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5 いばしょのありか
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山々の稜線が濃い紫色の中に溶けていく。蝉が鳴き止むと、腕を撫でる風の温度が少し下がり、木々の葉が擦れ合う音がよく聞こえるようになる。大きな鳥が二羽、ゆったりと羽を上下させながら遠ざかって行った。
「奏人くん、いつまでそこにいるつもり? 夕飯の用意をしようよ」
奏大に呼びかけられ、奏人は我に帰った。
「帯広の夕暮れはこんな感じじゃないの?」
奏人はちょっと違う、と応じた。
「山が無いから……」
「そっか、釧路湿原が近いんだよね……冬に行ってみたいな」
山がある風景を見て育った奏大は、東京は未だに落ち着かないのだという。きっと帯広の空も、彼にとって落ち着かないだろうと思う。
「冬は寒いよ」
「だからいいと思うんだけど」
奏人は家に入り、奏大についてダイニングに向かった。あまり台所のことはできないので、テーブルを拭いたり食器を出したりする。それももたもたと。奏大が見かねたように手伝い始めた。
「まさか奏人くんの家は男子厨房に入らず、なの?」
「そうよ、そろそろこの子の家のハテナな感じがわかってきたでしょ?」
遠慮の無い伯母の言葉に、奏人は俯くしかない。5年生の頃の国語の時間に、家の手伝いを作文のテーマにされて、名前しか原稿用紙に書けなかった屈辱がうっすら甦る。
「……最近庭の草むしりとかお風呂の掃除とかするもん」
「本物の王子様かと思ったよ」
そう言って笑う奏大は、キッチンに入ると伯母の指示を受け、鍋に水を張って火にかけた。
「味噌汁を作るよ、奏人くんもおいで」
奏人は唇を尖らせたまま、キッチンカウンターに入った。
「将来きっと家を出て一人で暮らすことになるだろうから、台所のことはちょっとずつやってみたほうがいい」
「……奏大さんは子どもの時からやってたの?」
「僕の父は料理人だよ、男子厨房にウェルカムだ」
「奏人くん、いつまでそこにいるつもり? 夕飯の用意をしようよ」
奏大に呼びかけられ、奏人は我に帰った。
「帯広の夕暮れはこんな感じじゃないの?」
奏人はちょっと違う、と応じた。
「山が無いから……」
「そっか、釧路湿原が近いんだよね……冬に行ってみたいな」
山がある風景を見て育った奏大は、東京は未だに落ち着かないのだという。きっと帯広の空も、彼にとって落ち着かないだろうと思う。
「冬は寒いよ」
「だからいいと思うんだけど」
奏人は家に入り、奏大についてダイニングに向かった。あまり台所のことはできないので、テーブルを拭いたり食器を出したりする。それももたもたと。奏大が見かねたように手伝い始めた。
「まさか奏人くんの家は男子厨房に入らず、なの?」
「そうよ、そろそろこの子の家のハテナな感じがわかってきたでしょ?」
遠慮の無い伯母の言葉に、奏人は俯くしかない。5年生の頃の国語の時間に、家の手伝いを作文のテーマにされて、名前しか原稿用紙に書けなかった屈辱がうっすら甦る。
「……最近庭の草むしりとかお風呂の掃除とかするもん」
「本物の王子様かと思ったよ」
そう言って笑う奏大は、キッチンに入ると伯母の指示を受け、鍋に水を張って火にかけた。
「味噌汁を作るよ、奏人くんもおいで」
奏人は唇を尖らせたまま、キッチンカウンターに入った。
「将来きっと家を出て一人で暮らすことになるだろうから、台所のことはちょっとずつやってみたほうがいい」
「……奏大さんは子どもの時からやってたの?」
「僕の父は料理人だよ、男子厨房にウェルカムだ」
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