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7 萌芽
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「3年前に靭帯2箇所やっちゃって……ここと、ここ」
晶は膝の外側と真ん中を指でなぞる。
「……びっくりしないんだ?」
晴也は言われて戸惑った。明里からの情報がなければ、こんな話を聞かされておろおろするところだった。
「えっと……ショウさんが脚を怪我してロンドンで役を降りたって話を……妹から聞いた」
「妹さん? マニアックなこと知ってるんだ、もしかして業界人?」
「業界人目指してた舞台マニアなんだ、ショウさんのことも優弥さんのことも良く知ってた」
なるほど、と晶は呟き、膝に温感の湿布をかぶせるように貼る。
「完全に元通りには踊れないって言われて……左は軸足だから致命的」
晴也は立ち竦む。こんな時に、かける言葉を知らない。これからという時に、全てを諦めなくてはならなくなった才能豊かな人に、何を言ったってきっと響かない。逃げ出したくなった。
「あっごめん、立たせっぱなしで……座ってよ」
晶はテープを手で切って、晴也に自分の左を指さす。言われるまま、晴也は浅くベッドに腰掛けた。
「……そうやっていつも静かに座るハルさんが好き」
晶に言われて、晴也は首を傾げた。
「どういう意味?」
「電車でも周りに響くのを考えずにどかっと座る人いるだろ? あれ割と俺ムカつくんだよね」
湿布をテープで固定すると、晶はズボンを直す。
「昨日足首痛めたことよりも、振りを間違えたほうがショックでさ、お客様に挨拶しに行けなかった……そんな軟弱で身勝手な自分がまたショックでプチ闇落ちした」
淡々と語る晶が気の毒に思えた。考えないようにしていたが、やはり晴也は自分を責める。
「こないだから俺のことでいろいろ煩わせてるせいだ、一昨日もまさか山形さんが来るなんて」
「それは関係ない、最近仕事も副業も忙しくて俺の自己管理がなってなかった」
「でも夜中に振り回したのは俺だ」
晴也が被せるように言うと、晶はそうだな、と低く応じた。晴也はびくりとなる。
「……って言って欲しいの? 責任取って今すぐやらせろって言っていいの?」
晶は無表情になって言う。晴也は身体をこわばらせ、覚悟の伴わない自分の言葉の軽さを恥じる。ハルさんのせいじゃないと晶が言ってくれるものと、何処かでたかを括っていた。
「そんなことしないし思ってもないよ、でもハルさんがいつも自分を責めるからちょっと……基本可愛いんだけどたまにイラッとする、自分を貶めてるみたいで」
言われて晴也は俯いた。顔も耳も熱くなった。
「……いつも自信を持って堂々と生きてる人にはわからないよ」
「んな訳ないだろ、自信があった時なんか一瞬だって無い」
「ショウさんが自信が無いってなら俺みたいなクズはどうすりゃいいんだよ」
晴也の言葉に晶は明らかにむっとした。言いたいことはわかっている。
「何でそんな風に言うって思ってるんだろ? それが立ち位置が違うって言うんだよ」
「じゃあ言い方を変えよう、俺の好きなハルさんを侮辱するな、俺までクズだと言われてるようでくっそムカつく」
晴也はあ然となるが、言い返す言葉が出てこなかった。
「……おかしいなぁ、もっとムードのある話がしたいんだけど……」
晶は表情を緩めて上を向いた。晴也は気まずさをごまかすべく、紙袋に残っていた最後のものを出す。
「これこないだ借りたタオル、ありがと」
水色のスポーツタオルを見て、晶はああ、と軽く驚いた声を上げた。受け取るなり、タオルに顔を埋める。
「ハルさんの家の匂いがするぅ」
晴也は晶の籠った声に叫びそうになり、口を手で押さえた。何言ってんだこいつは、やっぱり変態だ。
「それとこれ、何が欲しいかわからないから同じようなもので悪いけど」
晴也は冷静を装って、リボンのシールがついた包みを晶の膝の上に載せた。彼は水色のタオルから顔を上げ、えっ? と言った。
「……誕生日プレゼント」
晶は晴也を見て破顔する。大したものじゃないのにそんな顔をされて、恐縮する。彼は嬉しげに包みを開け始めた。
嵩ばるので直接包装してもらった2枚の大判タオルを、晶は順番に広げる。タグを見て感心したように言った。
「今治タオル、しかもオーガニックコットン! イギリスで人気あるんだよ、これ」
「へぇ、輸出してるんだ」
晶は蕩けた顔になり、晴也に少し近づいた。本能的に危険を感じた晴也は、同じだけ後退る。
「ありがとう、これをセックスする時に使えってことなんだよね? 奥ゆかしげで大胆なアピールに痺れた、ちんこ勃ちそう」
晴也ははあっ⁉ と今度こそ叫んだ。半ば怒鳴りながら訊く。
「練習の時に使え! てかこないだから何でタオルをセックスに結びつけるんだよっ!」
晶はきょとんとする。何げに愛嬌のある表情だった。
「男同士のセックスはシーツを汚すことが多いんだ、それでバスタオルを敷いてやるし、事後に身体を拭くためにも……」
「……しっ、知るかそんなことぉっ!」
晴也は目を剥いて叫んだ。晶はベージュのタオルを自分と晴也の間に敷いて、晴也の右腕を掴んだ。逃がさないという確固とした意志があった。
晶は膝の外側と真ん中を指でなぞる。
「……びっくりしないんだ?」
晴也は言われて戸惑った。明里からの情報がなければ、こんな話を聞かされておろおろするところだった。
「えっと……ショウさんが脚を怪我してロンドンで役を降りたって話を……妹から聞いた」
「妹さん? マニアックなこと知ってるんだ、もしかして業界人?」
「業界人目指してた舞台マニアなんだ、ショウさんのことも優弥さんのことも良く知ってた」
なるほど、と晶は呟き、膝に温感の湿布をかぶせるように貼る。
「完全に元通りには踊れないって言われて……左は軸足だから致命的」
晴也は立ち竦む。こんな時に、かける言葉を知らない。これからという時に、全てを諦めなくてはならなくなった才能豊かな人に、何を言ったってきっと響かない。逃げ出したくなった。
「あっごめん、立たせっぱなしで……座ってよ」
晶はテープを手で切って、晴也に自分の左を指さす。言われるまま、晴也は浅くベッドに腰掛けた。
「……そうやっていつも静かに座るハルさんが好き」
晶に言われて、晴也は首を傾げた。
「どういう意味?」
「電車でも周りに響くのを考えずにどかっと座る人いるだろ? あれ割と俺ムカつくんだよね」
湿布をテープで固定すると、晶はズボンを直す。
「昨日足首痛めたことよりも、振りを間違えたほうがショックでさ、お客様に挨拶しに行けなかった……そんな軟弱で身勝手な自分がまたショックでプチ闇落ちした」
淡々と語る晶が気の毒に思えた。考えないようにしていたが、やはり晴也は自分を責める。
「こないだから俺のことでいろいろ煩わせてるせいだ、一昨日もまさか山形さんが来るなんて」
「それは関係ない、最近仕事も副業も忙しくて俺の自己管理がなってなかった」
「でも夜中に振り回したのは俺だ」
晴也が被せるように言うと、晶はそうだな、と低く応じた。晴也はびくりとなる。
「……って言って欲しいの? 責任取って今すぐやらせろって言っていいの?」
晶は無表情になって言う。晴也は身体をこわばらせ、覚悟の伴わない自分の言葉の軽さを恥じる。ハルさんのせいじゃないと晶が言ってくれるものと、何処かでたかを括っていた。
「そんなことしないし思ってもないよ、でもハルさんがいつも自分を責めるからちょっと……基本可愛いんだけどたまにイラッとする、自分を貶めてるみたいで」
言われて晴也は俯いた。顔も耳も熱くなった。
「……いつも自信を持って堂々と生きてる人にはわからないよ」
「んな訳ないだろ、自信があった時なんか一瞬だって無い」
「ショウさんが自信が無いってなら俺みたいなクズはどうすりゃいいんだよ」
晴也の言葉に晶は明らかにむっとした。言いたいことはわかっている。
「何でそんな風に言うって思ってるんだろ? それが立ち位置が違うって言うんだよ」
「じゃあ言い方を変えよう、俺の好きなハルさんを侮辱するな、俺までクズだと言われてるようでくっそムカつく」
晴也はあ然となるが、言い返す言葉が出てこなかった。
「……おかしいなぁ、もっとムードのある話がしたいんだけど……」
晶は表情を緩めて上を向いた。晴也は気まずさをごまかすべく、紙袋に残っていた最後のものを出す。
「これこないだ借りたタオル、ありがと」
水色のスポーツタオルを見て、晶はああ、と軽く驚いた声を上げた。受け取るなり、タオルに顔を埋める。
「ハルさんの家の匂いがするぅ」
晴也は晶の籠った声に叫びそうになり、口を手で押さえた。何言ってんだこいつは、やっぱり変態だ。
「それとこれ、何が欲しいかわからないから同じようなもので悪いけど」
晴也は冷静を装って、リボンのシールがついた包みを晶の膝の上に載せた。彼は水色のタオルから顔を上げ、えっ? と言った。
「……誕生日プレゼント」
晶は晴也を見て破顔する。大したものじゃないのにそんな顔をされて、恐縮する。彼は嬉しげに包みを開け始めた。
嵩ばるので直接包装してもらった2枚の大判タオルを、晶は順番に広げる。タグを見て感心したように言った。
「今治タオル、しかもオーガニックコットン! イギリスで人気あるんだよ、これ」
「へぇ、輸出してるんだ」
晶は蕩けた顔になり、晴也に少し近づいた。本能的に危険を感じた晴也は、同じだけ後退る。
「ありがとう、これをセックスする時に使えってことなんだよね? 奥ゆかしげで大胆なアピールに痺れた、ちんこ勃ちそう」
晴也ははあっ⁉ と今度こそ叫んだ。半ば怒鳴りながら訊く。
「練習の時に使え! てかこないだから何でタオルをセックスに結びつけるんだよっ!」
晶はきょとんとする。何げに愛嬌のある表情だった。
「男同士のセックスはシーツを汚すことが多いんだ、それでバスタオルを敷いてやるし、事後に身体を拭くためにも……」
「……しっ、知るかそんなことぉっ!」
晴也は目を剥いて叫んだ。晶はベージュのタオルを自分と晴也の間に敷いて、晴也の右腕を掴んだ。逃がさないという確固とした意志があった。
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