夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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 にこやかな店員に声をかけられて、コートを脱いだ晴也はミチルと顔を見合わせる。

「いえ、ショウさんに誘われてはいますが予約って形ではないかな?」
「ショウからはミチル様とハル様で2席聞いていますが、違いますか?」
「あ、……それですね」

 店員はにっこり笑い、かたわらの籠から白いカーネーションを2輪取り上げる。

「本日はダンサーの人気投票イベントがございます、終演後にダンサーが回りますので一番お気に召した者にお渡しください」

 店員の言葉にミチルはくすりと笑う。

「花を渡したダンサーをお持ち帰り出来るの?」

 店員はミチルの冗談に軽く笑った。

「そちらはダンサーと直接ご交渉ください」

 カーネーションを受け取った晴也は、ミチルと共に、一昨日と同じカウンター席に導かれた。ビールを頼み、今夜は女性の方が多い会場を見渡す。皆テーブルの上に、白いカーネーションを置いていた。

「ダンサーさんたち、男にも女にもモテるんですねぇ」

 晴也がしみじみと言うと、ミチルがそりゃそうだろ、と笑った。

「踊れるってすげぇアピール度高いと思うな、だってあいつらよくよく見たらそんなに顔良くないだろ? ショウが一番イケメンだけど地味だしな」

 ショウは確かに地味だ。眼鏡をかけてスーツを着たら、ダンサーには見えない。
 やって来たビールのグラスをカチンと当てて、お互いに喉を潤す。

「人気投票に当たったの初めてだわ」
「ショウさん月末にするって言ってました、でもシビアなイベントですね、票が少なかったらへこみますよ」
「それでへこんでたらショーダンサーなんてやってられなくね?」

 俺なら耐えられないと晴也は思う。クラスメイトに媚を売るために、ずっとパシりをしていたような俺には。

「でもなぁ、ユウヤにしてもショウにしても外国で修行してるのに、こんな場末のパブでバイトで踊ってんだよ? 厳しい世界だよなぁ」

 ミチルの言葉に、晴也はそうなんだ、と思わず口走る。さすが熱心なファンだけあって、ミチルはダンサーについていろいろ知っているようである。
 ユウヤはブロードウェイで、いくつかのミュージカルの端役を演じた経歴があるという。中央を張る華や派手なダンスは、いかにもニューヨーク仕込みっぽい。

「ショウはウェストエンドで舞台に出てたらしい」
「へぇ……」

 ロンドンのミュージカルか、いいな。晴也は素直に感心する。

「後の3人も日本でトップレベルと言われた奴もいるし、これからだって修行がてら踊ってる期待の若手もいるんだよ、知る人ぞ知るグループなんだよな」

 何故週に3日だけ踊るサラリーマンになる道を、ショウは選んだのだろう。晴也はビールをちびちび飲みながら思う。きっと英語が出来るから、フェアトレードの食品を取り扱う会社に勤めているのだろう。やはり、ダンスだけでは食べていけないから?
 その時ふと、テーブル席でカクテルを飲む2人の女性と目が合った。あちらがこっちをじっと見ていたのである。

「あっ……」

 めぎつねの常連の藤田と牧野だった。ミチルも彼女らに気づいて、小さく笑う。

「感づかれたかな? しかしつき合いいいな、ショウに誘われてこんな時間に来るなんて」

 二人は立ち上がり、こちらにやって来た。

「ハルちゃんとミチルさんだよね! 男になっても美人さんだぁ」
「しれっと座ってるとかウケる」

 ではどう座っていればいいのだろうかと思いつつ、晴也はこんばんはと挨拶する。

「何か周りの人たちがいろいろ話してるの聞いてたら、結構本格的なダンスなんですね」
「そうですよ、楽しませてくれるから気に入ったらたまに来てやってよ」

 ミチルがスポンサーのような口ぶりで言うので、晴也は笑った。

「熱心なファンとかいるっぽいですよ」

 後ろの方のテーブルに座る、ややお姉様な4人組をちらりと見やって、藤田が言う。晴也はミチルに視線を送ってから、応じた。

「このお方も熱心なファンですよ、ほぼ毎週金曜来てるみたいだから」
「えーっミチルさん凄いっ」

 別に凄くないよ、とミチルは苦笑した。

「あの4人組は確かによく見る、少なくとも2人はショウのファンだわ」

 うわぁ、と牧野が興奮気味に言う。

「ショウさんが誘ってくれたのに、他のダンサーさんに目移りして花を渡したくなったらどうすれば……」

 牧野の言葉にミチルは笑う。

「そんなのショウに遠慮することないですよ、少なくともハルちゃんはショウに投票するから」
「えっ、そうとは限らないです」

 咄嗟とっさに晴也は答えたが、ミチルのみならず二人の女性客までにやにや笑っている。

「そっかぁ、ハルちゃん昨日もあの人といい感じだったもんね~」

 晴也は鼻白む。あれをいい感じと言うのなら、めぎつねに来た客の全てと、自分はいい感じになっていることになりはしまいか。
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