夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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6 逡巡

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「ハルさんは童貞処女らしいから理解が浅いのかも知れないのでおさらいしよう、昨夜ハルさんは俺がここに入るのを許した」

 晶は大真面目な口調で、演説を始めた。

「それでお茶を出してくれて、俺が帰らないと言うとあっさり認め、風呂を使わせてくれた上にベッドに入れてくれた」
「俺は床に寝るって言ったのに、おまえがどうこう言うから」
「じゃあまあここは俺が強引だったとしよう、でもハルさんはそんな状態であったにもかかわらず気を許して爆睡して……」

 晴也の困惑をよそに、晶は芝居がかって続ける。

「早朝に俺の頭を愛しげに撫でてきた、止めるまでいつまでもそうしてそうな勢いだった……止めなけりゃ良かったな」

 晴也は顔を上げて晶に噛みついた。

「あれは寝ぼけてたんだ、犬を撫でてる夢を見てて」

 犬ね、と言いながら、晶はにやにやと薄笑いを浮かべる。晴也は朝からやり込められ、泣きそうだった。

「ハルさんは認めなくちゃいけない、俺に多少は触れられても構わないと思ってることを」
「仮にそうだとして、何で俺がショウさんと恋人として交際してることになるんだよ!」

 かたくな晴也に、晶は困った顔をする。

「ハルさん、好意からこういった行動をしてるのではないと言うなら、俺はあなたをビッチと呼ばなくてはいけなくなる……」
「はあぁっ⁉」

 挙げ句の果てにビッチ呼ばわりとは。晴也の頭にまた血が昇る。

「何だよそれ!」
「だってそうだろう、散々思わせぶりな態度を取っておいてそんなつもりは無いなんて」

 はたと考えると、晶の言う通りのような気がした。自分には関係無いと思っていた言葉を浴びせられ、晴也はがっくりきてしまう。

「あっ言い過ぎた、ごめんハルさん……俺はあなたが俺を誘惑してるなんて思ってない」
「……わからないんだよ」

 晴也は俯いたまま小さく言った。

「俺は自分がショウさんをどう思っているのかがわからない」

 たぶんそれは、少し嘘だった。昨夜ナツミが、晶に興味を持っていると話した時、晴也は確かに気持ちを揺らした。ナツミに晶を「られる」(しかも晶は晴也のものではないのに)という、子どもっぽい焦りが湧いたから、晶が喜ぶような長めのメッセージを送ろうと考えた。
 学生時代までは女性に対して恋心を抱いたことがあった。それと今自分が晶絡みで持て余している気持ちとは、何かが微妙に違うのだ。それもあって、晴也は混乱していた。

「……俺ショウさんと出会ってやっと1週間だよ、ショウさんは男だし、愛だの恋だの言われても答えが出ない」

 晶は晴也を憐れむような表情になっていた。やっと自分を困らせていることに思いを致してくれたのだろうか?

「昨日も言ったけど、たぶんハルさんは相手が男であろうが女であろうが、セクシュアルな意味で愛することが出来る人だ……時間は関係ないよ、『ウェストサイド物語』でトニーとマリアが出会って悲劇的な幕切れになるまでって3日だよ?」

 晶は自信たっぷりに語ったが、晴也は余計にがっくりきてしまった。

「ショウさん、舞台と現実をごっちゃにするなよ……」

 晶はゆっくりとまばたきをした。切れ長の目は至って真剣に、晴也を見つめている。

「わかりやすいかなと」
「いやいや……もう時間あまり無い」

 晴也は歯を磨くべく立ち上がった。晶は半日有休を午前に取っているとかで、晴也と新宿まで出て、高円寺の自宅に戻るつもりのようだった。

「洗い物しておくよ、用意して」

 晶の好意に甘えて、晴也は洗面所に向かった。
 やはり今日はルーチェに行くのはやめておこうと晴也は思う。きっと沢山のファンが、ショウの誕生日を祝うために店を訪れるだろう。舞台の中央に立つ彼に気遅れして、自分が相応ふさわしくないことを痛感させられそうで、嫌だ。誕生日を祝ってあげるのは、別の機会を設けよう。晴也はグループLINEに、今夜は早くにゆっくり休みたい旨を書き込み、送信した。
 晶は手早く食器を洗い、タオルで手を拭いていた。狭い台所に立つ彼は、掃き溜めに鶴だったが、いつもきちんと食事を作り片づけている人の手慣れた空気感があった。晴也はそれをこっそり眺めて、悪くない光景だなと思った。
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