにひゃっ、と息を吸う。軽やかなダンスが展開して、客席から手拍子が起こった。

「かっこいい、えーっ何なの、楽しいっ」

 明里が手を叩きながら晴也に言うのを見て、美智生が笑った。掴みはバッチリというところだった。
 クリスマスのショーから少し間が空いたこともあるのか、客席は最初からテンションが高く、ダンサーたちは皆楽しげで満面の笑みである。ショウが上手のカウンター席に視線を残してターンしたり、振り向きざまにウィンクしたりするので、明里がますますエキサイトする。

「ちょっとお兄ちゃん、ショウめっちゃこっち見て来るような気がするんだけど!」

 晴也もやや照れて困惑した。新年のサービスなのか、ダンサーたちはそれぞれ贔屓にしてくれる客に目線を送っているようではあるが、ショウの視線は何せ力が強い。
 ユウヤがこちらに向かって小さく手を振ると、美智生は迷わず振り返す。明里はそれにも驚く。

「えーっ、樫原さん篠崎優弥と親しいんですかっ⁉」
「俺ストーカーファンだもーん」

 美智生の返事に明里が嘘ぉ、と小さく叫ぶ。1曲目から興奮し過ぎだろう。晴也は妹が倒れてしまわないか、心配になってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

女子に間違えられました、、

夜碧ひな
青春
1:文化祭で女装コンテストに強制的に出場させられた有川 日向。コンテスト終了後、日向を可愛い女子だと間違えた1年先輩の朝日 滉太から告白を受ける。猛アピールをしてくる滉太に仕方なくOKしてしまう日向。 果たして2人の運命とは? 2:そこから数ヶ月。また新たなスタートをきった日向たち。が、そこに新たな人物が!? そして周りの人物達が引き起こすハチャメチャストーリーとは! ちょっと不思議なヒューマンラブコメディー。 ※この物語はフィクション作品です。個名、団体などは現実世界において一切関係ありません。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

女子に虐められる僕

大衆娯楽
主人公が女子校生にいじめられて堕ちていく話です。恥辱、強制女装、女性からのいじめなど好きな方どうぞ

永遠の快楽

桜小路勇人/舘石奈々
BL
万引きをしたのが見つかってしまい脅された「僕」がされた事は・・・・・ ※タイトル変更しました※ 全11話毎日22時に続話更新予定です

娘の競泳コーチを相手にメス堕ちしたイクメンパパ

藤咲レン
BL
【毎日朝7:00に更新します】 既婚ゲイの佐藤ダイゴは娘をスイミングスクールに通わせた。そこにいたインストラクターの山田ケンタに心を奪われ、妻との結婚で封印していたゲイとしての感覚を徐々に思い出し・・・。 キャラ設定 ・佐藤ダイゴ。28歳。既婚ゲイ。妻と娘の3人暮らしで愛妻家のイクメンパパ。過去はドMのウケだった。 ・山田ケンタ。24歳。体育大学出身で水泳教室インストラクター。子供たちの前では可愛さを出しているが、本当は体育会系キャラでドS。

処理中です...