夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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 客席が明るくなるや否や、藤田と牧野が晴也たちのところにやって来た。彼女らは同じように頬を赤らめて、高い声で口々に語る。

「すんごいカッコ良かった、ヤバ過ぎる」
「毎週来たいけど回数券とか無いのかな」
「ミチルさんとハルちゃんは何リクエストするの?」
「私裸のダンスも観たいんだけどリクエストNG?」

 ミチルと晴也は同時に吹き出した。エキサイトし過ぎだろう。

「裸のリクエストしようしよう、俺も観たい」
「きゃーっ、ミチルさんスケベ」

 二人は騒ぎながら自分の席に走って戻った。ダンサーたちが再登場して、下手側の席から順に、白いカーネーションとリクエスト用紙を回収し始めたからである。
 晴也は店員から渡されたペンを取り、リクエスト用紙を前に少し悩む。観たいものは沢山あった。ミチルが晴也を覗きこむ。

「ハルちゃんガチリクエスト?」
「えっ、ミチルさんも裸ってガチでしょ? ……えーっと、ジャズかアイリッシュダンス……」

 タップダンスをしてくれないだろうか。少なくとも、ミュージカルの舞台の経験がある3人はたしなんでいる筈である。

「ハルちゃん割と目が肥えてる?」

 ミチルに訊かれて、晴也は顔を上げる。

「肥えてはいないですけど、俺の家族はタカラヅカが大好きで……ちょこちょこ観劇につき合ったんで」
「有楽町の東宝劇場に?」

 ファンが高じて、妹は一度宝塚音楽学校を受験している。もちろん不合格だったが、声楽とバレエを習い始めた彼女のおかげで、歌や踊りに触れる機会が増えた。自分がやってみようとは思わないが、ダンスを観るのは好きである。

「ショウもえらい子にちょっかい出したな」
「いやいや、俺ショウさんにダンスのことで何か言ったりしませんから」

 ダンサーたちは客とにこやかに話しながらテーブルを回っている。藤田がショウに、牧野がタケルに花を渡していた。晴也とミチルの席が、一番最後になるようだった。

「本日は……本日も、ありがとうございました」

 ユウヤは晴也たちの前に来て、「も」を強調してから頭を下げた。4人がそれにならう。晴也はちょっと気恥ずかしくなる。これじゃまるで、どコアな執着ファンだ。

「やーもう今日スペシャルじゃなかった?」

 ミチルは今夜もユウヤにしなだれかかりそうになりながら、言った。タケルが笑う。

「みちおさんにそう言っていただけると、苦労した甲斐があるってものです」
「今日あんだけやったら、クリスマスに見せるもの無くなるじゃん」
「ええ、実は困ってます」

 タケルの言葉に、ダンサーたちはくすくす笑う。ショウは目を細めて晴也を見ていた。その右手には十数本の白い花が握られている。ユウヤが一番花を受け取っており、タケルとショウが同じくらいだろうか。
 晴也はリクエスト用紙を入れる箱を持つ一番若いダンサー……確かサトルという名だったと記憶していたが、彼が1本も花を持っていないことに気づいた。一昨日も今日もショウの横で踊っていたが、中央の3人のキャラが何せ濃いので、両端の若い子たちの印象が霞んでしまう。ただ、下手の端で踊っていたマキは3本の花を持っていた。
 サトルが先日も先ほども、丁寧な踊りをしていたのは、晴也の視界に入っていた。それに終始良い表情をして、踊ることが好きなのが伝わり、好感が持てた。ミチルが当然のようにユウヤに花を渡すのを見て、晴也は迷う。ショウに花を渡すつもりでいたが、サトルが1票も貰えないまま、この盛り上がった舞台を終えるのがひどく気の毒に思えた。
 ショウをちらりと見ると、その眼差しには、晴也への期待がありありと感じられる。……何だよこれは。晴也は昔テレビでよく見たカップリング番組を思い出して、気分が悪くなった。誰からも選ばれない惨めさは、晴也だってよく知っている。若いダンサーにそんな思いをさせてはいけない、と思う。
 晴也は白いカーネーションを、ショウの左に立つサトルに差し出した。彼は驚いたように目を丸くし、半ば戸惑いながら花を右手で受け取って、ようやく笑顔を見せた。ショウが眉を少し上げたのが視界に入った。

「おっ、記念すべき初票だな」

 ユウヤの言葉に、サトルははい、と嬉しげに答えた。晴也はショウをちらっと見て、昨日から続く拒絶と受け取っただろうと想像し、さすがに申し訳なく思った。ショウは微笑を返して来たが、ちょっと何を考えているのかわからない表情だった。
 ダンサーたちは舞台に上がり、最後に頭を下げた。大きな拍手が贈られる。

「ハルちゃん、ショウに花を渡さなくて良かったのか?」

 ミチルがやたらと心配そうに言う。晴也は苦笑した。

「だってあの子、ちょっと硬いけどいいダンスしてたのに、ひとつも花を持ってなかったから」
「ハルちゃんは優しいなぁ」

 違う。惨めな気持ちになるであろう若いダンサーを、自分が見たくなかっただけだ。学生時代の自分を思い出してしまうから。
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