85 / 302
5 失くしたものは
6月 43
しおりを挟む
深田の話を聞いていると、彼はやはり心根が立派というのか、物事に対して常にパブリックな視点を忘れないと感じる。そういうところは、何事にも流されがちな自分には真似できないと三喜雄は思う。
端のほうの窓口から、片山さん、と女性に直接呼ばれた。一般外来の会計と入院の会計は、ちょっと扱いが違うらしい。三喜雄は立ち上がり、深田に荷物番を頼んで、窓口に向かった。
2泊3食シャワーつきならば、ホテルに比べるとかなり安いと思いつつ、三喜雄はクレジットカードで入院治療費を精算した。封筒に入った診断書と、耳鼻咽喉科の医師が書いてくれた紹介状を領収書と一緒に受け取る。生命保険や火災保険会社に連絡を取りたくても、マンションに帰らなくては保険証書が無い。大事な書類は寝室側に置いているので、無事なはずだと考えたが、気分が重くなった。
病院の外に出ると、既に夏になった日差しが眩しく暑かった。駐車場に向かうだけでじわりと汗ばんでくる。ずっと空調の効いた場所でごろごろしていて、スポイルされたと三喜雄は思った。
クリーム色のコンパクトカーは、深田家の自家用車で、父親と母親との共用だという。深田はドアキーを開けて、後ろのシートに荷物を置くよう三喜雄に言った。ぱんぱんに膨らんだファストファッション店の紙袋と、やはりぱつぱつのビジネスバッグを、温まったシートに置く。鞄についた煙の臭いは、2日間でほぼ抜けていた。
三喜雄が助手席に落ち着くと、深田はエンジンをかけて、エアコンを最強にする。彼が運転するのを見るのは、初めてだった。
「大学生……最初の大学の時に免許取ったんだったっけ?」
三喜雄の問いに、深田は驚いたようだった。
「そんな話、したことあった?」
「学生時代に聞いたよ、確か免許合宿だったよな」
深田はうん、と答えてから、少し間を置く。
「思い出した、道民の片やんが免許持ってなくてびっくりしたんだった」
出口の精算機に深田が2枚カードを入れると、バーがぴょこんと上がった。車で友人が迎えにきてくれたと三喜雄が言うと、会計窓口の女性が、駐車場の無料券を渡してくれたのだ。
「都民と一緒で、札幌から出ないなら車要らないって話したかな……でも俺、帰国して感染症のコンサート自粛期間中に免許取ったんだけど」
三喜雄の告白に、マジ? と深田は声を裏返した。
「乗らないとペーパーまっしぐらだよ、後で運転してみる?」
「この車を? それはまずいと思うわ……」
病院からホテルまでは車だと案外近く、緩い会話のうちに目的地に到着した。マンションの管理会社からは、三喜雄が今日チェックインする旨を既にホテルに伝えているというが、昼前でも対応してくれるのだろうか。
三喜雄は、ロータリーで深田に待つよう頼んだ。駐車場に入ってしまい、チェックインできないとなると駐車料金がもったいない。その場にいたホテルのドアマンは、三喜雄たちの事情を了承してくれた。
フロントにいた女性は、チェックアウトの喧騒が済んだ後だったからか、あるいはやってきた客が近所のマンションから焼け出された気の毒な者だったからか、丁寧に対応してくれた。
「まだお部屋の準備が整っていませんので、お荷物をお預かりいたします……申し訳ありませんが、3時までお待ちいただけますとこちらとしても助かります」
深田が暇なら、今日のお礼に昼ご飯を奢ろうと三喜雄は思った。服や洗面道具が入った紙袋をフロントに預けて車に戻ると、深田にそう提案する。
「奢ってくれなくてもいいけど、片やん買い物もあるだろうから、これからショッピングモール行く?」
深田は今日、18時に合唱団の練習に行くまでは空いていると言ってくれた。ショッピングモールはいい考えだと三喜雄は思う。明日マンションに一度戻ってみる予定だが、普段使っていたものを回収できるとは限らないのだ。
三喜雄は再びクリーム色の車の助手席に乗りこんだ。そして、瀧とノア・カレンバウアーに、無事退院してホテルに移動したことを連絡しておいた。
気のいい深田は昼食のあと三喜雄の買い物につき合い、どうしても歌いたいという希望を聞いてくれた。カラオケボックスの大きめの部屋を1時間半借りて、お互い発声練習をしていたが、最後の20分はカラオケでデュエットをして遊んだ。昭和のアイドルの歌を振り付きで歌って、2人で笑い転げた。特に喉に異常は無いと確認できたこともあり、気持ちがすっきりした。
深田にホテルまで送ってもらった三喜雄は、これから練習に行く彼を手を振って見送った。しかしチェックインを済ませて部屋に入ってから、あんなに馬鹿歌いして大丈夫だったかなと心配になった。
端のほうの窓口から、片山さん、と女性に直接呼ばれた。一般外来の会計と入院の会計は、ちょっと扱いが違うらしい。三喜雄は立ち上がり、深田に荷物番を頼んで、窓口に向かった。
2泊3食シャワーつきならば、ホテルに比べるとかなり安いと思いつつ、三喜雄はクレジットカードで入院治療費を精算した。封筒に入った診断書と、耳鼻咽喉科の医師が書いてくれた紹介状を領収書と一緒に受け取る。生命保険や火災保険会社に連絡を取りたくても、マンションに帰らなくては保険証書が無い。大事な書類は寝室側に置いているので、無事なはずだと考えたが、気分が重くなった。
病院の外に出ると、既に夏になった日差しが眩しく暑かった。駐車場に向かうだけでじわりと汗ばんでくる。ずっと空調の効いた場所でごろごろしていて、スポイルされたと三喜雄は思った。
クリーム色のコンパクトカーは、深田家の自家用車で、父親と母親との共用だという。深田はドアキーを開けて、後ろのシートに荷物を置くよう三喜雄に言った。ぱんぱんに膨らんだファストファッション店の紙袋と、やはりぱつぱつのビジネスバッグを、温まったシートに置く。鞄についた煙の臭いは、2日間でほぼ抜けていた。
三喜雄が助手席に落ち着くと、深田はエンジンをかけて、エアコンを最強にする。彼が運転するのを見るのは、初めてだった。
「大学生……最初の大学の時に免許取ったんだったっけ?」
三喜雄の問いに、深田は驚いたようだった。
「そんな話、したことあった?」
「学生時代に聞いたよ、確か免許合宿だったよな」
深田はうん、と答えてから、少し間を置く。
「思い出した、道民の片やんが免許持ってなくてびっくりしたんだった」
出口の精算機に深田が2枚カードを入れると、バーがぴょこんと上がった。車で友人が迎えにきてくれたと三喜雄が言うと、会計窓口の女性が、駐車場の無料券を渡してくれたのだ。
「都民と一緒で、札幌から出ないなら車要らないって話したかな……でも俺、帰国して感染症のコンサート自粛期間中に免許取ったんだけど」
三喜雄の告白に、マジ? と深田は声を裏返した。
「乗らないとペーパーまっしぐらだよ、後で運転してみる?」
「この車を? それはまずいと思うわ……」
病院からホテルまでは車だと案外近く、緩い会話のうちに目的地に到着した。マンションの管理会社からは、三喜雄が今日チェックインする旨を既にホテルに伝えているというが、昼前でも対応してくれるのだろうか。
三喜雄は、ロータリーで深田に待つよう頼んだ。駐車場に入ってしまい、チェックインできないとなると駐車料金がもったいない。その場にいたホテルのドアマンは、三喜雄たちの事情を了承してくれた。
フロントにいた女性は、チェックアウトの喧騒が済んだ後だったからか、あるいはやってきた客が近所のマンションから焼け出された気の毒な者だったからか、丁寧に対応してくれた。
「まだお部屋の準備が整っていませんので、お荷物をお預かりいたします……申し訳ありませんが、3時までお待ちいただけますとこちらとしても助かります」
深田が暇なら、今日のお礼に昼ご飯を奢ろうと三喜雄は思った。服や洗面道具が入った紙袋をフロントに預けて車に戻ると、深田にそう提案する。
「奢ってくれなくてもいいけど、片やん買い物もあるだろうから、これからショッピングモール行く?」
深田は今日、18時に合唱団の練習に行くまでは空いていると言ってくれた。ショッピングモールはいい考えだと三喜雄は思う。明日マンションに一度戻ってみる予定だが、普段使っていたものを回収できるとは限らないのだ。
三喜雄は再びクリーム色の車の助手席に乗りこんだ。そして、瀧とノア・カレンバウアーに、無事退院してホテルに移動したことを連絡しておいた。
気のいい深田は昼食のあと三喜雄の買い物につき合い、どうしても歌いたいという希望を聞いてくれた。カラオケボックスの大きめの部屋を1時間半借りて、お互い発声練習をしていたが、最後の20分はカラオケでデュエットをして遊んだ。昭和のアイドルの歌を振り付きで歌って、2人で笑い転げた。特に喉に異常は無いと確認できたこともあり、気持ちがすっきりした。
深田にホテルまで送ってもらった三喜雄は、これから練習に行く彼を手を振って見送った。しかしチェックインを済ませて部屋に入ってから、あんなに馬鹿歌いして大丈夫だったかなと心配になった。
24
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
「トリプルSの極上アルファと契約結婚、なぜか猫可愛がりされる話」
星井 悠里
BL
Ωの凛太。夢がある。その為に勉強しなきゃ。お金が必要。でもムカつくα父のお金はできるだけ使いたくない。そういう店、もありだろうか……。父のお金を使うより、どんな方法だろうと自分で稼いだ方がマシ……でもなぁやっぱりなぁ…と悩んでいた凛太の前に、めちゃくちゃイケメンなαが現れた。
凛太はΩの要素が弱い。ヒートはあるけど不定期だし、三日こもればなんとかなる。αのフェロモンも感じないし、自身のも弱い。
なんだろこのイケメン、と思っていたら、話している間に、変な話になってきた。
契約結婚? 期間三年? その間は好きに勉強していい。その後も、生活の面倒は見る。デメリットは、戸籍にバツイチがつくこと。え、全然いいかも……。お願いします!
トリプルエスランク、紫の瞳を持つスーパーαのエリートの瑛士さんの、超高級マンション。最上階の隣の部屋。もし番になりたい人が居たら一緒に暮らしてもいいよとか言うけど、一番勉強がしたいので! 恋とか分からないしと断る。
表に夫夫アピールはするけど、それ以外は絡む必要もない、はずだったのに、なぜか瑛士さんは、オレの部屋を訪ねてくる。そんな豪華でもない普通のオレのご飯を一緒に食べるようになる。勉強してる横で、瑛士さんも仕事してる。「何でここに?」「居心地よくて」「いいですけど」そんな日々が続く。いろいろ距離がちかくなってきたある時、久しぶりにヒート。三日間こもるんで来ないでください。この期間だけは一応Ωなんで、と言ったオレに、一緒に居る、と、意味の分からない瑛士さん。一応抑制剤はお互い打つけど、さすがにヒートは無理。出てってと言ったら、一人でそんな辛そうにさせてたくない、と。――ヒートを乗り越えてから関係が変わる。瑛士さん、なんかやたら、距離が近くてあますぎて。そんな時、色んなツテで、薬を作る夢の話が盛り上がってくる。Ωの対応や治験に向けて活動を開始するようになる。夢に少しずつ近づくような。そんな中、従来の抑制剤の治験の闇やΩたちへの許されない行為を耳にする。少しずつ証拠をそろえていくと、それを良く思わない連中が居て――。瑛士さんは、契約結婚をしてでも身辺に煩わしいことをなくしたかったはずなのに、なぜかオレに関わってくる。仕事も忙しいのに、時間を見つけては、側に居る。なんだか初の感覚。でもオレ、勉強しなきゃ!なのに…? と、αに可愛がられて翻弄されまくる話です。ぜひ✨
表紙:クボキリツ(@kbk_Ritsu)さま
素敵なイラストをありがとう…🩷✨
αが離してくれない
雪兎
BL
運命の番じゃないのに、αの彼は僕を離さない――。
Ωとして生まれた僕は、発情期を抑える薬を使いながら、普通の生活を目指していた。
でもある日、隣の席の無口なαが、僕の香りに気づいてしまって……。
これは、番じゃないふたりの、近すぎる距離で始まる、運命から少しはずれた恋の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる