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9 結花
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完全にそのまま眠っていたが、幾許かの時間の後、何かのはずみに晴也の意識が淡く覚醒した。ああ、暖かくて気持ちいい。いい匂いがする。
晴也は脳内をふわふわさせながら、数時間前の出来事を反芻しようとした。何かいろいろ楽しかったんだっけ。
……あっ。晴也ははたと自分が何処で何をしているのかを思い出す。薄闇の中で目を開き、すぐそばに他人の顔の輪郭を確認した。流石にがっちりと抱きしめられてはいなかったが、晶の手は晴也の腕にかかっていて、彼の体温や呼吸を感じるには十分な距離感だった。
いやいや、これはどういう関係性なんだろう? 晴也は薄暗い中で、幸せそうに熟睡しているくそダンサーの、形の良い唇や筆ですっと描いたような閉じた目を観察しながら考える。こいつは俺が好きらしい。しかも性的な意味で。俺もこいつがたぶん好きなんだが……昼間出会った同級生、三松を友達だと思っていたのとはだいぶ違う。でも、田宮……三松の妻に抱いていた、淡くときめきを含んだ気持ちとも少し違う。
ほんときれいな顔だな。晴也はどちらかと言うと地味な、しかし踊り始めると内側から光を放ち始めるイケメンに見惚れる。
でも、彼は自分とは違う世界で生きる人だ。昨夜のルーチェのショーや、今夜のスクランブル交差点でのハプニングのように、彼が自分をそのダンスの虜にしてくれる度に、晴也は少し寂しさを感じる。彼と自分は、夜の新宿という異世界でニアミスしただけ。だから、あまり深入りしてはいけない……考えているうちに、何となく泣けそうになる。
晶がもぞもぞと肩を動かした。晴也は彼を起こさないよう、息を詰めてじっとしていたが、やがて彼の瞼がゆっくり持ち上がった。
「……ハルさん? 眠れないの?」
声までぽやぽやしていた。可愛いなと思いながら、晴也は静かに答える。
「ううん、熟睡してた、今ちょっと目が覚めただけ」
「……何かマイナス思考に陥ってたかな?」
そうとも言えるが、そんな深刻なものでもないような。というか、何でそう思うんだろう。
「ハルさんの気持ちを曇らせるグレーの雲を食べてあげる」
「バクかおまえは」
バクが食べるのは悪夢か。ああ、こいつといると薄ピンクの雲が胸の中にもくもくするなぁ。これは何の成分で出来ているのだろう。
その時、温かい軟体動物が唇に軽く触れて離れた。晶があまりに自然に動いたので、晴也は驚く暇も無かった。
もう一度。柔らかい生き物は、今度はもう少し長い時間晴也の唇の上に留まっていた。別に嫌ではないので、好きにさせておく。
「ハルさんが好きだ」
間を置かず左の耳の穴に、吐息混じりの言葉を直接ねじ込まれて、晴也はびくりとなった。何となく晴也の身体を囲っていた逞しい腕が、意思を持って拘束してくる。頬がじわりと熱くなった。
3度目に唇を塞いできた晶は、昨日と同様に包み込むような動きをしてから、晴也のぎこちない唇をこじ開け始めた。えっ、これは何なんだ、何をしようとしてるんだ? どっくん、と心臓が大きく跳ねる。
唇よりも熱いものが口の中に入ってきた時、反射的に拒絶しようとした晴也だったが、自分のものでない心臓の動きを胸の上に感じて、あっ、と思う。深く長い呼吸をするはずの晶の鼓動は、明らかに速かった。こんな図々しいことを仕掛けておきながら、どきどきしてるんだ、このエロダンサー。
晴也は自分の舌を絡め取られて、びっくりして声にならない音を発した。晶は宥めるように、晴也をつついたり撫でたりしてくる。そのうちそれが未知の感覚をもたらし始め、背筋がぞくぞくしてきた。ざらりとした感触と滑りが交代に押し寄せてくると、頭の中がじわりと痺れ、勝手に腰がぴくりと震えた。晴也を貪っていた晶の舌が撤退して、冷たい空気が代わりに入ってくる。
「初めてにしては上手かな、気持ち良くなって来た?」
晶の笑い混じりの声に、晴也は恥ずかしさのあまり逃げ出しそうになった。拘束されているので、10センチも動けなかったが。
「おっおまえ、俺をどうするつもりなんだよっ」
声が震えたのがまた羞恥を増幅させる。晴也は耳たぶを唇に挟まれて、ひゃっと声を上げた。晶は耳に口をつけたまま言う。
「いい感じ、もっとそんな声出して」
「待ってショウさん、マジで……」
熱い唇が首筋を伝い降りて来て、晴也は言葉を切ってしまう。背筋と腰がぞくぞくして、身体の内側から勝手に熱が生まれてくる。暑い、何なんだよこれ。
「首気持ちいいんだ、肌が熱くなってきたよ……聞いてハルさん」
晶は顔を上げ、薄闇の中でもわかるくらい、晴也に熱量の高い視線を注いでくる。どうしよう、覚悟が足りなかった、怖い。でも何となく気持ち良かったりやめないで欲しかったりもっとして欲しかったりこいつのこと好きだったり、えっと好きだからして欲しいのか?
「今夜はハルさんが何処をどうされたら気持ちいいのか探索したい」
晴也は自分の気持ちが整理できていないのに、そんなことを言われて思わず首を小さく振った。
「やめろ、恥ずかしいからほんとやめて」
「恥ずかしがらなくていいし怖いことでもない……もちろんどうしても嫌だったら言って、無理強いはしたくない」
晶は真剣である。何で俺なんかに……晴也は困り果てる。明日の朝になったら、いや今すぐにでも、がっかりするんじゃないのか。
晴也は脳内をふわふわさせながら、数時間前の出来事を反芻しようとした。何かいろいろ楽しかったんだっけ。
……あっ。晴也ははたと自分が何処で何をしているのかを思い出す。薄闇の中で目を開き、すぐそばに他人の顔の輪郭を確認した。流石にがっちりと抱きしめられてはいなかったが、晶の手は晴也の腕にかかっていて、彼の体温や呼吸を感じるには十分な距離感だった。
いやいや、これはどういう関係性なんだろう? 晴也は薄暗い中で、幸せそうに熟睡しているくそダンサーの、形の良い唇や筆ですっと描いたような閉じた目を観察しながら考える。こいつは俺が好きらしい。しかも性的な意味で。俺もこいつがたぶん好きなんだが……昼間出会った同級生、三松を友達だと思っていたのとはだいぶ違う。でも、田宮……三松の妻に抱いていた、淡くときめきを含んだ気持ちとも少し違う。
ほんときれいな顔だな。晴也はどちらかと言うと地味な、しかし踊り始めると内側から光を放ち始めるイケメンに見惚れる。
でも、彼は自分とは違う世界で生きる人だ。昨夜のルーチェのショーや、今夜のスクランブル交差点でのハプニングのように、彼が自分をそのダンスの虜にしてくれる度に、晴也は少し寂しさを感じる。彼と自分は、夜の新宿という異世界でニアミスしただけ。だから、あまり深入りしてはいけない……考えているうちに、何となく泣けそうになる。
晶がもぞもぞと肩を動かした。晴也は彼を起こさないよう、息を詰めてじっとしていたが、やがて彼の瞼がゆっくり持ち上がった。
「……ハルさん? 眠れないの?」
声までぽやぽやしていた。可愛いなと思いながら、晴也は静かに答える。
「ううん、熟睡してた、今ちょっと目が覚めただけ」
「……何かマイナス思考に陥ってたかな?」
そうとも言えるが、そんな深刻なものでもないような。というか、何でそう思うんだろう。
「ハルさんの気持ちを曇らせるグレーの雲を食べてあげる」
「バクかおまえは」
バクが食べるのは悪夢か。ああ、こいつといると薄ピンクの雲が胸の中にもくもくするなぁ。これは何の成分で出来ているのだろう。
その時、温かい軟体動物が唇に軽く触れて離れた。晶があまりに自然に動いたので、晴也は驚く暇も無かった。
もう一度。柔らかい生き物は、今度はもう少し長い時間晴也の唇の上に留まっていた。別に嫌ではないので、好きにさせておく。
「ハルさんが好きだ」
間を置かず左の耳の穴に、吐息混じりの言葉を直接ねじ込まれて、晴也はびくりとなった。何となく晴也の身体を囲っていた逞しい腕が、意思を持って拘束してくる。頬がじわりと熱くなった。
3度目に唇を塞いできた晶は、昨日と同様に包み込むような動きをしてから、晴也のぎこちない唇をこじ開け始めた。えっ、これは何なんだ、何をしようとしてるんだ? どっくん、と心臓が大きく跳ねる。
唇よりも熱いものが口の中に入ってきた時、反射的に拒絶しようとした晴也だったが、自分のものでない心臓の動きを胸の上に感じて、あっ、と思う。深く長い呼吸をするはずの晶の鼓動は、明らかに速かった。こんな図々しいことを仕掛けておきながら、どきどきしてるんだ、このエロダンサー。
晴也は自分の舌を絡め取られて、びっくりして声にならない音を発した。晶は宥めるように、晴也をつついたり撫でたりしてくる。そのうちそれが未知の感覚をもたらし始め、背筋がぞくぞくしてきた。ざらりとした感触と滑りが交代に押し寄せてくると、頭の中がじわりと痺れ、勝手に腰がぴくりと震えた。晴也を貪っていた晶の舌が撤退して、冷たい空気が代わりに入ってくる。
「初めてにしては上手かな、気持ち良くなって来た?」
晶の笑い混じりの声に、晴也は恥ずかしさのあまり逃げ出しそうになった。拘束されているので、10センチも動けなかったが。
「おっおまえ、俺をどうするつもりなんだよっ」
声が震えたのがまた羞恥を増幅させる。晴也は耳たぶを唇に挟まれて、ひゃっと声を上げた。晶は耳に口をつけたまま言う。
「いい感じ、もっとそんな声出して」
「待ってショウさん、マジで……」
熱い唇が首筋を伝い降りて来て、晴也は言葉を切ってしまう。背筋と腰がぞくぞくして、身体の内側から勝手に熱が生まれてくる。暑い、何なんだよこれ。
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晶は顔を上げ、薄闇の中でもわかるくらい、晴也に熱量の高い視線を注いでくる。どうしよう、覚悟が足りなかった、怖い。でも何となく気持ち良かったりやめないで欲しかったりもっとして欲しかったりこいつのこと好きだったり、えっと好きだからして欲しいのか?
「今夜はハルさんが何処をどうされたら気持ちいいのか探索したい」
晴也は自分の気持ちが整理できていないのに、そんなことを言われて思わず首を小さく振った。
「やめろ、恥ずかしいからほんとやめて」
「恥ずかしがらなくていいし怖いことでもない……もちろんどうしても嫌だったら言って、無理強いはしたくない」
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