恋する鳥刺し

穂祥 舞

文字の大きさ
62 / 284
4 受難

6月 20

しおりを挟む
 次に三喜雄が目覚めると、壁に掛かった時計は13時を回っていた。看護師が来て、モニターをチェックしてから酸素マスクを外してくれた。顔の下半分の開放感が半端なかった。

「声が出ないかもしれないと聞きました、食事をしてから耳鼻咽喉科に行きましょう」

 はい、と答えたつもりが、すかっと空気漏れの音がした。看護師は無理に声を出さないように言う。

「ゆっくり喉を潤しながら、食べてくださいね」

 すぐに食事が運ばれてきた。出汁の匂いがすると、空腹感を覚えた。朝から水一杯しか口にしていないと、三喜雄はようやく気づく。
 入院した経験の無い三喜雄は、病院の食事が噂通り不味いのか、変な期待をする。しかし幸いにして、少し薄味というだけで、柔らかく炊かれた根菜や焼いた魚の味は悪くなかった。おかげで、完食することができた。
 連絡をしておくべき場所があることを思い出したので、食器を片づけにきた看護師に、鞄があるのかどうかを筆談で訊いた。

「はい、これですね」

 ベッドの下の籠に、ぱんぱんに膨れた三喜雄のビジネスバッグが、脱がされ畳まれた服と一緒に安置されていた。三喜雄の左腕にはまだ点滴が刺さり、手の指も怪我をしているので、看護師が鞄を開けてくれる。少し焦げ臭いのを感じ、ぞわりと背筋を這った恐怖感を無理やり押し込めた。
 コードが刺さったままのスマートフォンが、楽譜の間に挟まってなかなか出てきてくれないので、結局鞄の中をひっくり返す羽目になる。財布や定期入れまで出てきたのを見て、看護師は感心したような声になった。

「よくスマホとお財布、持ち出されましたね」

 自分でもそう思う。メゾン・ミューズの事務所に行く予定がなければ、楽譜まで持ち出そうと閃かなかったかもしれない。

「朝から出かけるつもりで、前の夜から用意してたまんまを持って出たんです」

 ゆっくり話すと、辛うじて言葉になった。看護師もそれに気づき、微笑する。

「貴重品をお持ちになるだけで、安心感が違うと思います……あ、電話されるなら、長話はいけませんよ」
「はい、ありがとうございます」
「耳鼻科の先生のところには、3時に行きますね」

 たぶん6時を過ぎるけれど、瀧が着替えを持ってくると話していたことも、看護師は教えてくれた。病院の人たちも瀧も、みんなが自分に親切なので、三喜雄は涙ぐみそうになる。
 まず、小学校に電話をかけた。タイミングよく笹森に繋いでもらえたので、明日の出勤は難しいということと、来週以降しばらくは、左手を怪我してピアノが十分弾けないことを伝える。

「大きな火事だったみたいだね、大怪我しなくてほんとよかった……明日は何とかなるし、ピアノは片山くんの弾きやすいようにしてくれて問題無いよ」

 その言葉に感謝しつつ、三喜雄は笹森に礼を述べた。テンポを落として話せば、かすかす感がましになるようだ。
 おそらく父も母も勤務中なので、2人に委細をメールをしておくことにする。命に別状が無いことを強調して、すぐに退院できると思う、と最後につけ足す。
 その時三喜雄は初めて、これから何処で生活するのだろうという疑問にぶち当たった。上の階まで放水していたが、部屋は燃えてしまったのだろうか。室内が無事でも、外壁や床が損傷するなどして、普通に暮らすことができない状況になってしまったということは十分あり得る。
 三喜雄は階下で火事が起きた際に、どんなことが必要なのか、ネットで検索してみる。余程のことが無ければ、マンションで階下の火が上に燃え広がるケースは少ないという。消火の水濡れでの損害は、火災保険で賄えるようだ。ただ、住めない状態になりしばらくホテルを使うなどした場合も、宿泊費は補填してはもらえない。
 そんなことをしている間に、看護師が迎えにきた。ちょうど点滴が終わったので、三喜雄は完全に拘束から自由になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2025.12.14 285話のタイトルを「おみやげ何にする? Ⅲ」から変更しました。 ■2025.11.29 294話のタイトルを「赤い川」から変更しました。 ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

元アイドルは現役アイドルに愛される

BL
人気アイドルグループのエースだった奏多は事故により脚を怪我し、グループを脱退する。エースの抜けたグループの人気はみるみる下落し、そのまま解散。そのことに責任と罪悪感を感じた奏多は芸能界の表舞台から引退し、正体不明の作曲家Kとして裏で支えることに。 罪悪感からご飯を食べなくなった奏多の肌は痩せこけ、青白くかつての輝きはなくなっていた。 ある日の打ち合わせでかつてのグループメンバーである颯真と再会する。 メガネとマスクをしているがかつてのメンバーのことは騙せない。 『奏多、会いたかった』 『僕、奏多さんのパフォーマンスを見て、人生変わったんです!』 やけに自分に懐いているワンコ系の後輩リオと、かつてのグループのメンバー颯真に受け止めきれない愛を向けられる話。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

「トリプルSの極上アルファと契約結婚、なぜか猫可愛がりされる話」

星井 悠里
BL
Ωの凛太。夢がある。その為に勉強しなきゃ。お金が必要。でもムカつくα父のお金はできるだけ使いたくない。そういう店、もありだろうか……。父のお金を使うより、どんな方法だろうと自分で稼いだ方がマシ……でもなぁやっぱりなぁ…と悩んでいた凛太の前に、めちゃくちゃイケメンなαが現れた。 凛太はΩの要素が弱い。ヒートはあるけど不定期だし、三日こもればなんとかなる。αのフェロモンも感じないし、自身のも弱い。 なんだろこのイケメン、と思っていたら、話している間に、変な話になってきた。 契約結婚? 期間三年? その間は好きに勉強していい。その後も、生活の面倒は見る。デメリットは、戸籍にバツイチがつくこと。え、全然いいかも……。お願いします! トリプルエスランク、紫の瞳を持つスーパーαのエリートの瑛士さんの、超高級マンション。最上階の隣の部屋。もし番になりたい人が居たら一緒に暮らしてもいいよとか言うけど、一番勉強がしたいので! 恋とか分からないしと断る。 表に夫夫アピールはするけど、それ以外は絡む必要もない、はずだったのに、なぜか瑛士さんは、オレの部屋を訪ねてくる。そんな豪華でもない普通のオレのご飯を一緒に食べるようになる。勉強してる横で、瑛士さんも仕事してる。「何でここに?」「居心地よくて」「いいですけど」そんな日々が続く。いろいろ距離がちかくなってきたある時、久しぶりにヒート。三日間こもるんで来ないでください。この期間だけは一応Ωなんで、と言ったオレに、一緒に居る、と、意味の分からない瑛士さん。一応抑制剤はお互い打つけど、さすがにヒートは無理。出てってと言ったら、一人でそんな辛そうにさせてたくない、と。――ヒートを乗り越えてから関係が変わる。瑛士さん、なんかやたら、距離が近くてあますぎて。そんな時、色んなツテで、薬を作る夢の話が盛り上がってくる。Ωの対応や治験に向けて活動を開始するようになる。夢に少しずつ近づくような。そんな中、従来の抑制剤の治験の闇やΩたちへの許されない行為を耳にする。少しずつ証拠をそろえていくと、それを良く思わない連中が居て――。瑛士さんは、契約結婚をしてでも身辺に煩わしいことをなくしたかったはずなのに、なぜかオレに関わってくる。仕事も忙しいのに、時間を見つけては、側に居る。なんだか初の感覚。でもオレ、勉強しなきゃ!なのに…? と、αに可愛がられて翻弄されまくる話です。ぜひ✨ 表紙:クボキリツ(@kbk_Ritsu)さま 素敵なイラストをありがとう…🩷✨

処理中です...