緑の風、金の笛

穂祥 舞

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5 いばしょのありか

5-⑥

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「奏大さんはフランスで勉強して、どうするの? 僕今でも奏大さんのフルートはすごくいいなって思うけど、外国に行かないとだめなの?」

 それは母や伯母に対しても抱いている疑問だった。奏人はたまにクラスメイトから、セリエAでサッカーをしたいとか、ブロードウェイでミュージカルに出たいとかいう話を聞かされると、言葉も分からないところで苦労しなくても、日本でやるだけじゃだめなのかなと思うのである。
 奏大は小さく笑ってから、答えた。

「僕のやってる音楽は西洋のものだからね、本場で学ぶのは大切だと思うんだ、楽器によって違うんだけど、フルートはフランスに良い演奏家も先生も多いし……」
「本場……」
「でも日本人である僕にしか出来ない演奏って絶対にあると思うから、それを磨いて楽しんで貰えたらいいなと思う」

 奏人は「日本人にしか出来ない演奏」とはどんなものなのかぴんと来なかったが、奏大が将来の自分像を描いていることに感心する。

「奏人くんは将来どんな人になるのかな……」

 奏大は言いながら、奏人の前髪に触れた。自分はたぶん何者にもなれないだろうと、奏人は冷めた気持ちになる。小さい頃から、みんなのように、何々になりたいと言えるものが無い。大人たちに尋ねられると、適当に答えている。今はたぶん、ピアニストと答えることが一番多いが、それは無いと、奏人自身が理解している。

「……僕はおばあちゃんやお父さんが僕になって欲しいものになるんだと思う」

 奏人はつい口にしてしまった。いけない、と思った。
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