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10 暴露
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決めた時間の10分前に明里は新宿駅にやって来た。コートに隠れているものの、有楽町に観劇に行くような格好をして来たと、彼女の髪やメイクから察せられた。晴也は苦笑する。ちょっとそんな感じでは無いからだ。言ってもルーチェは、新宿2丁目である。
「なぁにお兄ちゃん、普通のカッコなの?」
明里は不満げに言った。晴也は彼女を促しながら言う。
「だってまあ、ショーパブだし」
「でも踊るのは一流のダンサーたちよ? 彼らへのリスペクトが足りないよ」
「おまえいつもジェンヌさんたちをリスペクトして綺麗なカッコで東宝に行くの?」
そうよ、と明里はつんと顔を上げる。晴也は小さく笑った。
今夜は彼女を泊めてやることになっている。そのために婦人服を衣装ケースに押し込め、洗面所から基礎化粧品以外のメイク道具を撤去した。それでも美智生のように、家にあるもので女装していることがバレたら、もう腹を括ろうと晴也は思っていた。
いつものように半地下への階段を降りると、店員がにこやかに迎えてくれた。先月とは違い、特に新年らしい装飾も無く、いつものルーチェである。明里は少しどぎまぎしながら、コートと着替えの入ったバッグを預けて、晴也について来る。
「……こんな狭い舞台なの?」
明里はステージを見て晴也に囁いた。いつもタカラヅカや劇団四季を観ていれば、このスペースで男5人が踊るなんて、信じられないだろうと思う。
「そうだよ、アングラ劇場だし」
「大昔こういうとこでチェーホフ観たわ」
「ストレートプレイ? 何かそのほうが際どそう」
いつものカウンター席には、美智生が先に着いてビールを飲んでいた。
「ハルちゃんこんばんは、そちらが妹さん? 初めまして、樫原といいます」
美智生は人好きのする笑顔を見せて言う。晴也は常々感じるのだが、彼はきっと昼間も人に接する仕事をしているように思う。
明里は男の姿でもスマートな美智生に、ちょっと照れのようなものを見せて、挨拶した。晴也はビールを2つ注文する。
「あまり似てないね、意外」
「家族5人で兄だけ別種の顔なんです」
美智生の言葉に明里は笑顔で応じる。晴也は家庭での会話をこんな場所で持ち出されて、気恥ずかしくなった。
「俺だけ母方の伯母に似てるんですよ」
晴也は苦笑混じりに言う。晴也ちゃんだけ似てないね、と親戚たちからよく言われて、子どもの頃は密かに傷ついていた。うちの子じゃないと言われているように思えたのだ。
美智生は楽しげに話を繋ぐ。
「で、もう1人お姉さんがいるんだよね」
「はい、でも私は姉より兄とのほうが話しやすいし、こういうところに連れて来てくれるから嬉しいんです」
「夜中の新宿に?」
「やだ、そうじゃなくて、面白そうな舞台に、ですよ」
晴也は明里にそんな風に思われていることに驚き、彼女が初対面の男性と物怖じせず話を弾ませることに感心する。
晴也が腰掛けて席を見渡すと、藤田と牧野がこちらに向かって手を振っていた。晴也はビールのグラス片手に笑顔で手を振り返す。
「うわぁお兄ちゃん、パブで女の人たちとコンタクトしてるとか何なの? 今更デビューしてるの?」
明里の突っ込みに美智生が笑う。
「明里さんの知らないお兄さんがここにはいるみたいだね」
「だって学生時代から陰キャで通してるんですよ、この人」
「俺の知る限りハルちゃんは陰キャじゃないけどなぁ」
上手く話を運んでくれる美智生が頼もしく安心だと晴也は思う。これが晶だと、晴也をはらはらさせるために要らないことを言う可能性が高いからだ。
やがて客席の照明が落ちた。舞台上で人が動く気配がして、それがぴたっと止まると照明が入る。紋付き袴姿の5人の男たちが並んで正座するのを見て、客席が湧く。
「皆さま、あけましておめでとうございます!」
ユウヤの声に合わせて、5人が動きをぴったり合わせて、手をつき頭を下げた。大きな拍手が店内に満ち、彼らの上半身がゆっくりと起きる。
「昨年皆さまにご愛顧いただき、おかげ様で今年も切られずに済みそうです」
ユウヤの言葉に笑いが起きた。
「今年も皆さまに楽しんでいただけますよう、一同励んで参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます」
5人は再度頭をゆっくり下げた。拍手の中、明里が興奮して晴也に言う。
「素敵、歌舞伎の口上みたい」
晴也はうん、と答えながら、ショウの姿に見惚れていた。正月に彼が紋付きを着たらなどと妄想していたが、こんな早くにそれを目にするとは思わなかった。眼福である。
テンポの良い音楽が始まり、男たちは立ち上がってささっと袖に引っ込むと、数小節でソフトスーツ姿になり飛び出して来た。明里が思わずといったようにひゃっ、と息を吸う。軽やかなダンスが展開して、客席から手拍子が起こった。
「かっこいい、えーっ何なの、楽しいっ」
明里が手を叩きながら晴也に言うのを見て、美智生が笑った。掴みはバッチリというところだった。
クリスマスのショーから少し間が空いたこともあるのか、客席は最初からテンションが高く、ダンサーたちは皆楽しげで満面の笑みである。ショウが上手のカウンター席に視線を残してターンしたり、振り向きざまにウィンクしたりするので、明里がますますエキサイトする。
「ちょっとお兄ちゃん、ショウめっちゃこっち見て来るような気がするんだけど!」
晴也もやや照れて困惑した。新年のサービスなのか、ダンサーたちはそれぞれ贔屓にしてくれる客に目線を送っているようではあるが、ショウの視線は何せ力が強い。
ユウヤがこちらに向かって小さく手を振ると、美智生は迷わず振り返す。明里はそれにも驚く。
「えーっ、樫原さん篠崎優弥と親しいんですかっ⁉」
「俺ストーカーファンだもーん」
美智生の返事に明里が嘘ぉ、と小さく叫ぶ。1曲目から興奮し過ぎだろう。晴也は妹が倒れてしまわないか、心配になってきた。
「なぁにお兄ちゃん、普通のカッコなの?」
明里は不満げに言った。晴也は彼女を促しながら言う。
「だってまあ、ショーパブだし」
「でも踊るのは一流のダンサーたちよ? 彼らへのリスペクトが足りないよ」
「おまえいつもジェンヌさんたちをリスペクトして綺麗なカッコで東宝に行くの?」
そうよ、と明里はつんと顔を上げる。晴也は小さく笑った。
今夜は彼女を泊めてやることになっている。そのために婦人服を衣装ケースに押し込め、洗面所から基礎化粧品以外のメイク道具を撤去した。それでも美智生のように、家にあるもので女装していることがバレたら、もう腹を括ろうと晴也は思っていた。
いつものように半地下への階段を降りると、店員がにこやかに迎えてくれた。先月とは違い、特に新年らしい装飾も無く、いつものルーチェである。明里は少しどぎまぎしながら、コートと着替えの入ったバッグを預けて、晴也について来る。
「……こんな狭い舞台なの?」
明里はステージを見て晴也に囁いた。いつもタカラヅカや劇団四季を観ていれば、このスペースで男5人が踊るなんて、信じられないだろうと思う。
「そうだよ、アングラ劇場だし」
「大昔こういうとこでチェーホフ観たわ」
「ストレートプレイ? 何かそのほうが際どそう」
いつものカウンター席には、美智生が先に着いてビールを飲んでいた。
「ハルちゃんこんばんは、そちらが妹さん? 初めまして、樫原といいます」
美智生は人好きのする笑顔を見せて言う。晴也は常々感じるのだが、彼はきっと昼間も人に接する仕事をしているように思う。
明里は男の姿でもスマートな美智生に、ちょっと照れのようなものを見せて、挨拶した。晴也はビールを2つ注文する。
「あまり似てないね、意外」
「家族5人で兄だけ別種の顔なんです」
美智生の言葉に明里は笑顔で応じる。晴也は家庭での会話をこんな場所で持ち出されて、気恥ずかしくなった。
「俺だけ母方の伯母に似てるんですよ」
晴也は苦笑混じりに言う。晴也ちゃんだけ似てないね、と親戚たちからよく言われて、子どもの頃は密かに傷ついていた。うちの子じゃないと言われているように思えたのだ。
美智生は楽しげに話を繋ぐ。
「で、もう1人お姉さんがいるんだよね」
「はい、でも私は姉より兄とのほうが話しやすいし、こういうところに連れて来てくれるから嬉しいんです」
「夜中の新宿に?」
「やだ、そうじゃなくて、面白そうな舞台に、ですよ」
晴也は明里にそんな風に思われていることに驚き、彼女が初対面の男性と物怖じせず話を弾ませることに感心する。
晴也が腰掛けて席を見渡すと、藤田と牧野がこちらに向かって手を振っていた。晴也はビールのグラス片手に笑顔で手を振り返す。
「うわぁお兄ちゃん、パブで女の人たちとコンタクトしてるとか何なの? 今更デビューしてるの?」
明里の突っ込みに美智生が笑う。
「明里さんの知らないお兄さんがここにはいるみたいだね」
「だって学生時代から陰キャで通してるんですよ、この人」
「俺の知る限りハルちゃんは陰キャじゃないけどなぁ」
上手く話を運んでくれる美智生が頼もしく安心だと晴也は思う。これが晶だと、晴也をはらはらさせるために要らないことを言う可能性が高いからだ。
やがて客席の照明が落ちた。舞台上で人が動く気配がして、それがぴたっと止まると照明が入る。紋付き袴姿の5人の男たちが並んで正座するのを見て、客席が湧く。
「皆さま、あけましておめでとうございます!」
ユウヤの声に合わせて、5人が動きをぴったり合わせて、手をつき頭を下げた。大きな拍手が店内に満ち、彼らの上半身がゆっくりと起きる。
「昨年皆さまにご愛顧いただき、おかげ様で今年も切られずに済みそうです」
ユウヤの言葉に笑いが起きた。
「今年も皆さまに楽しんでいただけますよう、一同励んで参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます」
5人は再度頭をゆっくり下げた。拍手の中、明里が興奮して晴也に言う。
「素敵、歌舞伎の口上みたい」
晴也はうん、と答えながら、ショウの姿に見惚れていた。正月に彼が紋付きを着たらなどと妄想していたが、こんな早くにそれを目にするとは思わなかった。眼福である。
テンポの良い音楽が始まり、男たちは立ち上がってささっと袖に引っ込むと、数小節でソフトスーツ姿になり飛び出して来た。明里が思わずといったようにひゃっ、と息を吸う。軽やかなダンスが展開して、客席から手拍子が起こった。
「かっこいい、えーっ何なの、楽しいっ」
明里が手を叩きながら晴也に言うのを見て、美智生が笑った。掴みはバッチリというところだった。
クリスマスのショーから少し間が空いたこともあるのか、客席は最初からテンションが高く、ダンサーたちは皆楽しげで満面の笑みである。ショウが上手のカウンター席に視線を残してターンしたり、振り向きざまにウィンクしたりするので、明里がますますエキサイトする。
「ちょっとお兄ちゃん、ショウめっちゃこっち見て来るような気がするんだけど!」
晴也もやや照れて困惑した。新年のサービスなのか、ダンサーたちはそれぞれ贔屓にしてくれる客に目線を送っているようではあるが、ショウの視線は何せ力が強い。
ユウヤがこちらに向かって小さく手を振ると、美智生は迷わず振り返す。明里はそれにも驚く。
「えーっ、樫原さん篠崎優弥と親しいんですかっ⁉」
「俺ストーカーファンだもーん」
美智生の返事に明里が嘘ぉ、と小さく叫ぶ。1曲目から興奮し過ぎだろう。晴也は妹が倒れてしまわないか、心配になってきた。
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