レターレ・カンターレ

穂祥 舞

文字の大きさ
上 下
11 / 36
4 自主練習

4-①

しおりを挟む
 篠原は約束の日の放課後、時間通りに芸大のキャンパスにやって来た。帰宅する学生たちを見送りながら、三喜雄は正門前で彼を出迎えた。暮れかけた太陽の光の中で見ると、篠原の髪の色は三喜雄のそれよりも明るく、髪も瞳も真っ黒だった後輩とは違う。しかしやはりその佇まいは、懐かしい人に似ていた。
 三喜雄は篠原に、穏やかな気持ちで挨拶する。

「こんにちは」

 篠原はリュックのショルダーストラップを握りながら、先週とは打って変わってもじもじしていた。

「お疲れさま、その……押しかけて申し訳ない、1回来てみたくて」

 この大学は、日本全国の芸術家志望の若人の憧れである。篠原の言葉に嘘は無いのだろう。北海道の大学の先生がたや藤巻がやたらと勧めたからというだけで、ここの大学院を受験した三喜雄ではあるが、雰囲気は確かに良いと思う。
 大きなイチョウの木々とレンガ造りの古い校舎を物珍し気に見つめる篠原を、三喜雄が先導した。

「俺も今年初めてなんだけど、これからイチョウが色づいたら綺麗らしいよ……篠原くんとこみたいに、小洒落たカフェとかは無いなぁ」
「いいよ、雰囲気楽しみに来たから」

 向かった音楽学部の食堂は、もう空いていた。コーヒーを買い、窓際に座る。

「で、次回の合わせまでに、2人で練習したほうがいいかなって話?」

 三喜雄はコーヒーフレッシュの蓋を開けながら、すぐに本題に入った。篠原はコーヒーに砂糖とフレッシュを入れ、言いにくそうに口を開く。

「あの、この間は本当にごめんなさい……片山くんが俺と歌うのが嫌なら、そうはっきり言ってくれたらいいから」

 「この間」から10日ほど経つのに、嫌だったらこんなところで顔を突き合わせて、茶を飲みながら練習の話なんかしないのだが。三喜雄は少し可笑しくなった。周りと距離を取りたがると辻井はメールに書いていたが、目の前の美貌の男性は、人づきあいそのものが得意でないのかもしれない。

「俺はこのままいけばいいと思ってる、篠原くんとイメージの摺り合わせもするし」

 三喜雄が言うと、篠原は長い睫毛を伏せた。

「そう? ありがとう……」

 今日はぴりついていない彼に、三喜雄は単刀直入にアプローチすることにする。

「ちょっと訊きたいんだけど、この曲は嫌い?」
「嫌いじゃないよ、ただ……あまり得意でない系統の曲に練習時間を取られたくなくて」

 篠原はあっさり答えた。嫌いじゃないけど得意じゃないなら、尻込みするかもしれない。
 そうだ、こいつが興味を持ってる特殊な音楽って何なんだ? 
 篠原の言葉を聞き、三喜雄は尋ねるきっかけを得る。

「この間、あの系統の曲が不得意だとは思えなかったけど、どんな曲が得意なの?」
「あ、俺……バロックより前の音楽がやりたいんだ、専攻のコースには無いから……フランスとかで勉強したい」

 なるほど、と三喜雄は、篠原の大きな目を見ながら思った。宗教曲が似合いそうだと感じた第一印象は、大きく外れてはいなかった。篠原のやりたい音楽は「古楽」と呼ばれ、教会で歌われネウマ譜で残されたような宗教曲が多い。全く古さを感じさせない、魅力的な俗謡などもある。
 辻井の言う通り、古楽は特殊な分野だった。芸術系大学でも概論しか教えてもらえず、音楽史の一環で学問として取り扱われている印象だ。リコーダーやリュートなどの楽器を使うことや、ヴィブラートをかけない歌い方も独特で、日本に専門家があまりいないために、実践的に演奏技術を学ぶ機会が少ないと言っていい。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

あいみるのときはなかろう

穂祥 舞
青春
進学校である男子校の3年生・三喜雄(みきお)は、グリークラブに所属している。歌が好きでもっと学びたいという気持ちは強いが、親や声楽の先生の期待に応えられるほどの才能は無いと感じていた。 大学入試が迫り焦る気持ちが強まるなか、三喜雄は美術部員でありながら、ピアノを弾きこなす2年生の高崎(たかさき)の存在を知る。彼に興味を覚えた三喜雄が練習のための伴奏を頼むと、マイペースであまり人を近づけないタイプだと噂の高崎が、あっさりと引き受けてくれる。 ☆将来の道に迷う高校生の気持ちの揺れを描きたいと思います。拙作BL『あきとかな〜恋とはどんなものかしら〜』のスピンオフですが、物語としては完全に独立させています。ややBLニュアンスがあるかもしれません。★推敲版をエブリスタにも掲載しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

1ヶ月限定の恋人を買ってみた結果

こてこて
ライト文芸
「キレイさっぱり消えて、粉になる。粉は普通ごみで捨てられるから心配いらない」 俺の自慢の彼女、それは“ハニーパウダー”であった。 落ちこぼれ大学生の俺に対し、とことん冷たかった彼女。それでも俺たちは距離を縮めていき、恋心は深まっていく。 しかし、俺たちに待ち受けているものは、1ヶ月というタイムリミットだった。 そして彼女が辿った悲痛な運命を聞かされ、俺は立ち上がる。 これは1ヶ月限定の恋人と向き合う、落ちこぼれ大学生の物語。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

処理中です...