レターレ・カンターレ

穂祥 舞

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3 歩み寄り

3-①

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 翌週、杉本教授に進捗の報告をすべきだと思った三喜雄は、授業が終わった後に彼を捕まえた。当たり障りのない話にまとめようとしたのに、杉本は笑いそうになりながら、廊下で三喜雄に言った。

「共演者にキレたんだって? その片山くんが見たかったなって、昨日教授会で皆で話してたとこだよ」

 最低だ。三喜雄はあ然とした。辻井が練習初日の様子を、杉本に報告することは予想していたが、杉本はそれを何故他の先生がたに拡散するのか。完全に楽しまれている。

「それで? もう辞める?」

 杉本の言い方がやや腹立たしかったが、いえ、と三喜雄は軽く否定した。
 篠原のほうこそ、辞めると申し出ていないのだろうかと、三喜雄は不思議に思っていた。あの日彼は、最後まで不機嫌を隠そうともしなかった。そんなに嫌なら、彼は普段から辻井や牧野と大学で顔を合わせているのだから、とっとと辞めると言いそうなものなのだが。
 考えているうちに、あの日の気まずい空気を思い出して不愉快になってきた。篠原を大切な後輩に似ていると思ったことが、後輩に申し訳なく、恥ずかしくなる。

「私からは辞めると言わないつもりです、いい曲ですし、研究のお手伝いですから」

 三喜雄の言葉に、杉本はにやりと笑った。

「片山くんのそういう切り替えは、プロ向きだね……共演者とウマが合わないなんてことは、これからいくらでもあるから」

 三喜雄は何も答えなかった。
 杉本いわく、音楽研究科の全院生の中で、プロになることを明確な目標にしていないのは、三喜雄だけだった。別に粋がっている訳ではない。歌で食べていけるほどの実力も胆力も自分には無いと考えているからだ。歌は続けていきたいが、主たる収入は教職で得ようと考えていた。自分の技術や音楽的な知見を磨いておけば、教える時にも役に立つ。辻井のようなキャリアチェンジ、あるいはキャリアのスライドも、ちょっと魅力的だ。
 一般的な文系や理系の大学院生だって、皆が専攻の研究者になるつもりではないだろう。なのに芸術系の院生は、何故全員プロを目指すと見做されるのだろうか。その枠は非常に限られているのだから、正直なところ、そこに自分が入る可能性があると考えている同級生たちのほうがどうかしていると、三喜雄は思っていた。
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