緑の風、金の笛

穂祥 舞

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8 おわかれ

2-⑤

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 4人で玄関から外に出た。奏大はほんの20歩ほどだったが、手を繋いでくれた。優しく少し冷たい風が吹き、木々の葉をざわざわと揺らす。2匹のとんぼが薄青の空を背にしてふわふわと飛び、緑の匂いをはらんだ風と奏大とともに、奏人を見送ってくれるようだった。
 奏人は奏大に助手席のドアを開けてもらい、ゆっくりと彼の手を離す。やはり寂しかった。
 伯父が運転席に乗り、シートベルトをつけた。伯母は後部座席のドアを開けて、奏大に礼を言う。彼はもう一度、奏人を見た。

「気をつけて、奏人くん……ありがとう」

 奏人は奏大の声に、涙がこらえられなくなる。何故僕に礼なんか言うんだろう。僕のほうこそ、お礼を言うだけじゃ全然足りないくらい、迷惑をかけたのに。

「奏大さん、ありがとう、身体に気をつけて、頑張って、奏大さんが何処でフルートを吹いてても応援してるし、フランスにも行けたら行くし、コンサートにも絶対行くよ」

 奏人は泣きながら言う。自分で何を言っているのかよくわからなくなった。奏大も泣き笑いになって、頷きながら助手席のドアをゆっくり閉めた。
 車のエンジンがかかり、奏大はスクーターに向かう。彼は車が出るのにゆっくりついて来た。奏人は窓から振り返り、濃い緑の林の中に立つ茶色い別荘と、車のすぐ後ろを走る黒いスクーターの姿を網膜と脳に刻む。きっと、二度と忘れることはない。
 木々に挟まれた細い山道を抜けて、大きな車道に出ると、奏大は手を振りながら左折した。奏人も右折する自動車の窓を開け、思いきり手を振った。スクーターが見えなくなるまで後ろを向いていた奏人は、微笑して頷く伯母に頷き返して、前を向いた。涙はまだ止まらなかったけれど、もう悲しくはなかった。だって、あの金の笛を吹くちょっと不思議なアポロンは、友達だし、お兄さんだから……きっとまた会えるから。
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