緑の風、金の笛

穂祥 舞

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5 いばしょのありか

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 一番に入浴し、伯母と奏大におやすみの挨拶をしてから、奏人は寝室のベッドの上に、本とノートと筆箱の中身を散らかしていた。祖母が見たら絶対に叱るようなことを、安曇野に来てからやりまくっている。まあそう思っているのは奏人だけで、最後には何でもきっちり片づけてしまうから、伯母に嫌な顔をされることは無い。そんな自分は、気が弱いと奏人は思う。
 ノートに鉛筆を押しつけたまま、うつらうつらしていると、寝室のドアが開く音がした。静かな足音が近づいてきたのを夢うつつに聞いていた奏人は、顔の下のノートをすいと引っ張られ、覚醒した。

「えっ……絵も上手なんだな、すご……」

 奏大の小さな呟きに、奏人は顔を跳ね上げた。一番見られたくない人に、描きかけの下手な絵を見られてしまった。

「だめ……っ!」

 奏人は奏大に奪われた落書きノートを奪い返そうと必死になった。奏大はベッドに膝立ちになる奏人の手が届かないよう、ノートを頭上に避ける。面白がっている顔だ。ひどいと思う。

「どうして、見せて」
「いやだ、返して!」

 奏大に向かって伸ばした右手は、彼に難なく掴まれてしまった。彼の見かけから想像できない強い力で、ベッドにねじ伏せられる。どうして返してくれないのだろう、見られたくないだけなのに。奏人は自分が無力な子どもでしかないことを思い知らされた。ベッドにうつ伏せになったまま肩を押さえつけられ、上半身の動きを封じられる。何、何をされてるの? じわじわと恐怖が身体を這い上がってくるのを自覚した。奏人は優人と力尽くでの喧嘩などしたことがなく、こんな扱いを受けたのも初めてだった。喉が乾き、呼吸がせわしくなってくる。危険に対する本能的な恐怖。
 奏人は黒い何かに飲み込まれそうになり、腕に鳥肌を立てながら、足をばたつかせ必死で抵抗した。いやだ、逃げなくちゃ、……殺される。その言葉が脳内を貫いた時、奏人は叫んだ。

「いやああああぁぁっ‼」
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