緑の風、金の笛

穂祥 舞

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6 じぶんのため、だれかのため

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「さてさて、いよいよ本番が明日に迫りましたが、おふたりとも調子はいかが?」

 ふわりとエアコンの風が腕を撫でる音楽室で、伯母は大袈裟な口調で言った。午後から暑くなり、窓を開けるだけでは涼が取れなくなった。奏大と練習を始めた奏人は、今日も必死で鍵盤と格闘して、エアコンがついていても暑いくらいだ。
 伯母はリビングで読書をしていたが、2人が音楽室に入って2時間経つと、紅茶を淹れて二階に上がってきた。

「うん、明日ご主人に聴いてもらうのに恥ずかしくない仕上がりにはなってると思う」

 奏大はにこやかに言った。奏人も同意する。もう途中で迷うようなことは無いし、奏大が何処でブレスを取るのかも把握している。

「涼子さん、録音できないかな」
「あ、信介さんにハンディカメラを持ってくるように言っとくわ、録画しましょ」

 大人たちの会話に奏人はぎょっとした。ピアノの発表会の録音をCDで貰うことはあるが、ビデオなんて恥ずかしくて見ることができない。

「休憩してから一回ICレコーダーで録ってみましょうか、かなちゃんは自分の成長を一度客観的に聴くといいわよ」

 伯母に言われて、奏人はしぶしぶ頷く。紅茶の良い香りが半減したような気がした。

「奏人くんのピアノ教室は、発表会はどれくらいのペースでやるの?」
「1年に1回だよ」

 そっか、と奏大はティーカップを持ったまま首を傾げる。

「緊張していつものパフォーマンスができない問題って、本番の数をこなせばほぼ解消できるよね」

 伯母は彼の言葉に同意した。

「そうかもね、子どもの頃からもっと人前で演奏する機会があればいいわね……でも個人で教えてるところは年1回が精一杯かしら」
「僕は吹奏楽出身で吹かせてもらうことも多かったから、今あまり緊張しないんだよね」

 オケとソロは違うんじゃない? と伯母は笑う。奏人は興味を覚えて訊いてみる。

「吹奏楽って本番が多いの?」

 奏大は柔らかい笑顔になった。

「うん、夏にコンクールがあるんだ、高校は野球部の応援もあったな……冬に定期演奏会があって、春もコンサートをしたし、入学式と卒業式……あとはドサ廻りをするよ」
「ドサ廻り?」
「依頼演奏だよ、夏祭りや地区の運動会でマーチやアニソンを吹くの」

 あら楽しそう、と伯母は目を見開いた。

「手拍子が自然と湧くとめっちゃテンションが上がるよ、後で冷えたジュースが出るのも楽しみで」
「奏大くんはエンターテイナーねぇ」
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