彼はオタサーの姫

穂祥 舞

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番外編 姫との夏休み

第4楽章⑨

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 クラリネットを始めて、芸術系の大学に挑戦してみたいと、高2の夏に初めて家族に話した時だった。顔も仕草も、音楽が好きなところも、よく気がついてすぐ動いてくれるところも、そっくりだ。そう言う祖母と母は、亮太を褒めているようだったし、受験を許してもらったこともあり、深く受け止めなかった。
 しかし大学2回生の秋、祖父がゲイで、仲間のサキソフォニストが恋人らしいと、面白おかしく匂わせた幾つかの記事を見つけて、頭が真っ白になった。コンクールで3位を獲り、テノールの天崎伸朗と知り合って彼に惹かれた頃だ。1年間交際していた女の子とは、コンクールの予選の前に別れていた。
 体調を崩し入院していた祖母や、忙しい母に事実を確認することはできなかった。してはいけないような気がした。ただ、例のサキソフォニストが病気で亡くなった時、葬儀の弔辞を祖父が読んだという情報を得て、亮太は確信した。祖父の性的指向と、自分のそれとは、一緒らしい。皆を不幸にする、だらしなくて罪深い愛情。
 三喜雄は口を挟まずに、じっと亮太の話を聞いていた。亮太は気を抜くと泣いてしまいそうだったので、固く握ったこぶしを、太腿の上に押しつけ続けた。
 ふっと、低く優しい声が聴覚に流れこんできた。

「亮太、わかった……ずっとそんなしんどいもの抱えてたのか」

 三喜雄の声は、クラリネットの一番低いシャリュモー音域に、温かい息をたっぷり吹き込んだような響きをしていた。

「でもやっぱり悪く考え過ぎだと俺は思う、亮太の話を聞く限りでは、お祖母さんもサキソフォニストの恋人も不幸だったと言い切れないよ」

 亮太は反論しかけたが、普段緩い話し方をする友人が、歌う時のように歯切れよく語るので、思わず聴き入ってしまう。

「仮に2人が幸せでなかったとしよう、でも亮太はお祖父さんとは違うだろ? バイの男がみんなパートナーを幸せにできないなんて、ナンセンスだ」

 三喜雄は言い切った。亮太は、目の前のふわりとした空気感を纏う男の中に、太い芯が通っていることに気づく。それは歌う時にしか顔を出さない、三喜雄の隠された一面だと思いこんでいたけれど、亮太が彼をよく見ていなかっただけだった。三喜雄はいつだって、誰に対してもニュートラルで、自分の考えを揺らさないのだ。
 亮太は救われたような気持ちになり、ひとつ長い溜め息をついた。すると、勝手に涙が両目からこぼれた。あ、と思わず声が出る。きょろきょろした三喜雄はティッシュの箱を見つけて、2枚の紙を引き抜き、畳みながら亮太ににじり寄ってきた。

「亮太がお祖父さんから貰ったものは、誰かを不幸にする呪いなんかじゃない」

 両方の頬に、順番にティッシュが押し当てられる。三喜雄は続けた。

「お祖父さんの頃とは時代も違うし、亮太もパートナーになる人も納得できる生き方が見つかるんじゃないかな」

 三喜雄の言う通りだったら、嬉しいと思えた。きれいな形の目の中で、優しい光を湛える暗い色の瞳に向かって、亮太は素直に頷くことができた。彼は今のところ、亮太のパートナーにはなってくれなさそうだけれど。

「亮太は俺のおかんなんだし、あんないい音を出すんだから、愛した人を不幸にする訳がないよ」

 亮太が三喜雄の「おかん」であることはあまり関係無い気がしたが、まあいいことにする。彼は念押しするように続けた。

「お祖父さんのトランペットも、絶対いい音だ……賭けてもいい」

 三喜雄はティッシュをゴミ箱に入れて、ゆっくり立ち上がる。亮太もチューハイの缶を持ち、それに続いた。心の中はすっきりして、凪いでいた。
 歯を磨いて、寝よう。明日もいい音で吹けるように。三喜雄と山下公園でいい顔のツーショットを撮り、あのくそテノールをムカつかせられるように。
 自慢の「息子」とこの先ずっと、良い共演者であり、音楽を愛する仲間で居られるように。


〈姫との夏休み 完〉
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感想 1

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みんなの感想(1件)

モサク
2023.11.29 モサク

完結おめでとうございます。
『あいみるのときはなかろう』で頑張っていた片山くんが時を経てのお話。端的に言えば楽しかった、に尽きます。音楽全般に詳しくない私(良い声は好き♡)ですが、彼は神からギフトを与えられた人物だと思います。彼を巡って友人たちが鍔迫り合いを繰り広げても、彼自身は絶妙な距離にいる。そのやりとりの可笑しみや温度差が、真剣な演奏の描写と緩急をつけているように感じました。数ヶ月の院生生活でたくさんの土産話を持ち帰る彼の様子に、わくわくが止まりません。

2023.11.29 穂祥 舞

モサクさん、いつもありがとうございます♡『あいみるの〜』の時からおつき合いくださり、三喜雄が歌手らしく、ちょっと太々しく成長した様子を見ていただいたこと、五体投地で感謝です。実は結構、書いたり推敲したりしながら、おもろい……と呟いていたので、面白みのようなものが伝わってほっとしております。
声楽家は天音のような人のほうが上手くやっていけるので(私感ですが)、考えるタイプの三喜雄は、ギフテッドであるが故の悩みを抱えるでしょう。それを乗り越えていく姿も、いつか描けたらいいなと思っています。このたびは本当にありがとうございました!

解除

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