4 / 36
2 初顔合わせ
2-①
しおりを挟む
東京に出てきて以来半年間個人レッスンを受けている、国見康平からの指導も受けて、三喜雄は「恋するくじら」の譜面をひと通り読んだ。国見は三喜雄の北海道の師・藤巻の3学年先輩で、何語の歌曲でも、またオペラアリアも歌えるオールマイティな歌手だったが、50代前半で舞台から降りた。以降指導一筋で、藤巻と比べると厳格な指導者だ。
三喜雄と同じハイバリトンの国見は、この曲を引退直前に舞台に上げたと教えてくれた。まだ三喜雄が国見とそんなに打ち解けていないこともあり、現役時代の話を具体的に彼の口から聞くのは初めてだった。
「いい曲をもらったね……作曲の平田あゆみさんはソルフェージュの教材も作ってる人だから、無茶な音形は無いし、メロディラインに乗って伸び伸び歌えばいい」
確かにそのようだった。三喜雄の苦手な、現代曲のとっつきにくさが無い。国見はそう言っておきながら、さりげなく釘を刺すことも忘れない。
「ただし歌詞がお客さんに聴こえないと全く意味がないよ、発音はしっかりとね」
テノールとの相性もポイントだと国見は言った。音質が合えば、ハーモニーをつくる部分がとても美しく、大げさな演技をしなくても、テノールの「いるか」とバリトンの「くじら」が気の合う友人同士であることが伝わるという。
これまで国見は、三喜雄が誰かと演奏すると話してもいろいろ尋ねてこなかったのだが、珍しく共演者について興味を示した。
「どんな歌手が来るのかな?」
想定外の問いかけに、え? と三喜雄は思わず言った。
「俺と一緒で院の1年目で、モーツァルトとか古い目の曲が得意なんだそうです」
辻井から教えられた通りに三喜雄は伝えた。国見は微笑して頷く。
「じゃあ片山くんと合いそうだな」
「……だったらいいなと思ってます」
三喜雄も古い時代の曲のほうが好きだし、得意だ。何となく楽しい気分になって、答えた。札幌の師匠の許を離れ、国見に習い始めて初めて打ち解けて話せた気がする。
国見は手帳を開いた。
「12月に立川の老人ホームって言った?」
「はい、名目はクリスマスコンサートなんだそうです」
国見は弟子の本番の日をチェックしていた。外部の客を呼んでいいのか、辻井に確認しようと三喜雄は思った。
三喜雄と同じハイバリトンの国見は、この曲を引退直前に舞台に上げたと教えてくれた。まだ三喜雄が国見とそんなに打ち解けていないこともあり、現役時代の話を具体的に彼の口から聞くのは初めてだった。
「いい曲をもらったね……作曲の平田あゆみさんはソルフェージュの教材も作ってる人だから、無茶な音形は無いし、メロディラインに乗って伸び伸び歌えばいい」
確かにそのようだった。三喜雄の苦手な、現代曲のとっつきにくさが無い。国見はそう言っておきながら、さりげなく釘を刺すことも忘れない。
「ただし歌詞がお客さんに聴こえないと全く意味がないよ、発音はしっかりとね」
テノールとの相性もポイントだと国見は言った。音質が合えば、ハーモニーをつくる部分がとても美しく、大げさな演技をしなくても、テノールの「いるか」とバリトンの「くじら」が気の合う友人同士であることが伝わるという。
これまで国見は、三喜雄が誰かと演奏すると話してもいろいろ尋ねてこなかったのだが、珍しく共演者について興味を示した。
「どんな歌手が来るのかな?」
想定外の問いかけに、え? と三喜雄は思わず言った。
「俺と一緒で院の1年目で、モーツァルトとか古い目の曲が得意なんだそうです」
辻井から教えられた通りに三喜雄は伝えた。国見は微笑して頷く。
「じゃあ片山くんと合いそうだな」
「……だったらいいなと思ってます」
三喜雄も古い時代の曲のほうが好きだし、得意だ。何となく楽しい気分になって、答えた。札幌の師匠の許を離れ、国見に習い始めて初めて打ち解けて話せた気がする。
国見は手帳を開いた。
「12月に立川の老人ホームって言った?」
「はい、名目はクリスマスコンサートなんだそうです」
国見は弟子の本番の日をチェックしていた。外部の客を呼んでいいのか、辻井に確認しようと三喜雄は思った。
31
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
命の灯火 〜赤と青〜
文月・F・アキオ
ライト文芸
交通事故で亡くなったツキコは、転生してユキコという名前の人生を歩んでいた。前世の記憶を持ちながらも普通の小学生として暮らしていたユキコは、5年生になったある日、担任である園田先生が前世の恋人〝ユキヤ〟であると気付いてしまう。思いがけない再会に戸惑いながらも次第にツキコとして恋に落ちていくユキコ。
6年生になったある日、ついに秘密を打ち明けて、再びユキヤと恋人同士になったユキコ。
だけど運命は残酷で、幸せは長くは続かない。
再び出会えた奇跡に感謝して、最期まで懸命に生き抜くツキコとユキコの物語。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
女難の男、アメリカを行く
灰色 猫
ライト文芸
本人の気持ちとは裏腹に「女にモテる男」Amato Kashiragiの青春を描く。
幼なじみの佐倉舞美を日本に残して、アメリカに留学した海人は周りの女性に振り回されながら成長していきます。
過激な性表現を含みますので、不快に思われる方は退出下さい。
背景のほとんどをアメリカの大学で描いていますが、留学生から聞いた話がベースとなっています。
取材に基づいておりますが、ご都合主義はご容赦ください。
実際の大学資料を参考にした部分はありますが、描かれている大学は作者の想像物になっております。
大学名に特別な意図は、ございません。
扉絵はAI画像サイトで作成したものです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ナツキス -ずっとこうしていたかった-
帆希和華
ライト文芸
紫陽花が咲き始める頃、笹井絽薫のクラスにひとりの転校生がやってきた。名前は葵百彩、一目惚れをした。
嫉妬したり、キュンキュンしたり、切なくなったり、目一杯な片思いをしていた。
ある日、百彩が同じ部活に入りたいといい、思わぬところでふたりの恋が加速していく。
大会の合宿だったり、夏祭りに、誕生日会、一緒に過ごす時間が、二人の距離を縮めていく。
そんな中、絽薫は思い出せないというか、なんだかおかしな感覚があった。フラッシュバックとでも言えばいいのか、毎回、同じような光景が突然目の前に広がる。
なんだろうと、考えれば考えるほど答えが遠くなっていく。
夏の終わりも近づいてきたある日の夕方、絽薫と百彩が二人でコンビニで買い物をした帰り道、公園へ寄ろうと入り口を通った瞬間、またフラッシュバックが起きた。
ただいつもと違うのは、その中に百彩がいた。
高校二年の夏、たしかにあった恋模様、それは現実だったのか、夢だったのか……。
17才の心に何を描いていくのだろう?
あの夏のキスのようにのリメイクです。
細かなところ修正しています。ぜひ読んでください。
選択しなくちゃいけなかったので男性向けにしてありますが、女性の方にも読んでもらいたいです。
よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる