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1 ひとりたび
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「……天使みたい」
優しい声が遠くでした。知らない声だ。フローリングをさくさくと撫でるスリッパの音がする。温めた牛乳の匂いもしてきた。
「涼子さん酷いね、こんなところに寝転がらせて」
男の声は楽しげだった。髪を撫でる手の感触に、奏人は目を覚ます。続く伯母の声も楽しげである。
「動かしたら起きちゃうでしょ、この子帯広から来たのよ……空港からここまで私に気を遣って起きてたけれど疲れてない訳ないし」
頭の下に柔らかいクッションが置かれていた。腰から下にはタオルケットがかかっている。
首を巡らせると、伯母が温かい飲み物を淹れてくれる時に使う、ボーンチャイナのような白い肌の人が、自分を覗き込んでいた。一瞬女性かと思ったが、意志の強そうな眉や涼やかな目は、男性のものである。その人は奏人と目が合うと、形の良い薄い唇をほころばせた。
奏人は我に返って身体を起こした。伯母のお客様だ。見惚れている場合ではない。
「こんにちは、寝ていてすみません」
正座を整えた奏人の変に畏まった口ぶりに、彼は小さく笑った。傍にやって来た伯母を振り返り、言う。
「小さいけど6年生だね、しっかりしてる」
「そうよ、見かけに騙されると怪我するわよ」
そんな風に思われているのか。奏人は複雑な気分になり、思わず赤面した。
「驚かせてごめんね、伯父さんの代わりのお話し相手を連れて来たの」
「やだな、僕が勝手に来たのに」
男性は奏人に手を差し出して、立つよう促してくる。童話の中のお姫さまみたいに扱われて、奏人は少しくすぐったかったが、拒むのも感じが悪い気がしたので、その温かい掌に自分の指先を載せた。
「ご飯にするわよ、二人ともこっちに来てね」
奏人は男性に手を取られて、そのままダイニングに導かれた。
「僕はひらまつそうた、名前を訊いていい?」
「高崎奏人、です……」
ひらまつそうたと名乗った若い男性は、口許に微笑をたたえて、どんな字を書くの? とさらに訊いてくる。奏人はダイニングで書くものを求めてきょろきょろした。そうたがキッチンカウンターの上の、メモとボールペンを見つけてくれた。伯母がこちらを見やる。
「きれいな字だね……あ、僕と一字違いなんだ」
奏人の書いたものを見てから、彼は同じ紙に平松奏大、と縦長の字でさらさらと書き込んだ。
奏人は驚いた。同じ字を使い、読み方を変えた名前の人がいるなんて。伯母はオーブンレンジに皿を入れながら、二人に言った。
「そうよ、同じ字なのよ、素敵ね……何飲む? かなちゃんはジュースか麦茶よ」
奏人はお茶ください、と答えた。奏大は涼子さんに任せます、と応じる。
「奏人くん、僕の友達になってくれる?」
奏大は手を握ったまま言った。奏人は戸惑う。こんな大人の男の人から友達になってくれなどと言われたのは、初めてだ。何と答えたらいいのかわからない。
「あらあら、私の可愛い甥っ子を困らせないで」
「困らせるなんて……本気ですよ、僕きょうだいも親友もいないんだから」
笑い合う伯母と奏大の会話についていけない。大人の話は難しいと奏人は思った。
優しい声が遠くでした。知らない声だ。フローリングをさくさくと撫でるスリッパの音がする。温めた牛乳の匂いもしてきた。
「涼子さん酷いね、こんなところに寝転がらせて」
男の声は楽しげだった。髪を撫でる手の感触に、奏人は目を覚ます。続く伯母の声も楽しげである。
「動かしたら起きちゃうでしょ、この子帯広から来たのよ……空港からここまで私に気を遣って起きてたけれど疲れてない訳ないし」
頭の下に柔らかいクッションが置かれていた。腰から下にはタオルケットがかかっている。
首を巡らせると、伯母が温かい飲み物を淹れてくれる時に使う、ボーンチャイナのような白い肌の人が、自分を覗き込んでいた。一瞬女性かと思ったが、意志の強そうな眉や涼やかな目は、男性のものである。その人は奏人と目が合うと、形の良い薄い唇をほころばせた。
奏人は我に返って身体を起こした。伯母のお客様だ。見惚れている場合ではない。
「こんにちは、寝ていてすみません」
正座を整えた奏人の変に畏まった口ぶりに、彼は小さく笑った。傍にやって来た伯母を振り返り、言う。
「小さいけど6年生だね、しっかりしてる」
「そうよ、見かけに騙されると怪我するわよ」
そんな風に思われているのか。奏人は複雑な気分になり、思わず赤面した。
「驚かせてごめんね、伯父さんの代わりのお話し相手を連れて来たの」
「やだな、僕が勝手に来たのに」
男性は奏人に手を差し出して、立つよう促してくる。童話の中のお姫さまみたいに扱われて、奏人は少しくすぐったかったが、拒むのも感じが悪い気がしたので、その温かい掌に自分の指先を載せた。
「ご飯にするわよ、二人ともこっちに来てね」
奏人は男性に手を取られて、そのままダイニングに導かれた。
「僕はひらまつそうた、名前を訊いていい?」
「高崎奏人、です……」
ひらまつそうたと名乗った若い男性は、口許に微笑をたたえて、どんな字を書くの? とさらに訊いてくる。奏人はダイニングで書くものを求めてきょろきょろした。そうたがキッチンカウンターの上の、メモとボールペンを見つけてくれた。伯母がこちらを見やる。
「きれいな字だね……あ、僕と一字違いなんだ」
奏人の書いたものを見てから、彼は同じ紙に平松奏大、と縦長の字でさらさらと書き込んだ。
奏人は驚いた。同じ字を使い、読み方を変えた名前の人がいるなんて。伯母はオーブンレンジに皿を入れながら、二人に言った。
「そうよ、同じ字なのよ、素敵ね……何飲む? かなちゃんはジュースか麦茶よ」
奏人はお茶ください、と答えた。奏大は涼子さんに任せます、と応じる。
「奏人くん、僕の友達になってくれる?」
奏大は手を握ったまま言った。奏人は戸惑う。こんな大人の男の人から友達になってくれなどと言われたのは、初めてだ。何と答えたらいいのかわからない。
「あらあら、私の可愛い甥っ子を困らせないで」
「困らせるなんて……本気ですよ、僕きょうだいも親友もいないんだから」
笑い合う伯母と奏大の会話についていけない。大人の話は難しいと奏人は思った。
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