緑の風、金の笛

穂祥 舞

文字の大きさ
上 下
65 / 67
9 はじまりの、はじまり

1

しおりを挟む
 晴れた空を切り取るような稜線に見守られながら、伯父の運転するクリーム色の車は松本空港を目指した。道路の脇の光景が、のんびりした畑やビニールハウスから、少しずつ建築物に移ろう。そして市街地を抜けてしばらく走ると、見覚えのある建物が見えてきた。
 奏人が到着した日より、空港は車も人も多いようだった。沢山の人が帰省してきているのだろう。旅行だという人もいるに違いない。

「知らなかったんだけど、かなちゃんはもう完全にお子様扱いされない年齢なのねぇ」

 駐車場で車を降り、建物に向かいながら伯母が言った。往路、空港や飛行機の中で大人たちに世話を焼いてもらったと奏人は思ったが、もう少し年齢が下だと、べったり見守ってくれるらしい。

「トランスファーがちょっと心配だな、伊丹空港で職員さんの目に入るところにいるんだよ……もしかしたら大阪の人は、かなちゃんが一人でいたら心配して話しかけてくるかもしれないな」

 伯父の言う「大阪の人」が微妙に意味不明だったが、奏人はふうん、と言った。ただ座って待っていればいいという。1時間なんて、本があればあっという間だ。
 出発カウンターで、奏人が一人で乗り継ぎで新千歳に向かうことを伯母が説明すると、カウンターの女性は奏人を見て、承知いたしましたと応じた。奏人は航空券を受け取る。
 伯父はいきなり財布を出し、1万円札を奏人に握らせた。

「平松くんにもらったクッキーを食べるとき、これでジュースでも飲むといい」
「こんなに要らないよ」

 1万円札など普段触らない奏人は驚くが、伯母もお小遣いよ、と言って笑った。 

「伊丹で関西のお菓子を買って帰ってもいいじゃない? あ、お母さんにお土産買わないとね」

 伯母は売店で奏人に持たせる菓子を選び始めた。それは伯母が買うと言う。この辺りの大人の作法は、奏人にはよくわからない。
 奏人の飛行機の搭乗案内の開始時間はもうすぐだったが、ぎりぎりまで伯父と伯母と一緒にいたらいいとカウンターで言ってもらったので、喫茶コーナーでジュースを飲んだ。

「さ、いよいよ出発ね、気をつけて」
「川口の家にも遊びにおいで」

 伯母と伯父から笑顔で口々に言われて、奏人はまた泣けそうになった。この人たちが大好きだと、心から思う。
しおりを挟む

処理中です...