38 / 229
6 逡巡
11
しおりを挟む
「ハルさんは童貞処女らしいから理解が浅いのかも知れないのでおさらいしよう、昨夜ハルさんは俺がここに入るのを許した」
晶は大真面目な口調で、演説を始めた。
「それでお茶を出してくれて、俺が帰らないと言うとあっさり認め、風呂を使わせてくれた上にベッドに入れてくれた」
「俺は床に寝るって言ったのに、おまえがどうこう言うから」
「じゃあまあここは俺が強引だったとしよう、でもハルさんはそんな状態であったにもかかわらず気を許して爆睡して……」
晴也の困惑をよそに、晶は芝居がかって続ける。
「早朝に俺の頭を愛しげに撫でてきた、止めるまでいつまでもそうしてそうな勢いだった……止めなけりゃ良かったな」
晴也は顔を上げて晶に噛みついた。
「あれは寝ぼけてたんだ、犬を撫でてる夢を見てて」
犬ね、と言いながら、晶はにやにやと薄笑いを浮かべる。晴也は朝からやり込められ、泣きそうだった。
「ハルさんは認めなくちゃいけない、俺に多少は触れられても構わないと思ってることを」
「仮にそうだとして、何で俺がショウさんと恋人として交際してることになるんだよ!」
頑な晴也に、晶は困った顔をする。
「ハルさん、好意からこういった行動をしてるのではないと言うなら、俺はあなたをビッチと呼ばなくてはいけなくなる……」
「はあぁっ⁉」
挙げ句の果てにビッチ呼ばわりとは。晴也の頭にまた血が昇る。
「何だよそれ!」
「だってそうだろう、散々思わせぶりな態度を取っておいてそんなつもりは無いなんて」
はたと考えると、晶の言う通りのような気がした。自分には関係無いと思っていた言葉を浴びせられ、晴也はがっくりきてしまう。
「あっ言い過ぎた、ごめんハルさん……俺はあなたが俺を誘惑してるなんて思ってない」
「……わからないんだよ」
晴也は俯いたまま小さく言った。
「俺は自分がショウさんをどう思っているのかがわからない」
たぶんそれは、少し嘘だった。昨夜ナツミが、晶に興味を持っていると話した時、晴也は確かに気持ちを揺らした。ナツミに晶を「盗られる」(しかも晶は晴也のものではないのに)という、子どもっぽい焦りが湧いたから、晶が喜ぶような長めのメッセージを送ろうと考えた。
学生時代までは女性に対して恋心を抱いたことがあった。それと今自分が晶絡みで持て余している気持ちとは、何かが微妙に違うのだ。それもあって、晴也は混乱していた。
「……俺ショウさんと出会ってやっと1週間だよ、ショウさんは男だし、愛だの恋だの言われても答えが出ない」
晶は晴也を憐れむような表情になっていた。やっと自分を困らせていることに思いを致してくれたのだろうか?
「昨日も言ったけど、たぶんハルさんは相手が男であろうが女であろうが、セクシュアルな意味で愛することが出来る人だ……時間は関係ないよ、『ウェストサイド物語』でトニーとマリアが出会って悲劇的な幕切れになるまでって3日だよ?」
晶は自信たっぷりに語ったが、晴也は余計にがっくりきてしまった。
「ショウさん、舞台と現実をごっちゃにするなよ……」
晶はゆっくりと瞬きをした。切れ長の目は至って真剣に、晴也を見つめている。
「わかりやすいかなと」
「いやいや……もう時間あまり無い」
晴也は歯を磨くべく立ち上がった。晶は半日有休を午前に取っているとかで、晴也と新宿まで出て、高円寺の自宅に戻るつもりのようだった。
「洗い物しておくよ、用意して」
晶の好意に甘えて、晴也は洗面所に向かった。
やはり今日はルーチェに行くのはやめておこうと晴也は思う。きっと沢山のファンが、ショウの誕生日を祝うために店を訪れるだろう。舞台の中央に立つ彼に気遅れして、自分が相応しくないことを痛感させられそうで、嫌だ。誕生日を祝ってあげるのは、別の機会を設けよう。晴也はグループLINEに、今夜は早くにゆっくり休みたい旨を書き込み、送信した。
晶は手早く食器を洗い、タオルで手を拭いていた。狭い台所に立つ彼は、掃き溜めに鶴だったが、いつもきちんと食事を作り片づけている人の手慣れた空気感があった。晴也はそれをこっそり眺めて、悪くない光景だなと思った。
晶は大真面目な口調で、演説を始めた。
「それでお茶を出してくれて、俺が帰らないと言うとあっさり認め、風呂を使わせてくれた上にベッドに入れてくれた」
「俺は床に寝るって言ったのに、おまえがどうこう言うから」
「じゃあまあここは俺が強引だったとしよう、でもハルさんはそんな状態であったにもかかわらず気を許して爆睡して……」
晴也の困惑をよそに、晶は芝居がかって続ける。
「早朝に俺の頭を愛しげに撫でてきた、止めるまでいつまでもそうしてそうな勢いだった……止めなけりゃ良かったな」
晴也は顔を上げて晶に噛みついた。
「あれは寝ぼけてたんだ、犬を撫でてる夢を見てて」
犬ね、と言いながら、晶はにやにやと薄笑いを浮かべる。晴也は朝からやり込められ、泣きそうだった。
「ハルさんは認めなくちゃいけない、俺に多少は触れられても構わないと思ってることを」
「仮にそうだとして、何で俺がショウさんと恋人として交際してることになるんだよ!」
頑な晴也に、晶は困った顔をする。
「ハルさん、好意からこういった行動をしてるのではないと言うなら、俺はあなたをビッチと呼ばなくてはいけなくなる……」
「はあぁっ⁉」
挙げ句の果てにビッチ呼ばわりとは。晴也の頭にまた血が昇る。
「何だよそれ!」
「だってそうだろう、散々思わせぶりな態度を取っておいてそんなつもりは無いなんて」
はたと考えると、晶の言う通りのような気がした。自分には関係無いと思っていた言葉を浴びせられ、晴也はがっくりきてしまう。
「あっ言い過ぎた、ごめんハルさん……俺はあなたが俺を誘惑してるなんて思ってない」
「……わからないんだよ」
晴也は俯いたまま小さく言った。
「俺は自分がショウさんをどう思っているのかがわからない」
たぶんそれは、少し嘘だった。昨夜ナツミが、晶に興味を持っていると話した時、晴也は確かに気持ちを揺らした。ナツミに晶を「盗られる」(しかも晶は晴也のものではないのに)という、子どもっぽい焦りが湧いたから、晶が喜ぶような長めのメッセージを送ろうと考えた。
学生時代までは女性に対して恋心を抱いたことがあった。それと今自分が晶絡みで持て余している気持ちとは、何かが微妙に違うのだ。それもあって、晴也は混乱していた。
「……俺ショウさんと出会ってやっと1週間だよ、ショウさんは男だし、愛だの恋だの言われても答えが出ない」
晶は晴也を憐れむような表情になっていた。やっと自分を困らせていることに思いを致してくれたのだろうか?
「昨日も言ったけど、たぶんハルさんは相手が男であろうが女であろうが、セクシュアルな意味で愛することが出来る人だ……時間は関係ないよ、『ウェストサイド物語』でトニーとマリアが出会って悲劇的な幕切れになるまでって3日だよ?」
晶は自信たっぷりに語ったが、晴也は余計にがっくりきてしまった。
「ショウさん、舞台と現実をごっちゃにするなよ……」
晶はゆっくりと瞬きをした。切れ長の目は至って真剣に、晴也を見つめている。
「わかりやすいかなと」
「いやいや……もう時間あまり無い」
晴也は歯を磨くべく立ち上がった。晶は半日有休を午前に取っているとかで、晴也と新宿まで出て、高円寺の自宅に戻るつもりのようだった。
「洗い物しておくよ、用意して」
晶の好意に甘えて、晴也は洗面所に向かった。
やはり今日はルーチェに行くのはやめておこうと晴也は思う。きっと沢山のファンが、ショウの誕生日を祝うために店を訪れるだろう。舞台の中央に立つ彼に気遅れして、自分が相応しくないことを痛感させられそうで、嫌だ。誕生日を祝ってあげるのは、別の機会を設けよう。晴也はグループLINEに、今夜は早くにゆっくり休みたい旨を書き込み、送信した。
晶は手早く食器を洗い、タオルで手を拭いていた。狭い台所に立つ彼は、掃き溜めに鶴だったが、いつもきちんと食事を作り片づけている人の手慣れた空気感があった。晴也はそれをこっそり眺めて、悪くない光景だなと思った。
0
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる