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2 まほうのふえ
1-③
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伯母は部屋の隅に置かれているパソコンのほうへ行き、その横に並ぶプリンターの電源を入れた。楽譜をコピーするつもりらしい。
「良かった? 強引に決めちゃったけど」
「はい、頑張ります」
奏人は奏大を見上げて答えた。期待に応えたいと思った。彼は見るからに楽しそうである。
「音楽やってると不思議だね、初めて会った人とでもこんな風にアンサンブルしようってすぐになれちゃう」
奏人は頷いた。奏大がそっと覗きこんできて、涼やかな目が視界に入りどきっとする。
「無理はしないで、せっかく遊びに来てるんだから楽しくやろう」
「……はい」
「明日はもっと音楽以外の話もしようよ」
明日も来るのか。奏人はわくわくしながら、うん、と答えた。彼のことをまだ何も知らないのに、何故かこんなに楽しい。
「はい、じゃあ楽譜……かなちゃんは明日から練習ね、楽しみだわ」
奏大は伯母から楽譜を受け取り、奏人が興味津々に見つめる中で楽器を片づけてから、暇乞いした。単車で来ているという。
「外、真っ暗だよ」
奏人は思わず奏大に言った。この近辺の道は街灯が少なく、奏人の家の辺りとは違い、山道だ。運転に慣れた伯母の車に乗っていても、夜は怖い。
「大丈夫だよ、10分くらいだし……実家だからこの辺は庭みたいなもんだ」
奏大は鷹揚に笑った。彼は手を伸ばし、奏人の頭をそっと撫でた。
「奏人くんは優しいね、こんな風に心配してもらうのは久しぶりだよ」
言われて奏人は、頬が熱くなった。恥ずかしいことを言ったのかもしれない。
「かなちゃんの心配ももっともだわ、途中工事してるとこもあるから気をつけてね」
伯母は奏人の背中を押して、玄関の外まで出た。奏大はごちそうさま、と言いながら、スクーターを稼働させる。
「奏人くん、おやすみ」
「おやすみなさい」
スクーターはゆっくりと道に出て、軽やかなエンジン音とともに去って行く。奏人は何となく、狐につままれたような気分だった。いきなり訪れて、友達になってくれと言ってきた不思議なフルーティスト。
外気は涼しいとは言えなかったが、まとわりつくような重さが無かった。さわさわと木の葉が風に鳴る。家にいたならば、風呂に入れと追い立てられる時間だけれど、少し夜の空気を楽しんでも、今日は誰からも何も言われない。そのことが嬉しい。
空には星が一面に散り、瞬いていた。星が多過ぎて、夏の星座が分からないくらいだ。奏人は幸せになった。ここには、自分が好きな美しいものが溢れている。そしてその奏人の思いに、共感してくれる人たちがいる。……しかしそれが当たり前の恵みでないことを、奏人は思い知らされていた。他でも無い、自分の育った家で――。
「良かった? 強引に決めちゃったけど」
「はい、頑張ります」
奏人は奏大を見上げて答えた。期待に応えたいと思った。彼は見るからに楽しそうである。
「音楽やってると不思議だね、初めて会った人とでもこんな風にアンサンブルしようってすぐになれちゃう」
奏人は頷いた。奏大がそっと覗きこんできて、涼やかな目が視界に入りどきっとする。
「無理はしないで、せっかく遊びに来てるんだから楽しくやろう」
「……はい」
「明日はもっと音楽以外の話もしようよ」
明日も来るのか。奏人はわくわくしながら、うん、と答えた。彼のことをまだ何も知らないのに、何故かこんなに楽しい。
「はい、じゃあ楽譜……かなちゃんは明日から練習ね、楽しみだわ」
奏大は伯母から楽譜を受け取り、奏人が興味津々に見つめる中で楽器を片づけてから、暇乞いした。単車で来ているという。
「外、真っ暗だよ」
奏人は思わず奏大に言った。この近辺の道は街灯が少なく、奏人の家の辺りとは違い、山道だ。運転に慣れた伯母の車に乗っていても、夜は怖い。
「大丈夫だよ、10分くらいだし……実家だからこの辺は庭みたいなもんだ」
奏大は鷹揚に笑った。彼は手を伸ばし、奏人の頭をそっと撫でた。
「奏人くんは優しいね、こんな風に心配してもらうのは久しぶりだよ」
言われて奏人は、頬が熱くなった。恥ずかしいことを言ったのかもしれない。
「かなちゃんの心配ももっともだわ、途中工事してるとこもあるから気をつけてね」
伯母は奏人の背中を押して、玄関の外まで出た。奏大はごちそうさま、と言いながら、スクーターを稼働させる。
「奏人くん、おやすみ」
「おやすみなさい」
スクーターはゆっくりと道に出て、軽やかなエンジン音とともに去って行く。奏人は何となく、狐につままれたような気分だった。いきなり訪れて、友達になってくれと言ってきた不思議なフルーティスト。
外気は涼しいとは言えなかったが、まとわりつくような重さが無かった。さわさわと木の葉が風に鳴る。家にいたならば、風呂に入れと追い立てられる時間だけれど、少し夜の空気を楽しんでも、今日は誰からも何も言われない。そのことが嬉しい。
空には星が一面に散り、瞬いていた。星が多過ぎて、夏の星座が分からないくらいだ。奏人は幸せになった。ここには、自分が好きな美しいものが溢れている。そしてその奏人の思いに、共感してくれる人たちがいる。……しかしそれが当たり前の恵みでないことを、奏人は思い知らされていた。他でも無い、自分の育った家で――。
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